第3話「言うならば」

 季節は夏、気がつけば僕の高校生活も半分近くが終わろうとしていた頃。

 その知らせは、部活動の先輩の口から飛び込んできた。

「おっ、優介聞いたぞー。お前のとこの妹さん、山本の告白を断ったらしいな」

「山本……ああ、あの」

 山本、と聞いて真っ先に頭に思い浮かぶ人物。それは、3年生の山本太市やまもとたいち先輩。

 学年一、いや校内一の人気者で、ルックスも良くスポーツも万能、オマケに難関大学へ進学を希望している頭の良さと明るい将来性を併せ持つ、僕なんかとは比較にもならない女性達の憧れの的だ。

 直接の面識はないが、嫌でもこうした情報が入ってくるあたり、本当に人気者なんだと思う。

 もしこの学園内で『付き合いたい男性ランキング』なる催しが開かれれば、まず間違いなく一番は山本先輩だろう。

 まさに、我が校を代表する男子生徒だ。

 対する妹、朱莉のほうも、これまた校内一の人気者と言っても過言ではないだろう。

 一年生でありながら、すでに校内での地位を確立している辺り、我が妹ながら目を見張るものがあるなと思わず感心してしまう。

 そんな朱莉と山本先輩。傍目に見れば、これ以上ないほどお似合いのカップルだと誰もが思う事だろう。

 兄としても、そこらの訳も分からない男に妹を嫁がせるくらいなら、いっそ山本先輩くらい完璧な男のほうがまだ安心して送り出せる。


 ……だが、朱莉は先輩の告白を断った。


 どうも聞いた話によると、他に好きな人がいる、なんて理由で断ったらしい。彼女のお眼鏡にかなった人物は誰か? と、みな一様に疑問を浮かべたようだが、それ以上を口にすることは無かったため真相は闇の中……ということになっているらしい。


 まあ、僕は知っているんだけど。

 妹が何故告白を断ったのか。

 妹が、本当は誰を好きなのか。


「はー……」

 こぼれるのは、ただひたすらの溜息。

 妹の、そして自分自身の未来を想像して、少し憂鬱になるのは、これで何度目のことか。


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「ただいま」

 部活動を終え、時刻は20時を過ぎた頃。

 電車を乗り継ぎようやく帰宅できたそのタイミングで、丁度僕を除く家族三人が晩御飯の準備をしていた。


「あら、お帰り。今日は早かったのね」

 母が食器を並べながら声を掛けてくる。そこだけ切り取ると、なんだか残業が当たり前のサラリーマンみたいでなんだかあれだが、僕はれっきとした学生だ。


「ただいま、母さん。丁度今日ぼくの担当してる仕事が終わったから、しばらくはこの時間に帰ってこれると思うよ」

「あらそうなの、なら明日から晩御飯は一緒に食べれそうね」

 前言撤回、どうやら僕の発言も少しサラリーマンじみていた。


「朱莉ー、お兄ちゃんの食器運ぶの手伝ってー」

「ん」

 母の呼びかけに、一言で返事をする妹の朱莉。

 家族に対して、必要以上の言葉を口にしないところはいつも通りだ。


 朱莉は子供の頃、あまり言葉を発しないタイプの、どちらかといえば無口なタイプだった。表情も常にクールというか、どこか冷たい雰囲気を醸し出しており、現在では考えられないのだが、あの頃は周りから敬遠され、友達と呼べる人物もいなかったと思う。


 それが一変したのは、小学生になったあたり。

彼女なりに思うところがあったのか、はたまた誰かの入れ知恵か、彼女は周りに対して「理想の自分」を演じるようになった。


 周りが彼女に求める理想、それは優しくて人当たりの良い可愛い女の子。自分の可愛さを自覚していたのかは分からないが、それでも彼女は周りから可愛く見られるよう精一杯の努力をして、内心どう思っていたのか知らないが周りの雰囲気に合わせ、会話もこなし、気がつけば子供の頃の『周りから敬遠されるクールな女の子』から『明るく可愛いクラスの人気者』にすっかりジョブチェンジしていた。


 そして、それはどうも現在まで続いているらしく、高校一年生になった今でも、彼女は明るく可愛いクラスの人気者としての地位を守り続け、今なお変わることなく学園生活を送っている。


 その反面、朱莉は家族に対して、学校で見せるそれとは大きく異なる態度を取っている。

 時折、母と少し盛り上がる様子を見せることはあるが、基本的には無口。会話も必要最低限で済ませ、もっぱら自分の部屋で一人きりでいることが多い。 

 決して家族仲が悪いと言う訳では無いので、単純に家族相手にそこまで気を張る必要が無いと思っている、そういうことだろう。


 ただし、それは両親に対しての対応。

 二人に比べて兄に対しての態度は、明らかに月とスッポン、いわゆる雲泥の差ってやつだ。


 中学生になった頃から、僕と朱莉はめっきり会話をしなくなった。


 原因は妹からの「話しかけてくるな」宣言。元々会話を投げかけてくるタイプの妹じゃないのは分かっていたし、そこに加えて自分から話しかけることが無くなれば、自然とお互いの間に何ともいえない距離感が生まれることは自明の理ってやつだろう。


 気がつけば二人の間に目には見えない溝のようなモノが生まれ、そのままなんとなく気まずい空気を維持しつつ、ここまで成長してきた。


 ……ら、良かったのに。


 あの日、偶然見かけてしまった『お兄ちゃんノート』なる一冊のノート。

 初めてあのノートを見かけて以来、妹が留守の隙に、現在まで書かれた計123冊のお兄ちゃんノートを大雑把にではあるが読み進めた僕は、妹の話しかけてくるなという言葉を無しにしても、どう対応していいのか未だに分からないのだった。


 妹は僕のことが好き。

 それは家族愛ではなく、異性への愛情。

 その愛情は、言うならば海よりも深く、闇よりも暗い。

 彼女の愛は、重い。常軌を逸している。


 そう、言うならば『ヤンデレ』

 その言葉が、彼女にピッタリな一言だろう。

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