始まりの章 6
すっかり重くなった荷物を抱え、汗だくになりながらようやく集合場所にたどり着く。そこには既に参加者達が二十人ほど到着していた。
年齢層は二十代から三十代半ばといったところ。
響希ほどの奴はいなそうだけど確かにどの顔も大胆不敵で肝が座ってそうだなぁ、と蓮は心の中で思った。
「あれ?
短めの金髪をツンツンに逆立てた、つなぎの迷彩服を着た目つきの鋭い男にむかって響希が声をかける。
「お?……響希⁉︎何だよお前!奇遇だなぁ」
響希は蓮を振り返り、敦士と呼ばれた男を紹介した。
「蓮、コイツは敦士。二年前の時に一緒だった奴だ。顔は怖いけど……ま、性格も同じく怖い奴だ。ついでに言うとそん時の生き残りは俺と敦士の二人だけ。 頼りになる奴だぜ。いかんせん怖いけどな」
敦士は響希を睨みながら、力強く蓮の手を握った。
「テメエ、うるせぇよ響希!……よろしく蓮。俺は仁科敦士だ」
「大沢蓮です。こちらこそよろしく。二年前って、やっぱりおばけ屋敷?響希とはそこで知り合ったんだ?」
「そう。あん時はどうにか残ったんだけど、もう後々まで体調崩しまくりで最悪でさ。暫く遠慮してたんだけど……ぶっちゃけ金も欲しいしまた参加する事にしたんだ。しっかし、こんな所でまた響希に会えるとはなぁ」
敦士は響希の方を向いて
「お前はあれからも参加してたんか?」
響希は笑いながら
「まぁな。適当に何度か」
「お前、本当に馬鹿だろ?」
敦士は蓮に向き直り
「あのな蓮。コイツ、ヘラヘラしてっけど心臓に剛毛が生えてるような奴でよ。二年前も幽霊に喧嘩売るわ説教するわ、出て来た生首にサッカーボールキックかますわで、俺、コイツにだけは叶わないって思ったんだぜ?あ、叶わないって馬鹿過ぎて叶わないって意味な?」
響希は敦士をどついて
「どーゆー意味だよ!」
「どーゆー意味ってそーゆー意味だよ」
二人のやり取りが可笑しくて蓮はゲラゲラ笑った。
「……うるせぇなぁ」
声のした方を振り向くと、ガッシリした体格の坊主頭の男が響希たちを睨みつけていた。 隣にはその男の友人らしい、これまたガタイのいい男が立っていて、同じようにせせら笑っている。
敦士が目を細めて凄む。
「……あ?何か言ったか?兄ちゃん?」
「うるせぇって言ったんだよ。ガキの同窓会じゃあるまいしギャーギャー騒いでんじゃねぇよ」
「何だとコラ」
「まぁまぁまぁまぁ」
歪んだ笑いを口元に浮かべながら、響希が敦士と男の間に割って入る。
「止めんなよ、響希」
「やめとけって、敦士」
響希にやんわりと制止され、不満そうだったが渋々敦士は引いた。男はそれを見て馬鹿にしたように笑って地面に唾を吐くと、響希に向かって言った。
「何だよ、やんねぇのか?腰抜け。弱い者としか喧嘩はやらない主義ってか?」
「何……」
憤る敦士を押しとどめて、響希は
「放っておけ敦士。こんな所で喧嘩おっ始めても仕方ないだろ?」
「だってよ、響希……」
男は響希に向き直り
「随分といい子ちゃんなんだな、響希とやら。売られた喧嘩だぜ?買わないのかよ?」
響希はヘラヘラと笑って
「いやー、俺はやりごたえのある喧嘩しか買わない主義でね。どう見てもお前らじゃ役不足だもんなぁ」
「何だと!?」
「何を怖がってるんだ、あんた達?」
一触即発の空気に、静かな蓮の言葉が割って入った。
響希と敦士が振り返ると、蓮が男二人を指差して
「この人達さ、怖がってる。だからわざと強がって喧嘩売ってんだよ」
二人は今度は蓮に向かって吠えた。
「適当抜かしてんじゃねぇぞ、お前!」
「あ、そういうこと」
響希が成る程、と言った表情で眉を上げ
「毎回いるんだよな、たいして根性も座ってないくせにイキって虚勢はっちゃう奴がさ」
「何を……」
敦士が頷きながら
「そっか、もうビビってんの。ふーん?お前ら、そんなんで明日までもつんか?お化け屋敷に着いた途端に泣き出しちゃったりしてな」
