始まりの章 7
夏の夕刻。
辺りはまだ明るいが、濃い日差しは影を潜めた。雲をまとった鈍い太陽が雲間から時折顔を覗かせ、その刹那に鋭くオレンジ色の光を放つ。
夕方六時になった。
人里離れた国道沿いに大きな「釜飯」の看板が立っているだけの、そこから小道に分け入った先にある空き地。そこに揃った参加者達は、蓮が数えたところで全部で三十二人。全員男だ。
一人だけの者もいれば仲間と参加している者もいて、自己紹介をし合ったりさっきのように軽いいざこざがあったりと、その場はちょっとした騒ぎになっていた。
何の変哲もないワゴン車が四台やって来た。 もっと仰々しい車を想像していた蓮はちょっと拍子抜けしたが、すぐに集合場所も車も全てが人目につかないように配慮されている事に気がついた。
「これで全員か?」
ワゴンから恰幅のいい四十代くらいの男が降り立ち、口を開く。
車は地味だけど、こっちはどうにも堅気な感じじゃなさそうだよなぁ。蓮はでっぷりと太った男を包む派手なスーツと腕に巻かれた金むくの腕時計、そしてその容貌を見て思った。
堅気じゃないと言ってもヤクザのような雰囲気がある訳ではなく、例えるとしたら胡散臭い業界崩れの男みたいな、そんな類の怪しさだ。
「目的地に着く前に言っておくが」
男は太い声で続ける。
「これは遊びじゃない。仕事だ。そしてこの話を今後よそで口外すること一切を禁ずる。口外した際には相応の制裁を受けて貰うことを念頭に置いておくように。始めに言っておくが、お前達の素性は全て把握済みだ。ヘタは打てないぞ?約束出来ない参加者は今すぐ降りてくれ」
暫く無言のまま、誰も反論する者がいないのを確認して
「では、仕事の説明をさせて貰おう。私は
神崎は一旦言葉を切り
「で、仕事の話だが──お前達にはこれから山中にある、とある廃墟に行ってもらう。 条件は先に提示した通り。今日から五泊六日、六日後の昼まで。最後まで残った者で賞金の一千万を山分け、ただこれだけだ。」
神崎は続ける。
「現場に着いたら、まずは各部屋に固定カメラなどの機材を設置して貰う。機材は現場近くに運び込んであるから、着いたらスタッフの指示に従って手分けして屋敷まで運んで行ってくれ。どれも扱いは簡単なものだ。一日一回スタッフが昼過ぎにテープを回収に行く。その時に食料や飲み物にタバコ、他にも簡単なものなら翌日に差し入れするから伝えてくれ。リタイアしたい者がいる場合は、その時にスタッフと一緒に下山してくれればいい。あとは、えぇと……」
神崎は少し考えながら
「そうそう。固定カメラの他にハンディカメラも用意してある。何か不審な動きがあったらぜひとも行って決定的瞬間を積極的におさめて欲しい。 スマホやデジカメなど個人の持ち物での撮影もオーケーだ。データの内容によって相応の金額にてこちらで買い取らせて貰おう」
神崎はチラッと腕時計を眺めて
「それから──着いたらまずカメラに向かって一人ずつ点呼を取ってくれ。名前は偽名で構わない。毎日、朝夕に二度、必ずだ。簡単なバックレ確認だな。ずっと林の中に隠れていて最終日だけ顔を出されても困るだろ?固定カメラの映像でも勿論把握は出来るわけだが、簡単な健康状態のチェック、誰がどんな状態で何人残っているかのデータとして使いたい。何か質問は?」
神崎は一気にそう喋ると言葉をとめて質問を待った。
一人が手を挙げる。
「風呂は?水も電気も止まってるんだろ?」
神崎は笑って
「もちろん風呂は我慢して貰うしかないが──うまい具合に屋敷の前を小川が流れている。日中なら水浴びするには問題ないだろう?ガスコンロもあるから簡単な料理やコーヒーも作れるぞ。まるでキャンプだな。そうそう、もちろん携帯は使えないぞ。あと……財布などの貴重品は心配ならスタッフに渡しておいてくれ。渡したくない奴は自己責任で管理してもらうが、持っていたところでどうせ金を使う場所も必要もないんだがな」
「あのさ、聞きたいんだけど……その屋敷で一体何があったんだ?」
神崎は質問した参加者を見て
「そんなの決まってるだろう?殺人事件だよ」
「そんな事いちいち聞かなくても分かってるよ、おっさん。だから詳しく何があったのかって事だってばさ」
「聞きたいのか?本当に?詳しく聞かない方が身のためだと思うがな」
参加者達から抗議の声が上がった。
「いいから勿体振らずに話せよ、おっさん」
神崎はやれやれ、と首を振りながら
