第1夜 7

 しばらくの間、四人は無言だった。


 大きく息を吐いて最初に口を開いたのは意外にも蓮だった。

「──すご……これが心霊現象ってやつなんだね? なんか──なんかリアルのはずなんだけどリアルじゃないみたいだ」

 タバコを吸わない蓮を除く三人が示し合わせたように一斉にタバコを取り出して火をつけた。

「いやいや、ちょっとビックリしちゃったよ俺」

 敦士がゆっくりと煙を吐き出しながら

「久しぶりにこういうの目の当たりにしちゃうとやっぱり絶句しちゃうね、実際のところ」

 経堂も頷いて

「俺は初参加だからこんなの見るのも初めてだけど……TVや動画で見るのと実際にこんな風に見ちゃうのとは全然違うものなんだなぁ。ちょっと言葉が出なかったよ」

「でも響希は慣れてんだろ? このくらいなら」

 敦士が響希に問いかけると、響希は首を振りながら答えた。

「いやー、いくら体験したとしても結局慣れるもんじゃないかもな。敦士と参加した時はエグかったけど、あれ以降はどれも割とユルい現場だったし。ただ……」

「ただ?」

 響希は考え込むように暫く無言でタバコをふかし、言葉を選ぶように続けた。

「ただ──うまく言えないんだけどさ。なんて言うか……この現場が今までの現場とはやっぱりなんか違う気がするって言うか」

「違う気がするって何が? どんな風に?」

「いや悪い。やっぱ憶測ってか適当にヘタなこと言うのはやめとくわ」

「なんだよぅ、響希! 逆に気になるじゃん、お前がそんなこと言うなんてさぁ。何が違うんだよ、ちゃんと言ってくれよ」

 響希はタバコの火を床で揉み消しながら

「いやホント悪い。いきなりカイのこんな状況見ちまったせいで変に考え過ぎちゃうな。現場でメンタル削られるのは毎回のことだし、ちょっとナーバスになっただけってことで」

