第20話「妹がブラコンであることを幼馴染は知っている。」

「朱莉ちゃん、優介のこと、好きなんだよね?」

 疑問符こそ付いてはいるが、これは明らかに疑問などではない。

 確信を持っているからこその言葉、明らかな事実確認。

 私――並木朱莉がお兄ちゃんに好意を抱いていることを知っての言葉だ。


「……それは、どういう意味ですか?」

 冷静に、あくまでも冷静に聞き返す。

 彼女の言う好きが、どのような意味を含んでのものなのか。それをまず確認することが先決だ。


「そんなの、自分が一番良く分かってるんじゃないの? 想像通りの答えしか返ってこないと思うけど、それでも口にしたほうが良いかな?」

 ……やはり、私の予想は当たっていた。

 彼女は知っていたのだ。

 私が、お兄ちゃんのことを、異性として好きだということに。


「そもそも朱莉ちゃん、隠す気が無かったんじゃないの?」

「……どういうことですか?」

「だってここ最近の朱莉ちゃんの態度、明らかに変だったもの。やたら優介との距離が近いし、今までとはまるで逆。誰だって疑いくらいは持つよ」


 それについては、ハッキリとした自覚があった。ここ最近、お兄ちゃんとの距離が無意識の内に近くなっていたことに。

 これまで我慢して距離を取ってきた反動か、お兄ちゃんに話しかけられるという喜びが勝ってしまい、ついお兄ちゃんとの距離感の図り方が分からなくなっていたのだ。

 不自然なまでに近づいたかと思えば、次の日には少し距離を置いてみたり、だけどやっぱりお兄ちゃんと会話がしたいという欲求が生まれ、また翌日には距離を縮めてみたり。

 加えて、今後の計画のためにお兄ちゃんとどの程度接触すればいいのか、探りながらだったこともあって、他人から見れば不自然極まりないものだったろう。


 だが、それだけで分かるものなのか。


 確かに今まであれだけ不仲を貫いてきた私達が、急に仲良くなれば不審がる人達も出てくるだろう。

 現に両親も、始めのうちは私達を見て怪しんでいた。

 だけど、大半の人は単に仲直りしただけだと考え、それ以上の追及はしてこなかった。

 距離が近いのも、今までが遠すぎただけだと解釈してくれていた。


「それだけじゃ納得できないって顔をしてるね。んー、じゃあこんなのはどうかな」

 黙り続ける私に対し、春瀬七海は続ける。


「私ね、優介が朱莉ちゃんからの好意に対して悩んでること、聞いちゃったの」


 それは、決定打にも等しい証拠であった。


 ……どういうことだ、まさかお兄ちゃんがこの女に相談でも持ちかけたのか。

 いや、そんなはずは無い。お兄ちゃんは、私からの好意を知って尚、誰にも相談することなく一人で解決するために行動していたはず。

 じゃあ、一体どうやって?


「……聞いた? 聞いたというのは、本人から直接相談を受けたということですか」

「んー、それは違うかな? 直接聞いたわけでは無いし、本人は私が知ってるって事を知らないはずだから」

「……それはどういう」


「だからね。私が、優介の部屋に盗聴器を仕込んで、それで聞いたってこと」

 

淡々と、彼女は恐ろしい言葉を口にし始めた。


「そもそも私が優介に告白した理由はね、優介を他の女に目移りさせないための牽制の意味合いが強かったの。あの時、何か女性絡みで悩んでそうな素振りを見せたから、他の女を意識するなよって意味で私が告白して、優介の悩みを上書きしようと思ったの。私っていう存在で悩ませるために。……それにね、もちろん優介のことは好きだし付き合いたいとも思ってるけど、でもそれは今じゃなくてもいいの。将来、私と優介が結ばれるって事実さえ出来上がれば、私はそれで満足。だから答えは敢えて催促しなかったの。多分あの場で答えを求めても、断られてただろうしね」


 それは知っていた。いや、勘付いていたというべきか。

 まさか盗聴するほどお兄ちゃんに対して歪んだ愛情を持っているとは思わなかったけど、少なくともあの時はすぐに返事を催促する様子も無かったから、きっと何か裏があるんだろうとは思っていた。


「……でもね、結果として私の告白でこちらに意識を向けさせるって事には成功したけど、悩みを上書きするってのは上手く出来なかったみたい。私が告白した後も、変わらずずっと悩んでたみたいだし。で、結局優介が誰に対して、どんな悩みを抱えているのか、それが分からなかったの。それとなく聞いてみてもはぐらかされるし。だから、その悩みが何なのか知るために、優介の部屋に盗聴器を仕掛けたって訳。まさかこんなに上手くいくとは思わなかったけど。……優介ね、独り言で朱莉ちゃんの事、全部喋ってたよ」


 つまり、この女は全て知っていたんだ。


 私がお兄ちゃんを好きなこと。好きの度合いが常軌を逸していること。お兄ちゃんを盗撮、盗聴していること。お兄ちゃんノートをつけていたこと。私の『計画』のこと。


「さて朱莉ちゃん、ここで私からのお願いなんだけど」

 予想外の事実を突きつけられ上手く言葉が出てこない私に、春瀬七海がトドメの一撃を放つ。


「このことをバラされたくなかったら、私に協力してくれるかな?」

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