「お、俺達はお化けなんて怖くなんかねぇぞ」
「お化けは、ね?じゃ、心配なのは金の出所か。お前ら、この企画に参加者すんのは初めてだな?そうだろ? 」
黙り込んだ二人を見て、それが答えだと見て取った響希は続ける。
「確かにたった五泊でこんな大金が貰えるおいしい仕事なんて裏があるに決まってるって思うよな。もしかしたら内臓かっさばかれて売られるかも、なんて心配してんだろ? それとも人間ブタとかさ。両手両足切断されてよ、一生ブタとして飼い殺し……なんてな? 心配すんな、俺が保証してやっから。これは本当に本当のお化け屋敷企画だ。確かにルートはヤバい。けど生きたままどっかに売られたりはしないからよ、安心したか?」
「俺達は別に……」
「俺、明日にはコイツら二人がリタイヤしてるのに三万賭けよーっと」
敦士がのんびりと言った。
「じゃ、俺は明後日で五万にしよっかな」
響希も調子を合わせる。
「ふざけんなよ、お前ら!」
「……いい加減にしろよ」
響希の顔から一瞬にして笑顔が消え去り、それまでのおどけた調子のその表情に一変して殺気がみなぎる。静かだがその凄みのある響希の調子に、二人は気圧されたようになって黙った。
「こんな所で無駄なパワー使ってる場合じゃないぜ、お前ら。喧嘩がしたかったら受けてやるよ。──そうだな、明日になってもお前らにそんな気力が残ってたらな」
「その言葉、忘れんじゃねぇぞ?」
「なになに喧嘩ー?楽しそー。俺らも混ぜてくれよ」
後から到着した男が、のんびりと声をかける。
「……チッ。馬鹿馬鹿しい。気分が削がれちまった。……行こうぜ修司」
修司と呼ばれたもう一人の男も苦々しげに頷き、二人は連れ立ってその場を離れて行った。
「……怖いな、お前のお連れさんは」
敦士が蓮を振り返り、響希にそっと囁いた。
あの一言を発しただけで、蓮はずっと黙ったままその場に佇んでいたのだった。 ──響希の後ろに立ち、何かあったら瞬時に動けるように。氷のような静かな表情で。超然とした瞳でその場全てを見据えながら。
響希はニヤリ、と笑った。
「だろ?一番怖いのはアイツなんだよ。そして一番強いのも。アイツが後ろを守ってくれてるって知ってただけで、俺は全然リラックスしてられたんだからな」
敦士が首を振りながら
「俺、あんな奴初めて見た」
響希も頷く。
「蓮はな、透明なガラスだ。俺みたいに混じり物が入っちまってる半端物なんかじゃなくて。だから怖いんだ。普通の奴には分からないだろうけどな。つか、そんな事にはアイツ自身も気付いてないんだろうけどさ」
「自分で気付いてないのがまた怖い」
響希は笑って
「ま、そこがアイツの凄いトコなんだけどさ。ただ……」
響希は表情を固くして
「ただ、それが逆に心配なんだ。蓮のあのニュートラルな性格が、この企画では裏目に出るんじゃないかと」
「呑まれるかも、って事か?」
響希は頷いて
「蓮は霊感なんてないって笑ってたけどな。あの素直な性格が、知らず知らずのうちに霊媒になっちまいはしないかと俺は心配してる」
「有り得るな」
響希は敦士を見て
「そうなったら──頼むぜ敦士。蓮を守ってやってくれよな。頼む」
敦士はびっくりしたように声を上げて
「お前が誰かをそこまで心配するとはね。しかも俺に頼み事までするなんて」
「蓮はな、俺の殻なんだよ」
「は?お前の何だって?」
「……いや、何でもない。忘れてくれや」
「何だよう、難しい言葉使いやがって」
「ま、とにかく」
響希は笑うと、二人のやり取りを少し離れた所から見ていた蓮に向かって歩き出し
「三人で残って、賞金山分けといこうぜ」
と、蓮にも聞こえるように声を張り上げた。
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