第31話「そして騒動は、幕を閉じる」

 騒動の翌日、七海から一通のメールが届いた。


『伝えたいことがあるから、いつもの喫茶店に来て欲しい』


 伝えたい事というのは、恐らく昨日の事だろう。

 昨日は朱莉が来てから一緒に家に帰るまで、七海とは言葉を交わしていない。

 昨日の事……正直あまり思い出したくない出来事ではあるが、それも含めて七海に伝えなきゃいけない事があったのですぐに返信する。


『僕も七海に伝える事があったから丁度良かった』


 そのまま手に取ったスマートフォンを鞄に入れ、以前七海から恋人(仮)の提案を受けた喫茶ラズベリーへと足を向けた。



「……」


 店に着くと、既に七海はテーブルに座って待っていた。どうやら僕より先に来ていたらしい。

 そのまま彼女の対面に座り、注文をする。

 ここまで5分程度、その間七海は俯いたままこちらへ目を合わせようとせず、静かに時間だけが過ぎていた。

 ……この感じ、昨日の朱莉みたいだな。

 そんな状態が続き、そろそろ僕のほうから切り出そうかと考えていると、静かだった七海が小さく口を開いた。


「……昨日は、ごめんね」


 いつも元気な七海からは考えられないような小さな声。まるで別人を見ているような、そんな感覚に陥る。


「あんな事しちゃいけないって分かってた。自分でも間違ってるって、おかしいって気づいてた。でも、優介が他の女の子に……朱莉ちゃんに取られるんじゃないかって思うと、私……」


 そこまで言って、七海は微かな嗚咽を漏らした。


 そんな七海を見て僕は、

「いいよ、もう気にしていないから」

 と、彼女を許した。


 正直、昨日のことを思い出すとまだ七海の事が怖いという感情は残っている。部屋の様子もそうだけど、七海もまた『以前の朱莉』と同じタイプの女の子だったという事実が頭に残っているから。

 でも、七海をそうさせてしまったのは、僕にも原因が無い訳じゃない。

 僕が中途半端に彼女の好意に応えてしまったから。僕が彼女の告白を、保留なんかしてしまったから。

 そう考えると、一概に彼女を責める事は、僕には出来なかった。



「七海はさ、僕にとって大切な存在なんだ」


 お互いに少し落ち着いた頃、僕は自分の気持ちを正直に伝えるために言葉を紡いだ。


「子供の時からずっと一緒で、僕にとって七海は……その、無くちゃならない存在っていうか」


 俯いたままの七海に言葉を続ける。


「七海に告白されたとき、正直嬉しかったよ。……で朱莉の事もあったし、それに僕の七海に対するこの気持ちが幼馴染としての好きなのか、それとも一人の女性に向けるものなのか、分からなかったんだ」

「……うん」

「でも……そんな僕の中途半端な考えが、七海を傷つけていたんだよね。だから、寧ろ謝らなくちゃいけないのは僕の方だ。七海、本当にごめん。ずっと傷つけて、本当に」


 たとえ七海のしたことが間違った事だとしても、七海をそうさせてしまったのは僕だ。

 だから……


「それで、あの時の告白の答えだけど、ごめん。僕は七海の気持ちには応えられそうに無い。七海の事は好きだけど、結局僕は、この期に及んでまだ幼馴染としての好きなのか、一人の女性として好きなのか分からないままなんだ。そんな状態で気持ちに応えることは……その、出来ないから」


 あの時の告白に答えを返す。

 七海に伝えたかった事を、僕はようやく口にした。


「……そっか」


 僕の答えを聞いた七海は、小さく頷き言葉を発した。


「でも」


 そして、僕はもう一つ伝えたかった事を七海に告げる。


「僕はこれで、七海との関係を終わりにはしなくないんだ。……告白を断っておいて何言ってるんだって思うかもしれない。けど、僕にとって七海がいない日常ってのが想像出来なくてさ」


 そういうと、七海は驚いたような表情を浮かべ顔を上げる。


「どうして? 昨日あんな事があったのに、優介は私のこと嫌いになったんじゃないの? それを伝えに来たんじゃなかったの……?」

「……確かに昨日の事は、簡単には忘れられそうに無いけど……。でも、だからって七海を嫌いになるかと聞かれたら、全然そんな事は無くてさ。自分でもよく分からないんだけど、今日七海に会ったときも、怒るっていうより謝らなきゃって気持ちしか頭に無かったんだよね」


 普通こんな目にあったら、多少なりとも相手に悪感情を持つのが普通なのかもしれない。

 でも僕は、何故かそんな七海に対して怒ったり、嫌いになったりという発想が全く浮かんでいなかった。


「それに言ったでしょ? もういいよって」


 そんな僕の言葉を聞いた七海は、ようやく落ち着いた涙をまた見せながら、けど今度は今日初めての笑顔で、


「何それ……ホント、優介は変わってるよ……」


 そう呟き、大粒の涙を流していた。

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