5.悪役論Ⅱ

 前項では四つの悪役(というよりも単なる“悪”?)についての解説を施しましたが、ここでは打ち倒すのが非常に難しい、手強い悪役を紹介します。それも、「不可解悪」以上に。



「もう一人の自分」

 「真の敵は己自身なのだ!」主人公を覚醒させるためにこう言い聞かせた“師匠”はいったいどのくらいいるのでしょうか? しかし、ここで扱うのはそういった「精神的な自分=敵」型悪役ではなく、「物理的な自分=敵」悪役です。何故って、後者の方が解説し甲斐がありますからね! 

過去に自身が行ってきた鍛錬と試練をすべて経験した敵が容易に倒せるわけがありませんし、彼を倒すことは自分自身を殺すことでもあります。時間交差の概念を取り入れたのならば、“タイムパラドックス”の危険もあるのです。どうですか? 魅力的な悪役ですよね? それは良かった。

 さて、まずは下準備です。物理的な自分の分身、いわばクローンが、どのような理屈で出現したのかを明確化しておきましょう。


・魔術の力による複製。

・異なる時間軸から現在への召喚

・異世界からの召喚


 大雑把な分類ですが、以上の三点がその“理屈”です。

「魔術による複製」は、舞台となる世界によって可能であるか不可能であるかが分かれます。そもそも魔法が無い世界はもちろんのこと、魔法の存在を認めていても、人間が高度な魔法を使うことが出来ない世界もあります。“組合せ”という魔法構築の方法(詳しくは本作品の4.2を参照のこと)を導入している世界では特に、生命体を複製する魔法を生むことが不可能のように思えます。その場合はロストテクノロジーで作製された“魔力を持つ鏡”だとか、人間よりも遥に魔力の高い竜などの生命体に魔法を使わせるしか逃げ道はありません。

「異なる時間軸から現在への召喚」は上記以上に厄介な理屈です。結局は魔法と神がかった生命体が解決してくれるでしょうから、ここではどうして“異なる時間軸から召喚”されたのかを考えましょう。過去からの召喚であれば、未来(現在)の自分の何かが気に食わなかったという理由が考えられます。また、未来からの場合は同じように大失敗をした自分を抹殺して過去をなかったことにしようとするなどが考えられますが、そもそも過去の自分を殺したら未来の自分も居なくなってしまいます。黒幕にそそのかされて現在(過去)へと来たのでしょう。

「異世界からの召喚」……。私は異世界転生小説をあまり好みませんが、この場合の異世界が、現実とは限りませんね。例えばパラレルワールドに存在したする一人の主人公が召喚されれば、これも立派な”転移・転生モノ”です。この案は、主人公の前に「実力伯仲ではあるものの、思想が正反対」といった悪役を容易に立ちはだからせることが出来ますから、手ごわい悪役がどうしても作れないという時にはこちらをお勧めします。



 「“見えない代表”による組織」

 この組織の解説に入る前に、先ずは”THE革命”ともいえるであろう、フランス革命についてお話しします。時は18世紀。フランスでは第三身分が重税にあえいでいました。詳細はここでは割愛させていただきますが、結局古い体制を排除するために、革新派は国家の“象徴”であった国王、ルイ16世を処刑したのでした。


 さて、ここで本題に入りましょう。上にある“見えない代表”とは、ただ首長が姿を隠しているとか、匿名であるとかいったことではありません。ではここでもわかりやすいように例を挙げましょう。とある政治家が日本の自衛隊を“完全なる国軍”とする方針で政治を動かし、選挙で過半数の票を得たとします。しかし反対派がいることは言うまでもありません。あなたが反対派であったら、いったいどうしましょうか? 私は国会議事堂前でのデモが効果的だと考えます。

 しかし! この民衆による抗議は、日本の代表が国会議事堂という建物に集まっているからこそ成り立つのです。もし議員たちが皆ネット上で“サイバー会議”をしているとしたら……? この場合、フランス革命におけるルイ16世のような“象徴”が無いのです。一応会議を行うサーバーを象徴とみなすことが出来るかもしれませんが、政府のサーバーをサイバー攻撃するのは、天才ハッカーなど、限られた人にしかできないことです。こうなったら最後、何の能力もない人間は、ただ指をくわえて上からの指示を待つだけになってしまうのです。


 ファンタジー世界に導入できる「組織」には、盗賊団や騎士団、教会などがありますね。組織だけを挙げるのであれば他にもいろいろ出てくるでしょうが、“見えない代表”を置ける組織となると、これまた別の話になります。可能性があるのは教会でしょう。

 中世から近世ヨーロッパのローマ=カトリック教会は腐敗が進んでいた時期もありました。カトリック教会の場合、教皇という“象徴”はいますが、頂点を暗殺することは容易ではない上、亡き者にしたあとも、結局は大司教などが新たな教皇となるでしょう。代表が“没個性”であれば、これも一種の「“見えない代表”による組織」と言えます。

 ファンタジーの色をより濃くするのであれば、代表の座を超自然的存在である精霊に譲るのもいいかもしれません。となるとかなり怪しい組織になってしまう気もしますが……。魔法に関する組織なのでしょうね。魔導学校とか、魔法ギルドとかでしょうか。彼らが国を牛耳っていたら、確かに強敵となり得ます!

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