始まりの章 4

「俺の最初の参加は国内の廃墟だった。今考えると企画としての走りみたいなもんだったのかな?賞金も百万程度の小さなもので参加者も俺含めて全員が初参加だった」

「うん」

「俺は脱落した」

「響希が!?どうして?」

 響希は顔をしかめて苦笑しながら

「なんつーか……半端ねぇんだ、空気が。着いた途端に寒気と頭痛と吐き気のオンパレードでさ。霊感ある・なし関係ないんだ。しかも『怖い』なんてレベルじゃねぇ」

「どんなレベルだっていうんだ?」

「……ヤバイんだよ」

「ヤバイ?」

「そりゃもう一言『ヤバイ』としか表現できない。本能がヤバイって叫ぶんだ。一晩しかもたなかったよ俺。そんで九割が翌日には脱落した。生き残って賞金を獲得した奴がいたのかは分からない」

「嘘だろ……」

「でな?俺バカだから悔しくてさ。本当、悔しくて。だって生きてる俺様がだよ?なんでお化けなんかに負けなくちゃいけねえんだって。どうにも納得いかなくてさぁ、はは。次は絶対にリベンジしてやろうって決めて。で、どうにかやり遂げたって訳」

「へぇ……で?その時は何人残ったんだ?」

「俺と、あと一人」

「二人だけ!?」

「そう。残ったのは一応二人」

「一応?」

 響希は首を振りながら

「もう一人のヤツは途中から精神に異常をきたしちゃっててさ。逃げ帰りたくてもただ帰れなかったってだけの話。で、多分だけど今だに檻の中」

「……」

「海外企画ってのもあったなぁ。海外だと賞金がいいんだ。また、これが景気よく、出る出る」

「本当なのか、響希?」

「国民性ってヤツ?日本のお化けは出方も割と控え目なのが多くてさ。その代わり陰湿っつぅか、こう……何ての?重いっていうのかな?ホラー映画なんか見てると分かるだろ?あんな感じ」

「うん。何となく分かるかな」

「海外はな……俺はアメリカとイギリスしか知らないけど、アメリカは派手だったぜ。『俺を見てくれ!見ろ、見るんだぁぁ!』てな具合。イギリスはジェントルメーンって感じだった」

「……からかってるんじゃないだろうな、響希?」

 響希は眉を上げて、とんでもないという顔をしながら

「世の中わけの分からない現象もあるって痛感したよ。俺さ、それまでは自分は結構肝が太いって自負してたんだよな」

 響希の言葉に蓮は笑って

「俺、響希以上に肝の据わってるヤツ、他に知らないけど」

「だろ?心臓に毛が生えてるんだと思ってた」

「それも剛毛が」

「ははは。実際それは今でもそう思うよ。だけどそれ以上に強い……念っつうの?実際に自分が体験するまでは夢にも思わなかったような、そういったものも確実に世の中にはあってさ……信じられるか?生きてる人間よりも強いんだぜ?しかも『負』なんだ。悲しい、悔しい、恨めしい……。それって……切ないよな」

「……うん。だけどさ響希。そこまで強い思念を残す霊のいるような、そんな事件のあった場所なんてそうはないんじゃないか? 確かに世の中には残酷な殺人事件なんかも時にはあるけど……殺されちゃった人は無念に決まってるけど……。でも、そこまで念の残る殺され方をしてそうな事件なんて、ほとんどニュースで見ないじゃんか」

 響希は自分の吐いたタバコの煙を目で追いながら

「知ってるか、蓮?ニュースの報道ってさ。ある程度以上は規制があって、例えば表現としては『刃物で数十箇所をめった刺しにされた』……そんな程度が耳にする限界だろ?ニュースでは一般的に公開できないような、そんな想像を絶する殺し方……そういう凄惨な事件は詳しく報道されないだけで、思っているよりも実際は沢山あるんだよ、蓮。つまり……そうやって殺された人間が、さ」

「想像したくもないな……」

「ああ、俺もそう思う。 ……人間の憎悪ってヤツは怖いな。何より怖いのかもしれない。……そんな、世の中には隠蔽された殺人事件が本当はあるんだとしたらさ、そりゃ、みんなが知らないだけで、知られざるお化け屋敷が各地に点在してるってことにもならないか?」

