始まりの章 3

 旅館に荷物を置いて身軽になった二人は、あちこち寄り道しながら温泉街をぶらついた。

「調子に乗ってあんまり食うなよ蓮。もうすぐ夕飯なのに、せっかくのご馳走が入らなくなるぞ」

 団子を頬張る蓮に向かって、響希が呆れたように笑う

「ほんなほほいっはっへ、ふぁはふ…」

「なに言ってるかちょっと分からないんですけど」

 二人は笑いながら近くにあった足湯に浸かり、腰を下ろした。

「…いいなぁ、こういうのって」

 遠くの山並みを見つめながら蓮が呟く。響希は蓮の方を向き

「またやろうぜ蓮。もちろん次は純粋なただの旅行をな。この仕事でまとまった金も入る予定だしさ。だからお前がまた職を見つける前にもう一回。約束、な?」

 蓮は子どものように顔を輝かせ、大きく頷いた。

「うん、約束」



「さーて……と。じゃ、仕事の話でも始めますか」

 部屋出しの豪勢な夕飯が下げられ二人きりになると、響希はゆったりとソファにもたれてタバコに火をつけながら口を開いた。

「ごく単純な話なんだ。俺達は明日、場所はどこだか知らんけど……多分ここからそう遠くはないクライアントが用意した廃墟、そこに行って五泊六日を過ごす。そういう仕事なんだ。参加は三十人くらいって話だな」

 蓮は目を丸くして聞き返す。

「え? それだけ? それでなんで賞金が出るわけ?」

「言ったろ? ただの廃墟じゃないって」

「お化け屋敷って話? 冗談かと思ってたけど……」

 蓮の質問に響希は笑って

「なあ蓮。お前……霊感ってあるか?」

「へ? 霊感?」

 思いがけない響希の質問に、蓮は一瞬面食らったような表情になりながらも答える。

「うーん……いや、ないと思うけど。霊体験なんてした事もないしなぁ。あれってただの見間違えとかリアルな夢とかさ、怖くてそんなものが見えた気がするとか──そういうものだって思ってんだけど、俺」

 響希は煙を吐き出しながら

「……俺もそう思ってた」

「思ってた?」

 響希はニヤリと笑いながら

「世の中にはさ。理屈じゃ説明できないような──そんな現象が本当にあんだよ」

「それって、つまり……?」

「なぁ、蓮」

 響希は真面目な顔をして蓮を見つめながら

「目に見えるとか手で触れられるとか……世の中にちゃんと証明できるような物質ものしか存在しないんだとしたら、どうにも説明のつかない事っていっぱいあるよな? んー、そうだなたとえば……今、俺がこうして考えてる気持ちとかも、さ」

「……」

「俺さぁ、例外が一つだけあったんだが……まぁ、今はその話は置いといて。それまでは考えた事もなかったんだ、そういう霊的なもののことなんて。けど俺の心が考える感情だとか……思念? そういうものって何なんだろ? って。それって目に見えるものじゃないし、空気なんかと違って証明もできないんだろ?だけどこうして確実に存在する。だからこの世にはそういう事が他にもあるんだって事」

「……つまり響希はそれを体験したんだな?」

 響希はタバコをもみ消しながら

「……ああ……」


 しばらくの間二人は無言だった。最初に口を開いたのは蓮だ。

「……それで例えば本当にそんなお化け屋敷? 仮にそんなのがあるんだとしてもさ、どうしてそれが賞金につながるんだ?」

 響希は窓際に歩み寄り、灯篭の灯りに照らされたほの暗い庭を眺めながら言った。

「……世の中には暇と金を持て余した人間がいるんだってさ。ま、金にあかせて色々な趣向があるんだって話なんだけど。その中の一つがコレ、今回の企画な訳。お化け屋敷に俺達みたいなのを送り込んで、霊現象をビデオに撮ってはそれを見て楽しむ。……いや、俺達のブザマで間抜けな反応を見るのが目的なのかもな? やらせなしの素人ドッキリ企画って感じ? まぁ、いわゆる裏ビデオってヤツだよ。こんなくだらない映像に普通じゃ考えられないような大金を払う、そんなマニアがいるらしい。これはそういう仕事なんだ」

「……ふーん? だけど本当にお化け屋敷なんてあんの? もしそんなものがあったとしても……行ってもなんの霊現象も起こらない事だってあるんじゃないの? どうも納得いかないなぁ。大体三十人も参加者がいたらさ、お化けが出たところで怖くもないじゃんか。喜んで毎日お祭り騒ぎだろ、きっと?」

 響希は蓮の言葉に笑って

「そう。参加するヤツらも、こんな裏世界の話に通じてるような連中だからな。……ある意味まっとうに生きてたらこんな話に関わる事なんてないんだよ普通は。だからそれなりにみんな自分が猛者だって自負のあるヤツらばかりだよ。俺だって初めはそう思ってた」

「初めは?」

 響希は振り返って頷いた。

「お前も知ってのとおり俺にはよくも悪くも色んな付き合いの知り合いがいてさ。つまりはあんまり人には言えないような知り合いなんかもいるわけなんだけど……。で、普通じゃ知りえないような、そんなツテからの話も色々と舞い込むんだ。俺が今回みたいな企画に参加するのは実は初めてじゃなくてさ。一度目は蓮、お前と出会うずっと前、十七歳の時だったかなぁ? 最初は俺もお前と同じように考えてナメてかかってた……けど……」

「けど?」

 響希はそこでふっと言葉を切り、ゆっくりとまたタバコに火をつけ、暫く押し黙ったのち、続けた。

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