始まりの章 5

 障子を透かして柔らかな光が部屋に差し込んでいる。蓮はいつもの習慣で6時前には目を覚ました。

 隣の布団を見ると響希がすごい寝相でいびきをかきながら転がっている。蓮は苦笑しながら響希を起こそうと手を伸ばしかけたが

「…まだ朝食までには時間があるか」

 一人でそっと起き出し、庭を散歩する事にした。


 朝露に濡れた庭の木々の葉っぱはしっとりとみずみずしく、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。

「朝晩は随分と冷え込むんだな。寒いくらいだ。上着が必要だなぁ」

 耳を澄ますと木立の中からはもうジワジワと幾十、幾百もの蝉の声が聞こえて来る。

 東京での忙しない朝を考える。 同じ喧騒でも、蝉の声と車や人の往来の音では何という違いだろう。

 こんな朝もあるんだと、蓮は感動しながら清々しい緑の中に立たずんでいた。


「旅館の朝食って妙に美味いよなぁ。何でだろな?」

 部屋で朝食をがっつきながら感想を述べる響希に

「知らん。大体、俺、旅館で朝食取るのなんて初めてだもん」

 蓮も旺盛な食欲で答える。

「えーと、十時にチェックアウトじゃん?集合時間は夕方5時だから……それまで何しよっか、蓮?」

「そうだなぁ。俺、全然分からないからなぁ。響希はいつもどうしてんの?」

「適当にのんびりしてっかな?あ、そうそう。食べ物やタバコみたいな簡単なものならリクエストすれば毎日クライアントが届けてくれるようになってんだけど、とりあえず必要な物はあるか?時間もまだまだあるし適当にブラブラと店でも物色しながら買物もしようぜ」

 蓮は三杯目のご飯をおかわりしながら答える。

「俺、上着が欲しいんだ。こんなに朝晩冷えるなんて思ってなくて」

「な、びっくりするよな。風邪ひかないよう気をつけようぜ」

 チェックアウトを済ませて外に出ると強烈な陽射しが二人に降り注いだ。

「日中はやっぱり暑いなぁ」

「だね。だけど湿気がないから気持ちいいや」

 二人は大きな荷物をコインロッカーに入れてから駅前をブラブラと歩き、やがて二階建てのショッピングセンターを見つけた。

「五泊の間、早い話が軟禁状態だから暇つぶしになるもんを買ってったほうがいいぜ。本とかゲームとか」

「そうだなぁ。んじゃ、漫画買ってこ。廃墟っていうなら勿論電気も来てないんでしょ?て事はスマホは?電波なんて来てなさそうだし。スマホもTVも見れないなら暇だろうなぁ」

 二人は本や漫画を購入し、他にもジャケットや靴下などの衣類、トランプ、おやつも買い込んだ。

「蓮……それ着るのか?本気で?」

「え?変かなこれ?」

 蓮が手にしていたのは、紫色をベースにオレンジ、緑、黄色やらの入り混じった、派手な絞染めのパーカーだった。

「かっこよくないコレ?朝晩冷えるからちょうどいいと思って」

 響希は苦笑しながら

「俺、お前のことがよく分からなくなったよ」

 首をかしげる響希を尻目に、蓮はパーカーをカゴに放り込み

「あ、ねえ花火は?響希?」

「お前、キャンプか何かと勘違いしてないか?」

 笑いながらも響希は花火のファミリーパックを手に取り

「嘘か本当か……そう言えば聞いた事があるんだけどさ。お化けが出た時には火をたくといいんだって。例えばタバコを吸うとかさ」

「じゃ、お化け対策だ。俺タバコ吸わないし」

 蓮はポイ、と花火をカートに投げ入れた。


 昼ご飯を食べたりブラブラと散策しているうちに、あっという間に集合の時間が近づいて来た。

「楽しかったなぁ、響希。俺、旅行自体が初めてだからさ。何だかお化け屋敷も避暑地にキャンプに行く気分だ」

 響希は苦笑しながら

「ま、残念ながらそうは行かねぇけどな。でも俺も楽しかった。五泊六日、さっさと乗り切って、賞金片手に今度は本当の旅行といこうぜ」

「色んな土地があるんだろうなぁ」

「そうだな。東京から近場でも、いい所は沢山あるからな。俺が好きなのは鎌倉……箱根や軽井沢もいいし、那須もよかったな。海が見たけりゃ千葉や伊豆の先なんかも近くていいぜ」

「海かぁ。夏だし、次は海がいいなぁ」

「じゃ、海に決まりだ。そのためにも頑張らないとな……さて、行くか」

 二人はズッシリと重く膨らんだ旅行鞄を持ち上げ、集合場所に向かって歩き出した。

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