第6話「妹がブラコンであることを兄は知っている。」
『未来設計図
高校を卒業するときにお兄ちゃんがどのような進路を選択するのか。
そこだけが唯一の悩みだった。
そんな私の悩みに答えるかのように、お兄ちゃんは高校を卒業したら実家から離れ一人暮らしをしたいと両親に相談を持ちかけていた。
二人ともその意見には概ね賛成しており、就職するにしろ進学するにしろ、卒業と同時に一人暮らしをすることは間違いない。
まずは、計画の第一段階をクリアした。
そして、私も高校卒業を機に一人暮らしをする。
兄と違い、両親の許しは簡単に降りないだろうが、そこは強引にでもねじ込む。
いや、ねじ込まなくてはならない。絶対に。
そして私とお兄ちゃん、二人が家元を離れて一人暮らしを始めたタイミングで
――お兄ちゃんを監禁する。
大丈夫、その日のために準備は既に始めている。
道具も少しずつ揃えているし、監禁部屋として利用する部屋の設計図も概ね見通しが付いた。
そして、この計画に絶対必要不可欠なもの。
それは――周りからの信頼。
思えば中学の頃から、本当に長かった。
お兄ちゃんの前で敢えてキツイ態度を取ることで、周りの目を欺き続けてきた。
私から話しかけることは絶対にしないし、お兄ちゃんに話しかけられても無視、もしくは舌打ち。
その度に心が締め付けられるように痛んだけれど、それも全てはこの計画のため。
これでお兄ちゃんの行方を捜すなんてことになっても、私に疑いの目が掛かるのには時間がかかるはずだ。
一番大切なのは行方不明として捜索されないように偽装することだけど、念には念を押してしかるべき。
だって、失敗は絶対に許されないのだから。
ただまあ、恐らく長くは続かないだろう。
せいぜい半年、1年持てばいいほうか。
だから、その限られた時間で、お兄ちゃんの心を私一色に染め上げなくてはならない。
お兄ちゃんの私に対する印象は、「兄に嫌悪感を抱いている妹」のはず。
そして、嫌われている相手を好きになるなんて、まずあり得ない。
恐らくはお兄ちゃんも、私に対して良い印象を持っていないだろう。
けど、それでも構わない。
私が、この手で、お兄ちゃんを変えてしまえばいいのだから。
ああ……今から楽しみで仕方ない。
たかが5年6年の学園生活よりも、これから60年以上続く人生を共に歩んだほうが絶対にマシだ。
全ては、これからの未来のために』
「なるほど、これが計画か」
妹――朱莉がこのノートを書き始めたのは中学生になったばかりの頃。
そして、丁度そのタイミングで朱莉の僕に対する態度が急変し、挙句の果てには「話しかけてくるな」宣言。
当時の僕は、思春期だし兄妹なんてそんなものだろうと割り切っていたけど、思えばそれも全てこの未来設計図なる計画のためだったのかとようやく腑に落ちた。
妹の書いたノートに、やたらと頻繁に出てきていた『計画』の二文字。
一体どんな計画を考え付いているのか、今まで詳しい内容が一切記述されなかったため知る由も無かったが、先日両親に告げた一人暮らしをしたいという話しがまさかこんな形で役に立つとは。
妹の元を離れ、別々に生活すれば、きっとこの歪んだ愛も薄れていくはず。
そう思って一人暮らしを懇願し、その線で進路を選択するつもりでいたんだけど……どうやらそれ自体が彼女の計画の一部だったようだ。
「それにしても、なんて危険な計画を思いついているんだこの妹は……」
読み終わって、軽く鳥肌が立つような内容だった。
重い重いと思っていたけど、僕の想像をはるかに上回る思考回路をしていた。ここまで来ると正直言って怖い。
ただ、この計画を見てしまった以上、これ以上手をこまね続けるわけにもいかないだろう。
いずれこの問題には決着をつけなければならない。
それは何となく分かってはいたけれど、それでも心の片隅で、もしかすれば時間が解決してくれるのでは……という期待もしていた。
だが、どうやらそういうわけにもいかないらしい。
「――僕が何とかしなきゃいけないよなぁ」
高校二年生の夏休み直前。
並木優介は決意した。
「妹の歪んだ愛を矯正する」
こうして僕の、かくも長き奮闘の日々が、今始まったのである。
タイムリミットは、僕の高校卒業までの、残り一年半。
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