「なんだか怖くなってきたな、俺……」


 響希は新しいタバコに火をつけながら

「だからな。やめたけりゃやめていいんだぜ、蓮。 実際俺、後悔してんだ。こんな仕事にうっかりお前を誘っちまったこと。俺も実際に体験するまではナメくさってたんだが……本当に半端ない世界だからさ。しかも今回は額がでかすぎる」

「賞金額はどれくらいなんだっけ、響希?」

「山分け方式。残った人数で1000万だ」

「1000万⁉︎たった5日で?」

「二人で残れば500万ずつだぜ?たったの五泊で……残れればな。つまり、今回は相当半端ない企画ってことだ。やめるなら……」

「やるよ、俺」

「信じてないんだろ、俺の話。話をふっちまった手前、決定権はお前にあるけど……正直お前にだけにはこんな危険な話、ふらなきゃよかったって俺は後悔してんだよ」

「だけど響希はやるんだろ?」

「ああ」

「だったら」

 蓮は笑って言った。

「俺、心配してないよ。いや、響希が俺に嘘つくわけないから心配だし正直怖くもあるけど……だけど響希と一緒なら、俺、安心だ。一緒にいて誰よりも信頼できるって分かってるから。響希となら、やれる」


 蓮の揺るぎない視線を受け止めながら、響希はため息をつき……そして笑った。

「お前って、いつも本当にまっすぐに俺を見るよなぁ」

 響希は遠くを見るような目をして

「……俺な、少年院でお前を見たときに『あ、こんな奴もいるんだな』って……救われたんだ。今だから言うけどさ」

 響希の言葉に蓮はポカンとした顔をして

「何言ってんの?救われたのは俺だろ?響希がいなかったら俺、あのまま殻にこもったままでどうにかなっちゃってたと思うもん」

「馬っ鹿。お前は俺なんかがいなくたって必ず立ち直ってたさ。蓮、お前には真っ直ぐな芯がある。そういう人間は何より強いんだから」

「強いのは響希だろう?俺さ、あん時……自分の世界が壊れて世の中の何もかもが信じられなくなってて……周りが全部虚ろでさ。響希だけが俺を最初からただの俺自身として見て、接してくれたよな。……人殺しのレッテルを貼られた俺をさ、何の色眼鏡も先入観もなしに。ありのままの俺を。だから俺はこうして今、生きていられる」

 響希は首をふりながら

「買いかぶりだよ。俺はさぁ……まぁ、普通よりは多少なりとも半端ない人生を歩んで来てるとは思うけど、お前に会うまでは誰も信じられなくてさ。だから生きるの死ぬのなんてこともどうでもよかったわけ。……自分も、他の奴らもな。 だから何でもやれたし、何も怖くなかった。けど、お前って存在に触れてさぁ。『あ、世の中にはこんな人間もいるんだな』って。幻想だと思ってたけど信じてもいい奴が本当にいるんだなって。ようやくそれが分かって人を大切に思えるようになったんだ。 じゃなきゃ俺、今頃クズ同然な人生歩んでたな。ま、今もクズには違いないんだけどさ。だからお前には本当にか……感謝……クソ、酒が入ってても照れ臭いな、こんな話」

「はは。まったくだ」

「ま、そういうわけでよ。こんなムズ痒い話ガラじゃないからきっともう二度としないけどさ。 ……お前は俺の無二の親友だ。今も、これから先も、ずっと」

「そっくり返すよ、相棒」

「うわ……やってらんないな、こんなクサい会話。 ま、どんなに死んだ人間の思念が強いとしてもだな、俺達の友情には適わない、って……うわ、やべぇ、くっせぇー!完全に酔ってんな、俺」

「あはは。たまんねぇな、響希。クサ過ぎて悶絶だよ。寝よ寝よ」

 二人は大笑いしながら勢いよく布団に倒れこんだ。


 電気を消し、暗闇の中でホッと息を吐く。

 明日からは今までの自分なら知ることもなかった、半端ない危険な世界が待ち受けているかもしれないんだと思いながらも、蓮は満たされていた。

 言葉がなくても自然と相手に伝わっている思いもある。 だけど、それを言葉にする、言葉にされるというのは何て力強くて快く、嬉しいものなのだろう……と。


 蓮は知らなかった。

 想像だけで心構えをしておくにはあまりにも甘い、経験した人間にしか知り得ない、そんな恐ろしく、深い深い闇があることを。

 でも、今は。


 やがて蓮は幸せな、満ち足りた人間だけに訪れる、柔らかな夢の中に堕ちていった…

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