第5話「妹の計画」
【並木朱莉】
『計画は順調に進んでいる。
お兄ちゃんに冷たく当たるのは本当に心苦しい。本当に、本当に死にたくなるほど辛い。
けれど、これも二人の未来のため。
もし、今ここでお兄ちゃんへのこの思いが知られてしまえば、計画は全て水の泡。
それだけは、絶対に避けなければならない。
お兄ちゃん、もう少し、もう少しだから。
二人が高校を卒業して、両親の元を離れるその日まで、もう少しだけ待ってて。
愛してるよ、お兄ちゃん。』
ふう。
いつものように日記をつけ、ノートパソコンでお兄ちゃんの様子を監視する。
今まではずっと盗聴器だけだったけど、高校生になってようやくカメラを買う資金が溜まったので、こうして今ではお兄ちゃんのリアルタイムを映像で見ることが出来る。
「はぁ……お兄ちゃん、今日も素敵だなぁ」
思わず右手が下腹部に伸びそうになる。……が、今日はダメだ。今日は他にやらなければならないことが沢山ある。お兄ちゃんを眺めながら致すのも悪くないけど、今日はお休み。
「これこれ」
お兄ちゃんの制服の襟元にこっそりと仕掛けてある小型の録音機。布越しだから音質はあまり良くないんだけど、それでも日常会話程度なら十分に聞き取れるし、お兄ちゃんの学園生活での行動を監視するならこのくらいで十分だ。
「本当はひと時たりとも見逃さずに、ずっとこの目で監視しておきたいんだけどなー」
つい、本音が口に漏れる。
お兄ちゃんの行動を逐一見ていたい気持ちは山々だが、私から行動してしまえば、計画は全て崩れてしまう。
今は我慢の時だ。
「さてっと」
先ほどお兄ちゃんがお風呂に入っている隙に襟元から回収した盗聴器から、メモリーカードを抜き取り、PCに差し込む。
中学時代を含め、もう3年近く行ってきた週末の恒例行事だ。
「おーい優介、飯にしようぜ」
「お、今行くよ」
これは……月曜日のお昼頃か。
お兄ちゃんと、その友人……えっと、名前は確か桜井なんとか。興味が無いからすぐに忘れてしまう。
「今日はどうするよ?」
「んー、B定食かな」
「優介お前B定ほんと好きだなー。ま、確かにここのチキン南蛮は美味いけど」
どうやらメニューを決めているらしい。
お兄ちゃんはチキン南蛮が好き、それは高校に入学して新しく知ったお兄ちゃんの情報の一つだったりする。
――はあ、私がお兄ちゃんにお弁当を作ってあげることが出来れば……。
本当は私だって、お兄ちゃんと一緒にお昼ご飯を食べたい。
出来ればお兄ちゃんにお弁当を作ってあげたいし、なんなら三食用意してあげたいくらいだ。「美味しいよ、朱莉」なんて言われた日には、幸せすぎて死んじゃうかも知れない。
「あれ? 優介、今日もB定?」
なんて考えていると、あの女の声がヘッドフォン越しに聞こえてきた。
「春瀬七海……」
憎むべき相手の名を口にする。
この女は、私が小学校の頃から敵視している、この世で最も忌み嫌っている相手だ。
「なんだ、七海こそ今日もエビフライ定食じゃないか」
「い、いいでしょ別に。美味しいんだから」
「ハ八ッ、違いない」
楽しそうに談笑する声が漏れる。
ああ
憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い。
私が、どれだけ望んで、欲して、我慢しているその場所を、こんな女如きが居座っていること。それが憎くて、許せなくて、腹立たしくて、我慢できない。
いっそ殺してしまいたい、何度そう思ったか。
……だけど、ダメ。
今ここで、この女に危害を加えるのは、絶対にダメ。
耐えろ、耐えるのよ、私。
今はまだ……ね。
その後も、お兄ちゃんの一週間をチェックし続けていた。
教室、食堂、部室。
――春瀬七海と言葉を交わした回数、269回。
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