「先入観を与えたくないからあまり詳しく話したくはなかったんだけどな。まぁ、今回はボーナスの件もあるし、いいだろう。── 四十年も前の事件だからお前達は知らない者がほとんどだろうが、当時世間を震撼させた猟奇的な連続誘拐殺人事件があってだな。 犯人はこれから行く元別荘地、そこに建つ屋敷の持ち主だ。この辺の別荘っていうのは大体は避暑目的でな。夏以外に別荘を使う家族はまずいない訳だ。男はシーズンが終わると一人でその屋敷にやって来ては犯行を繰り返した」
「犯行って?」
「被害にあったのは六歳から十四歳までの少年少女。誘拐されて来ては屋敷に監禁され、その全てが殺されたんだそうだ。その数は男の自供、そして実際に出た死体の数によると三十七人にものぼるそうなんだが」
神崎の話にあちこちから声が上がる。
「ヒエー、三十七人!?」
神崎は頷いて
「そう、三十七人もだ。時代もあったんだろうが──誘拐する場所も広く各地からで、警察もなかなかそれぞれの誘拐事件を結び付けられず、この男に辿り着くまでに十三年の歳月を要したんだ。 それがたまたま偶然、避暑に来ていた隣人の飼い犬が男の庭に埋められていた死体の一部を掘り起こしてな。事件が一気に明るみに出たってわけだ。それがなければ死体の数ももっと増えていたんだろう。これから行く屋敷とはそんな事件のあった場所だ。屋敷に監禁され、無惨に殺された少年少女の念が渦巻く、そんな屋敷なんだよ」
一旦言葉を切り
「ついでに言っておくが、周りの別荘も今では全てが廃屋だ。閑静な高級別荘地だったらしいが、あんな事件があったんじゃな。今はもう誰も訪れることはない。と言うより訪れられなかったんだ、つい最近までは。これからお前たちが行くのは、今はただ朽ち果てるに任せている、そんな
一気に語り終えると神崎は参加者達を見回して
「他に何か質問はあるか?」
蓮が手を挙げる。
「さっき、つい最近までは訪れられなかったって言ってたけど、それはどういう意味ですか?」
蓮の質問に神崎は頷くと
「いい質問だ。行けば分かるが別荘地手前にちょっとした崖を橋で繋いでいる箇所があってな。そこを渡る以外に別荘地に行く道はないんだが、その橋が随分と昔に土砂で流されてしまっていたんだ。このネット時代に、噂を頼りに廃墟マニアに荒らされなかったのはそれが理由だ。何しろ道がないんだからな。その橋をうちのクライアントが直したんだ。もちろん秘密裏に。つまり、それだけ力と金が動いている企画だと言う訳だ。他に質問は?」
黙り込んでしまった参加者達を見て、神崎はニヤリと満足そうに笑い
「ではボーナスの話と行こう。 今回は賞金以外に何とボーナス特典があるんだ」
神崎は一呼吸おいて
「屋敷の主が三十七人を殺したと話したが、実は三十八人目というのが存在するらしいんだ」
「三十八人目?」
神崎は頷いて
「犯人の話だとそれは少女で、どうやら抜け道を使って逃げられたんだとか。その直後に事件が発覚して男は逮捕されたんだろうな。元々は他の者の建てた別荘だったのを犯人が買い取った経緯らしいから、男もそんな抜け道があったとは知らなかったという話だ。 警察は必死になって唯一の生き残りかもしれない三十八人目を捜したんだが見つけられなかった。 ──なぜなら男はその直後に獄中で変死したからだ。……殺した子供達の怨念かもしらんな」
神崎は不気味に笑って
「抜け道のありか、そして三十八人目の真偽も分からないまま、結局捜査は打ち切りになった。で、ボーナスというのはそれだ。つまりその抜け道を見つけた者に、最後まで残る、残らないを問わずにボーナス賞金300万円を支払おうというものだ。 警察も見つけられなかったんだ、本当にそんなものが存在するのかも謎だが──どうせ時間はある。チャレンジしてみるのも一興だろう?」
神崎は金むくの腕時計を見た。
「さて、そろそろ向かってみようか。ここから結構かかるからな」
そしてゆっくりと参加者達を見回して言った。
「ここでリタイヤする者はいるか?今ならまだ間に合うぞ?」
そしてニヤリと笑って付け加えた。
「あの事件を伝え知る地元住民達は、あの辺り一体には決して近づかないそうだ。まぁ、ただでさえ奥深い山あいにあるから滅多なことでは迷い込む奴もいないんだろうが……その地元住民たちが、かの地の事を噂するとき、畏怖の気持ちをこめてこう呼んでいるんだそうだ。
還らずの地、帰らずの館
……とな」
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