第1夜 2

「早いな。もう一時か」

 腕時計を見て敦士が呟く。

「さて、どうしよ。ここで全員はさすがに寝られんよなぁ。一階はキッチンとバストイレにあと二部屋?二階には三部屋あるって誰かが言ってたっけ。どこで寝よっか?」

 響希がそれに答える。

「俺は別にどこでも構わんけど……でもまぁ、できるだけ状態のいい部屋だよな。先陣みんなはライトを設置した時に他も見ているんだろうから──全員がここに集まってるって事は、ここが一番無難な部屋って事になるのかね?」

 響希は顎をさすりながら

「しっかし遅れて到着したとはいえ、全体を把握してないのはどうも調子が狂うもんだな」


「あれ?そう言えば、あのロン毛の人は?」

 蓮の言葉に、響希と敦士は顔を上げる。

「ロン毛?──ああ、カイとか言ってたっけ。気付かないうちに戻って来てんじゃねえの?あれから二時間は経ってるんだしさ」

 蓮は部屋を見回し、痩せた長髪の男を探した。

 あちこちで既に酔い潰れて寝ている者もいるが、どうやらカイらしき姿はどこにも見当たらない。


「もしかしてカイって人、戻って来てないんじゃない?」

「まさか。いい加減戻ってんだろ?二時間も前だぜぇ、アイツが出てったの」

「いや……本当にいないみたいだぜ、響希」

 敦士も周りを見回してそう答える。

「かなり酔っ払ってたからなぁ。あのままどこかで寝くたばっちまったかな?──ったく仕方のねえ奴だな。寝床の探索ついでに探してくっか」

 響希が立ち上がり、くわえタバコで扉に向かう。

「だな。これも仕事のうちだよな。一応カメラも持って行こうぜ」

 蓮と敦士もテーブルから懐中電灯、そしてカメラを一台取り上げ後に続いた。



 三人はひんやりとした薄暗い廊下に出る。

「昼間は暑かったけど、山の夜ってやっぱ涼しいのな」

 敦士が腕をさする。

「東京と違って朝晩はかなり冷えるからな。蓮も風邪ひかないように気をつけろよ?」

 蓮は真面目な顔で頷いた。

「よっしゃ。まずは居間と同じ、右手の部屋から順に攻めてみっか」

 そう言いながら敦士は廊下を奥へと進んでいく。


 すぐ先の部屋は引き戸になっていた。

「へぇ。ここは純和風なんだなぁ」

 部屋の中にカメラを向けながら、敦士が感心したように辺りを見回す。


 座敷は屋敷の外観とはうって変わった和風の造りだった。

 黒い柱が中央にあり、かなり傷みは激しいが家具も純和風で統一されている。

 家具も床の畳も腐食してボロボロだ。湿気ているのか歩くとジワリ、と床が沈む。

 部屋の一部には四角い穴がポッカリ開いていた。堀りゴタツでもあったのだろうか。


「どれも高そうな家具だよな。こんなになってなけりゃなぁ。こういうのって高く売れんだろ?」

 敦士がカメラで家具を映しながらコメントする。


 蓮は家具の一つに近付いた。

 それは百五十センチほどの高さの、下に二段の引き出しがついている飾り棚だった。

 あちこち禿げかけ、金具は錆び付いている。飾り棚の中には、古ぼけて埃をかぶった陶器などが割れたり倒れたりして入っていた。



 ふと──屈み込んで手を伸ばし、蓮は一番下の引き出しを開ける……


 引き出しは湿気で軋みながらも二十センチほど開いた。

 蓮はなぜか引き寄せられるように開いた引き出しの中を覗き込む──




 そこに、目があった。

 二つの目が、覗き込んだ蓮を下から見つめ返していた。




 ドクンッ。

 蓮の心臓が跳ね上がる。




 その刹那。





 クルナクルナクルナ……

 カエレカエレカエレ……





 蓮の頭の中に一斉にその言葉がなだれ込み──蓮はその場に凍りついた。




「思ったより状態は悪くないけどさぁ。ここで寝るのは何だかちょっと……ん?おい、蓮?」

 敦士がしゃがみ込んだまま動かない蓮に気付き、声をかける。

「どうしたんだ、おい──蓮?」

 敦士が蓮の肩を掴み、こちらに顔を向けさせる。


 蓮に表情はなく瞳はポッカリと空洞のように虚ろだ。瞳孔が狭まっている。

「どうした、蓮!?」

 響希も駆け寄り、激しく蓮の肩を揺すった。

「しっかりしろ!何を見た蓮!?」

 敦士が視線を落とし、蓮の見つめていた引き出しの中を覗き込む。

「うわ!?」

 尻餅をついて引き出しを指さす敦士に、響希も振り返る。

「ひ、響希……アレ……アレ……!」


 響希は素早く中を覗き込み、フゥ、とため息をついた。

「──バカ。……鏡だよ、鏡。よく見てみろよ敦士」

「か、鏡ぃ?」

 敦士ももう一度中を覗き込む。


 よく見ると、引き出しの底一面に鏡がはめ込まれていた。

「な、何で底に鏡なんかあんだよ!?ビビったじゃねえかマジで!」

 敦士が叫ぶ。

 響希は蓮の方に向き直り、怒鳴った。

「しっかりしろよ蓮!呑まれんなって言ったろ!オイ!」

 ガクガクと体を揺すっても蓮の体は力が抜けた状態で、表情も虚ろなままだ。

 響希は舌打ちし、それから思いきり蓮の頬を叩いた。



 バシーン!

 平手打ちの音が部屋にこだまし、蓮が正気に帰る。

「……?あ、あれ?──俺……一体……?」


 響希が安堵のため息をついて、目をパチパチさせる蓮の前に肩を落として座り込んだ。

「……頼むぜ、蓮……。心配させやがって……」

「……?──俺、どうしたんだろ」

「呑まれたんだよ、一瞬にして」

 響希は蓮を見つめながら続ける。

「──時限爆弾みたいなモンだ。長時間こういう異常な空間にいるだろ?無意識のうちに緊張状態が続いてるってわけだ。そうすっと、いつの間にか精神が参っててさ。ふとした拍子に今みたいにスイッチが入るんだ。それでイッちまった奴を今までに何人も見てる」

 響はフゥ、と息を吐き出し

「脅かすなよ蓮。頼むよ……」

「……ごめん響希」

 響希はいつもの調子で蓮の肩をポンポン叩いた。

「いいさ、幸い何でもなかったんだし。お前にとっては初めての体験だもんな。最初は俺もそんなもんだったよ。本当はだんだんと対処の仕方を覚えていければいいんだが──いきなりハードル高いからな、ここは。仕方ないさ」

 響希は改めて肩の力を抜き、蓮を優しく見つめた。

「良かった、本当に」



 蓮はもう一度引き出しの中を覗き込み

「本当だ。ただの鏡だ。落ち着いて見てみたら一瞬びっくりする程度で何て事はなかったハズなのにな。何であんな風になっちゃったんだろ、俺?つか……痛ぇ」

「しゃあないよ、蓮。俺もマジビビッたもん」

 頬をさすりながら顔をしかめる蓮を見て、敦士が笑う。

「正体見たり枯尾花、だよな。大体はそんなモンなんだけどよ。自分で作り上げた妄想が一番厄介ってコトだよな、つまりは」

 響希はタバコに火をつけながらそう言って

「……しっかし、そう考えると何だかアイツが心配になって来るな。──ちょっと本腰入れて探してやっか」


 三人は座敷を出て、再びカイの捜索に向かった。

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