 響希はニヤリと笑って

「けど実際やべぇよ今回の現場。賞金も桁違いなだけあって、初っ端からこれだぜ? 変に考え過ぎたら速攻持ってかれるな。気をつけて行こうぜ! で、賞金山分けだ」

「そうだな、賞金賞金! たった五日で一千万山分けだぜ! やってやろうじゃねぇの! な?」

 敦士の言葉に全員が笑いながら頷き、お互いに拳を突きつけ合った。




 個々の荷物を天蓋ベッドの部屋に移動させるため、四人は一度大広間に戻った。

 広間に足を踏み入れると

「うわ」

 ほとんどの参加者がその場に倒れ込むような格好で泥酔して転がっていた。

「あーあ、到着したまんまの格好で爆睡とか……毛布もかけずに寝ちまって。風邪ひくぞコイツら」

「つうか、ひでぇな。あちこち酒でベタベタじゃん」

 蓮が真面目な顔で

「幽霊にやられる前にタバコの不始末で火事になっちゃいそうで怖いな」

 敦士も呆れたようにため息をつく。

「ホントになぁ。冗談じゃないよなぁ」

 響希が経堂に声をかける。

「ああ、そうだ経堂。カイの荷物ってどれか分かるか? ──下山リタイヤする時に一緒に持たせてやりたいんだが」

「分かると思う、派手なバッグだったから。えぇと……これだったかな」

 経堂が赤いスポーツバッグの中身を確認して

「やっぱりこれだ。あいつのよく着てるジャケットも入ってるし、スマホも。間違いない」

「んじゃ、二階に撤収しますか」

 荷物をそれぞれ肩にかけ、四人は大広間を後にした。




 天蓋ベッドの部屋に戻りカイの様子を確認する。

 さっき横倒しにされた格好のまま、特に動いた様子はなさそうだ。カイの半開きになったままの目は濁り、どこも見てはいない。

 時折、何か呟くようにゆっくりと口が動いているが言葉になることはなく、その他は変わった様子は見受けられない。


「カイ……これからどうなっちまうんだろう……」

 経堂がカイの前に跪き、呟く。

「このまま廃人なんてこともあるのかな」

「どうなんだろな。とにかく明日──いやもう今日か。後はスタッフを待って連れてってもらうことしかできることはないだろうなぁ」

 敦士が腕時計を見て

「──もう2時か。移動疲れもあるし……さすがに眠くなってきたな」

 響希もあくびをかみ殺しながら

「だな。寝不足も大敵だし、ここでこのまま寝るとすっか。で、悪いんだけど経堂」

「なんだ、響希?」

 響希は自分のバッグからガムテープを取り出し

「悪いけどカイを拘束させてもらうからな」

「それで?」

 響希は頷き

「こういう状態になった奴が夜中に急にすごい勢いで暴れたことがあったんだ。だから──念のためにね」

「そうなんだ……」

「長袖を着せてからのほうがいいんじゃない?テープが直だと痛いでしょ」

 蓮の提案で四人でカイに上着を着せ、両手両足を身体と一緒にガムテープでぐるぐる巻きに拘束した。

 最後にカイを持ち上げ、床に毛布を敷いてからその上に寝かしてタオルケットを掛ける。

「ま、こんなもんだろ。じゃあ俺達も寝ようぜ」


 それぞれ上に長袖を着込み、毛布やタオルケットで簡単な寝床を作る。

「誰も寝袋は持参してないんだな」

 敦士はみんなの寝床を見ながら

「俺、前の時に持ってったのが寝袋だったんだけどさぁ。不便だし危険だったから今回はちゃんと毛布にしたんだぁ」

「寝袋がどうして危険なの?」

 蓮の質問に敦士が答える。

「現場が現場だからやっぱ夜中に色々と不測の事態が起きるんだよ。──カイみたいな奴が暴れるとか、金縛りにあうとか。それで寝袋に入っちゃってると、いざって時にすぐに動けないわけ」

「あれ、最強に面白かったもんな」

 響希が笑いながら相槌を打つ。

「なになに? 何が面白かったん?」

 経堂と蓮が身を乗り出す。

「今でこそ笑い話だけど、あの時はマジでヤバかったんだからな!」

 敦士は笑いながら響希を睨んで

「初日は問題なかったんよ、寝袋の寝心地も意外と悪くないし。けど二日目にさぁ、同じ部屋でザコ寝してた奴の一人がいきなり霊に乗っ取られて暴れ出したわけ」

「乗っ取られたって、身体を?」

 敦士は頷きながら

「多分ね。俺も詳しくは分かんないけどさ。後で聞いたら本人は全然覚えてないって言ってたんだけど……でさ、寝てた奴らが何人かそいつに殴られたわけなんだけど、みんなは布団だからすぐ逃げられるじゃん? けど、俺は寝惚けてたし焦っちゃったのもあって、なかなか寝袋から出られなくてさ……で、最終的にそいつに集中攻撃されたの。もうタコ殴り」

 響希がくつくつ笑いながら

「みんな半分寝惚けてっから状況が飲み込めなくて、しばらくポカンと見てたよな」

「あん時マジで身の危険を感じたんだからな! でさ、みんなはまぁ、呆然って感じで状況もよく分からなくて見てただけなんだろうけど、コイツがさ」

 敦士は響希を指差して

「コイツだけ一人で腹抱えて笑ってんの! 俺、寝袋に入ったまま馬乗りされて殴られて! 寝起きで意味分かんなくて超パニってんのに、すっげー笑ってんだぜ? 信じられねーよな?」

「まぁまぁ、最終的には俺が助けたんじゃんかよ」

「最終的には、な! それまでに何十発殴られたと思ってんだよ! 次の日顔の形変わってたじゃんかよぅ」

「いやいや、だって寝袋入ったまんま顔だけ出して超ビビりまくりの顔して殴られてんの見たらさぁ……あんなのわら……笑うしかないだろ。やべ、あん時の敦士の格好お、思い出すと……だ、ダメだ笑……ぎゃははっ」

 ひっくり返って腹を抱えて笑う響希に、蓮も経堂もつられて笑い出す。

「お前ら人ごとだと思って笑ってっけどなぁ! 当事者になったらマジでビビるに決まってんだからな?」

 そう言いながら敦士も笑っている。

 暫く四人は笑っていたが、ようやく笑いの発作が治まってきた時に

「ま、つまり寝袋はお化け屋敷には向いてないってことを俺は身を持って知ったんだよ。あーあ、誰か一人くらいいねぇかな? 今回寝袋持って来たアホがさぁ」

 敦士はそう言いながらニヤリと笑った。

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