第19話「妹と、幼馴染」

「あの女、絶対いつか殺す……」

 前々から気に入らない存在だったが、今日ほど苛立ちを覚えた日を他に知らない。

 つい先刻、彼女の口から発せられた言葉を思い返し、腹の底が煮えたぎるような思いで自室の扉を開く。

 

「私、優介のことが好きなんだ。だからね、朱莉ちゃんに協力して欲しいの」


 彼女、春瀬七海がお兄ちゃんに好意を寄せていたことは知っていた。だからこそ私は彼女のことを心底嫌っていたし、1年前のあの日、お兄ちゃんに告白をしたあの瞬間から、彼女は私の忌むべき相手となった。

 他の女がお兄ちゃんに告白するのはまだ良い。いや、決して良くは無いけど、それでもまだ許せる。


 だが、あの女はダメだ。


 彼女からの告白を断るということは、それまでの関係を崩すということ。

 だからあの日、お兄ちゃんはあの女からの告白に答えを出せなかったんだ。


 どんな返答をしたとしても、それは彼女との関係を大きく変えてしまうから。


 そしてあの女は、それを知っていて、お兄ちゃんに告白をした。

 決して相手に断らせず、そして自分への意識を今までとは別の方向で向けさせ、周りに対してのけん制も含ませる。

 

 一見そんな素振りを見せないくせに、裏では全て計算して行動する。どこか自分と似ていて苛立つし、何よりお兄ちゃんに対して、私より常に一歩先のアプローチをかけているのが、いつも腹立たしい。


 そして、今日、あの女は言った。


 お兄ちゃんと結ばれるために、自分に協力してくれと。


 その言葉を、どんな思いで口にしたのかは分からない。

 私のお兄ちゃんに対する好意に気づいての事なのか、それとも知らずの事なのか。


 ……私は、この要請にどんな答えを出せばいいのだろう。

 もしここで彼女の協力を断ってしまえば、当然理由が問われてくる。

 まさか、『自分もお兄ちゃんが好きなので』なんて断るわけにはいかない。


 ……だけど、その申し出を了承するということは、お兄ちゃんとあの女をくっ付けるために、自分が動かなければいけないということだ。

 

 それは嫌だ、それだけはしたくない。

 そんなことになってしまえば、今後自分が冷静でいられる自信も無い。

 だけど……どうすれば……。



【並木優介】

 17年で一番濃密な夏休みが終わった。

 とにかくこの1ヶ月弱、色々なことが起こり過ぎた気がする。自分でも整理出来ないくらいに。

 まず大きく変わったのは朱莉との関係。

 これまで徹底して口を利かなかった間柄が、この数週間の内に一気に距離が縮まった。夏休み直前のあの日、朱莉の『計画』とやらを知ってから、どうもトントン拍子に上手く事が運びすぎている気もするが、結果として良い方向に進んでいるのだから今はそれで良い。

 両親も、僕たちの仲違いが解消されたと思っているみたいだし、むしろ最近では「何かあったのか?」と勘ぐられる程の仲の良さだ。

 先日の嘉樹からの問いかけもそうだが、今となって近しい人間はみな、僕たちがすっかり仲良し兄妹になったと思い込んでいる。

 結果として、彼女の『計画』を潰すためのキッカケになるのかはまだ分からないけど、少なくとも『自分に疑いの目を向けさせない』という彼女の目論見は外れるはずだ。


 とにかく今は、近くに迫った学園祭に集中しなければ。

 朱莉のことも勿論だけど、逃げ続けた七海との関係にも答えを出さなきゃいけない。

 優先順位がここ数日ですっかり変わってきたな。





「この間の件、返事が遅くなってしまってごめんなさい」

 彼女、春瀬七海から兄との関係を進めるために協力してくれと頼まれて数日。長かった夏休みを終えて新学期が始まり、部活では話しにくいからと昼休みに呼び出すことにした。


「大丈夫だよ、気にしてないから! ……で、どうするか考えてくれたのかな?」

「はい。……すみませんけど、やっぱり私、七海さんには協力できません」

 悩みに悩んで出した答え、それは彼女からの頼みを断ること。

 やっぱり私は、どうしてもこの女に協力だけはしたくなかった。


「……そっか、いやーまさか断られるとは思わなかったな」

 私からの返事を聞いて、意外そうな表情を浮かべる。

「そういう訳ですので、すみませんけど……」

「あのさ、理由を聞いてもいいかな?」

 伝えることだけ伝えてこの場を去ろうとしたが、案の定彼女から理由を問われ足止めを食らった。こうなることは予想済みだったが、出来れば何事も無く終わりたかったのが本音だ。


「理由、ですか」

「うん、理由。単純に面倒くさいから? 私のことが嫌いだから? それとも、他に何か……私と優介をくっ付けたくない理由が何かあるのかな?」

「……いえ、そういう訳では無いですけど」

「けど?」

「単純に、そういうことは自分の力で頑張らないといけないんじゃないかなって思ったから、それだけです」

「……」

「……そういうことですので、失礼します」

 理由としては弱いだろう。だが、他にこれといった言い訳も思いつかないし、仕方ない。

 とりあえず今はこれでこの場を凌いで、後から対策を……



「嘘、だよね」

 


 今度こそ彼女の前から姿を消そう。そう思い振り返った私に、それまでとは確実に違う声色で、春瀬七海がそう呟いた。


「……どういうことですか?」

 口では問いかけているものの、答えは既に出ている。

「そんなこと、答えなくても知ってるでしょ?」

 一歩、彼女が近づいてくる。


「……知っていたんですか?」

「もちろん、全部知ってたよ。だって、全部知ってて朱莉ちゃんにお願いしたんだから」

 ……ああ、これは予想していた2パターンのうち、厄介な方が正解だったか。

「朱莉ちゃん、優介のこと、好きなんだよね?」

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