第14話「兄の悩み」
朱莉が演劇部に入部して1週間が過ぎた。
初めは違和感しか無かったこの日常にも流石に慣れて、今では部室で朱莉と挨拶を交わすのがすっかり習慣になっている。
当の朱莉はといえば、結局何を考えて演劇部に入部したのか分からないままではいるが、それなりに馴染んできてはいた。
恐らくは僕が目的なだろうが、だからと言って演劇部に入部しなければいけないほどの理由があるのか。
結局朱莉が何を考えているのか、それを知る術が無い今は、状況に身を任せるしかないわけだけど……。
「……てことでどうかな」
なんて考え事をしていると、気がつけば会議はどんどん進行していた。
今日は次の公演、つまり数ヵ月後に控えた文化祭に向けた話し合い。
先輩達が引退して僕、七海、嘉樹の3人しかいなかった時は中々話し合いも進まない状態だったけど、今は朱莉も入部して舞台に出られる人間が一人増えた。
そんな訳でようやく進み始めた文化祭の準備って訳だけど、正直頭の中は部活よりも朱莉のことでいっぱいだった。
「ええ、大丈夫ですよ」
「オッケー、なら二人を軸に物語の構成作っていくかー」
「そうだね、女の子がいるだけで物語の幅も随分と広がるわ。ね、優介」
「え?」
不意に声を掛けられて慌てて返事を返してしまった。
「え? って……さてはちゃんと話聞いてなかったでしょ」
「あ、えーっと……ごめん他の事考えてた」
「ほら、やっぱり。次の文化祭は朱莉ちゃんがヒロインで、優介が主役って話がまとまったでしょ」
「……は?」
「だから、主役が優介で、ヒロインが朱莉ちゃんだって。何よ、もう決定したからね?」
僕の与り知らぬところで、気がつけばとんでもない決定が下されていた。
『次回作 主演:並木優介、並木朱莉』
……どうやら悩みの種がまた一つ増えそうであった。
「…………」
朱莉が入部してから、家が隣同士ってこともあり、僕と朱莉、七海の3人で帰る機会も増えた。 が、未だこの3人で歩くってことに慣れなくて、どうもうまく会話が盛り上がらない。
まぁ今までも盗聴されてたわけだし、実質三人で帰ってるみたいなものだったんだけど……。
「そういえば朱莉ちゃんはもう部活には慣れた?」
そんな僕の心を知ってか知らずか、沈黙を断ち切るように七海が話し始めた。
「あ、はい。とりあえずは何とか……」
相変わらずというか、七海に対しては歯切れの悪い返事をする朱莉。
まあ朱莉にとって、僕と仲良くする異性の筆頭の七海は敵みたいなものだし、仕方ないのか。
……って、こんなこと言うとまるで七海が僕のことを好きみたいだけど、いやいやそれは無いだろう。
僕と七海は単に幼馴染だから仲が良いってだけで、朱莉が考えるようなことは何も無い。
そもそもお互い異性として意識したことが無い(少なくとも僕は)間柄だし、将来的に何か起こるようなことも無いと思う。
「そっか、なら良かった! 優介も、一緒に舞台上がるんだからちゃんとフォローしてあげなよ?」
「……あ、ああ」
そうだ、結局僕たち兄妹は、あのまま断ることも出来ず主演二人として舞台に上がることが決定してしまったのだ。
ダメだ、どうもここ最近朱莉絡みで悩むことが増えてきた気がする。
「優介は今まで舞台ってよりは裏方に徹してたから心配だなー。朱莉ちゃんの方は、練習を見ている限り大丈夫だと思うけど……」
「なんだよ、僕じゃ頼りないって?」
「そうだよー、だって優介、意外と緊張しいでしょ? 本番でやらかさないかハラハラしちゃいそう」
「そ、それは……あながち間違いでもない気もするけど……」
「でしょ? だから私がしっかり見てあげないとねー。ほんと世話が焼けるんだから」
朱莉が演劇部に入部する前を思い出すような、僕と七海の会話。
時折二人で帰ると、いつもこんな感じで、お互い距離感を感じさせない砕けた物言いで、会話も弾む。これが幼馴染の仲って感じで。
ここ最近悩んでいた朱莉のことを少しだけ忘れて、そんな楽しさを久しぶりに味わったせいか、僕はとても大切なことを忘れていたのだ。
僕たちの後ろで、朱莉がその様子を見ていたことを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます