第21話「幼馴染の『計画』」

「はいオッケー! ……おー、かなり良い感じに仕上がってきたな」

 嘉樹の合図で、近づいていた朱莉との距離がスッと離れる。

 まるでキスをする寸前、というところまで縮まっていた僕――並木優介と妹の朱莉。無論お互いに恋慕の情があってのことではなく、あくまで演劇での話だ。


「そうだね、とりあえずラストシーンはこんな感じで大丈夫かな」

 と、嘉樹の横で同じくこちらを見ていた脚本担当の七海が、満足そうな表情を浮かべ台本にチェックを入れていく。どうやら彼女の思い浮かんでいる図は出来上がっているらしい。良かった、ひとまず作者からのOKは出たな。


「ねえ、ここだけどさ……」

 チェックを入れながら、隣の嘉樹に声を掛ける七海。文化祭での発表まで残り1ヶ月となった今日も、細かいチェックに余念が無い。


 さて、二人が相談をしている間どうしたものか……と、床に置いておいた水を飲みながら考えていると、ふと朱莉の様子が気になってしまった。


 何か考え事をしている様で、表情もどこか暗い。


 そういえば最近、朱莉は自宅でもずっとこんな感じだったなと、ここ数日の自宅での朱莉のことをを思い浮かべる。

 学校ではそれなりの距離感を保ちつつの間柄なので、学園生活や部活動中に会話を交わすことは少ない僕たちだけど、夏休み頃から自宅では今までと違い随分と話し込むことも増えた。


 結局、朱莉の心境の変化の理由は分からずじまいのままだけど、僕自身朱莉の『計画』とやらを知って何とかしようとしてたところだったから丁度良かった、もしかしたら朱莉も思うところがあって考えを改めなおしてくれたのではないか、そんな風に思ったりもして、深く考えずとにかく朱莉と仲良くしていこうと自宅での兄妹の会話を増やそうと頑張っていた。


 そんな訳で、ここ最近は自宅ではすっかり仲良し兄妹……になったと思っていたんだけど、どうも最近、また様子がおかしくなった。

 こちらが話しかけても生返事か無視、向こうから話しかけて来る事も無くなったし、朝も一緒に登校しないようになってしまった。

 最初は機嫌が悪いのか、はたまた気づかぬ内に僕が何かやらかしてしまったのかと考えたりもしたけど、思い当たる節が無いので分からない。


 以前から突然引っ付いて来てとんでもなく近い距離になったかと思えば、急に離れて何か考え込む……なんて不自然な様子を見せたりもしていたけど、最近はすっかり冷たい態度を取ってくるようになっていた。

 これも何か考えがあってのことなのかと悩みもしたけれど、結局何も思いつかずこの状態が続いたまま。考えても答えは出ず、結局よく分からないまま今日まで来てしまった。

 そんな訳で最近は朱莉との距離が分からず、かといってこちらから歩み寄るのも難しい状況が続き、演劇以外ではすっかり言葉を交わすことが無くなっていた。


「よーし、続きやるかー!」

 七海との相談を終えたのか、嘉樹が休憩中の僕たちに声をかける。

 朱莉、一体どうしたんだ…・・・?


「ねえ優介、最近朱莉ちゃんと何かあった?」

 そう尋ねてきたのは、ここ最近毎日のように家路を共にしている七海の口からだった。


 ついこの間までは僕ら二人に朱莉が加わった3人で帰宅していたが、ここ最近――そう、丁度朱莉の様子がおかしくなった2週間前くらいから一人別行動を取るようになっていた。

 そんな訳で今日も僕と七海は二人で帰ることになっている訳だけど、流石に七海も朱莉の様子の変化に気づいたのか、本人ではなく僕に尋ねてきたのだろう。


「うーん、最近ちょっと様子がおかしいんだよね」

「様子がおかしい?」

「そう、家で話しかけても無視されるか生返事。朝もさっさと一人で登校しちゃうし、帰りもそう。部活には顔出してるから良いけど、どうしたんだろう。何だか夏休み前に戻った感じだな……」


 自分で言いながら、その表現は実に的を射ているなと感じた。

 そう、今の朱莉との関係を簡単に説明するなら、夏休み前に戻ったって感じだ。

 唯一違うのは部活くらいなもので、後はすっかり逆戻りしたみたい。

 ここ最近、少しずつだけど良い関係を築けてきていると思ったんだけど、僕の勘違いだったのだろうか。


 いや、それとも……これも彼女の策略のうちなのか。

 朱莉の秘めたる心情を知っている身としては、いかんせん余計な考えが頭をちらついてしまうのは仕方が無いことだろう。


「……ふーん、朱莉ちゃん、家でもそんな感じなんだね。そっかそっか」

「え?」

「あ、ううん何でもない、何でも」

 七海が小さく何か呟いていた気がしたが、考え事をしていて上手く聞き取ることが出来なかった。


「僕としては、少しずつだけど関係が修復してきてたんだし、このまま朱莉とは上手くやっていきたいなと思ってたところだったんだけど……」

 七海にとってみれば、これまで不仲だった兄妹が仲直りして、でも結局また元通りになった、それだけのことだろう。


 けど、僕にとっては、これからの朱莉との接し方を考える上で、結局このまま仲の良い状態を保っていけば、いずれ朱莉ともしっかり話し合って分かり合える。彼女の『計画』とやらも防ぐことができ、丸く収まる。そうなるはずだった。

 だから今の朱莉の態度がどうしても気になってしまうし、現状どうすることも出来ないけど、いずれ近いうちに解決したい問題だとは思っている。


「うーん……そうだ! 良いこと思いついた!」

「良いこと?」

 軽く愚痴のようになっていただろうか。

 僕の悩みを聞いていた七海が、ふと何かを思いついた表情を浮かべ、僕にこう提案してきた。


「私が朱莉ちゃんに事情を尋ねてみるよ! 素直に話してくれるかは分からないけど、先輩として、幼馴染としてこのまま見過ごす訳にもいかないしね! それに、女同士だから分かることもあるかもしれないし!」


 それは……なんとも言えない提案であった。

 確かに七海にとってみれば、朱莉は部活の後輩で、家が近所の幼馴染。

 だが、朱莉にしてみれば、七海は忌むべき相手であって。


 まさか本当のことを口にするわけにもいかないのでそれは言えないが、朱莉が七海に素直に相談を持ちかけるとは到底思えない。

 だけど、この提案を無碍にするのもどうなんだろうか。


「大丈夫、こう見えて結構相談受けるタイプなんだよ、私。まあ任せといて、上手くやるからさ」

 上手くいくとは到底思えないが、よく分からない自信に気圧されて、思わず、

「……なら、頼んでもいいか?」

 と返事を返してしまった。


 うーん、大丈夫なんだろうか……。



【春瀬七海】

 「ふーん……朱莉ちゃん、ちゃんと分かってるみたいね。

 自宅での様子までは、優介の部屋の盗聴器だけじゃイマイチ分からなかったけど、今の話を聞いてる限りじゃ、ちゃんと私の『計画』を守ってくれてるようね。

 さて、相談かぁ……。

 なんて答えを用意すれば、ゴールに一番早く辿り着くかなぁ?」

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