第15話「兄にとって、幼馴染とは」

 結論から言うと、朱莉がおかしくなった。


 いや、おかしくなったという言い方よりは、以前と比べて別人になった。そう評すのが妥当か。

 昨日までとは明らかに、朱莉の、僕に対する態度が一変したのだ。


 ここ最近、朱莉が変わってきたというのは既に周知のこと。それもそのはずで、前までは口すらもきかなかったあの兄妹が、今では同じ部活に所属しているというのだから。


 僕に近しい人物――嘉樹や七海からすれば、明らかに僕たちの関係の変化に気づいていることだろう。


 もしかすれば朱莉の変化に敏感な、そう、彼女に好意を寄せているような男子であればすぐにこの違和感に気づいているのではないか。

 そのくらい、ここ数週間で僕と朱莉の関係は、ガラッと変わっていたのだ。


 そんな急展開に追い討ちをかけてきた……と言えばいいのか、どうも今朝から朱莉の僕に対する態度と距離感がおかしいのだ。


「お兄ちゃん、今日は一緒に部活行こうね?」

 これは、共に朝食を摂っていた時の、朱莉の発言。


「シャワー浴びるから、ちょっと待っててね」

 これは、朝食後着替え前の朱莉の発言。


「お兄ちゃん、お待たせ!」

 これは、支度を済ませ、家を出た玄関先での朱莉の発言。そして、なぜか右腕に抱きついてくる。


「お兄ちゃん、今日は二人で下校したいな?」

 ……これは、今しがた朱莉の口から発せられた、登校中の出来事。


「……どうしたんだ朱莉、今日は随分と、その」

「随分と、なに?」

「あ、いや……今日の朱莉、何だかちょっと様子がおかしいから」

「えー、やだなぁ。私はいつもこんな感じだよ?」


 嘘だ、そんな訳あるか。

 大体お前、つい1ヶ月前まで口すらもきこうとしなかったじゃないか。


 それに、こうして一緒に登校するようになってからも、僕と七海の会話を後ろで聞きつつ、時折相槌をうつくらいで、対して会話に入ってこようとしてなかっただろう。

 

朱莉との距離感が掴めず、何を話していいのか分からない。

「そういえば、今日は七海、用事があるから先に向かってるってさ」

 苦し紛れに出た言葉は、いつも一緒に登校している七海の欠席の報告、そのくらいだった。


「……へー、そうなんだ」


 だが、七海の話を始めると、突然朱莉の様子がまた少し変わった。

 先ほどまでの明るい調子から一転、今度は少し暗い雰囲気だ。


「? どうしたんだ朱莉、急に暗い顔になったけど」

 どちらかと言えば、今の表情の方が朱莉っぽくて違和感無く接せられるが。


「ううん、なんでもないよ。うん、何でも……」


 そういうと朱莉は、抱きついていた右腕からパッと離れた。

 そのまま数歩先を歩き、こちらを振り返る。

 先ほどまでの表情とは一点、真剣な面持ちで僕の目を見ながら


「ねえ……お兄ちゃんはさ、七海さんのこと、好き?」


 と、問いかけてきた。


 ……やっぱり、今日の朱莉はおかしい。

「そりゃ好きだよ。だって幼馴染だもの」

「違うよ、そういうことじゃなくて。異性として好きかって聞いてるの」

 ……そんなこと、わざわざ聞かなくたって、お前だって知ってるんじゃないのか。


「……それは」

「どうなの?」

「……七海を、女性として好きかと聞かれたら、それは……多分、違うと思う」

「……そっか、ごめんねお兄ちゃん。急に変なこと聞いちゃって。あ、電車に遅れるよ! 急がないと!」


 そう言い残し、駅まで走り出す。

 そんな朱莉を見ながら、僕は朱莉の言葉で、あの日のことを思い出していた。

 


 あの日、七海からの告白を断った、1年前の夏のことを。

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