番外編

ダイイングメッセージ

「ちょっと待ってください!警部殿」


 やはり黙って見過ごすわけにはいかない。たとえ、それがつらい結果でも。

「虎田さんは犯人ではありません」

「なに!?」


「差し出がましいようですが、話を聞いていただけませんか?」

 返事を待たずに話を続ける。

「今夜のパーティーが終わりに差し掛かったころ、あるじの鴻池さんが遺体で発見されたのが午後9時過ぎでした。遺体のあった2階の書斎は、発見時に鍵が掛かっていたのを、たまたま騒ぎを聞きつけて駆け付けた私も確認しています。

 腹部にはナイフが刺さったまま、明らかに他殺なので密室殺人と言うことになりますね。窓も鍵が掛かっていましたが、欄間のガラスが割れていた。割れた窓の下に落ちていたライターは、虎田さんのものと分かりました。

 そして、決め手となったのは遺体が握りしめていたトラロープです。

 これをダイイングメッセージと判断し、アリバイのなかった虎田さんを犯人と特定した………」


「ああ。状況証拠だが、重要参考人としては十分ではないかね」


「そうでしょうか。

 今夜のパーティー関係者で、犯行時刻にアリバイがなかったのは3人。

 不動産管理を行っている、虎田さん。

 この邸宅の設計をした、菊池さん。

 会場のセッティングをした、増本さん。

 それぞれの犯行時刻におけるアリバイについては、字数の関係で置いといて――」

「ショートショートだからって、省くんかいっ!」

 警部が自慢のヒゲをピクつかせながら、ツッコむ。


「密室のトリックも――」

「そこもかよっ!」




 聞こえなかった振りをして話を続ける。

「そもそもロープのこと、鴻池さんは知っていたんでしょうか?

 この黄色と黒のロープ、警察関係者の方は現場保存などで使うのでロープと言う呼称に馴染みがありますが、不動産王と呼ばれた鴻池さんが知っていたとは思えません。知らないのに、なぜダイイングメッセージとして使ったのでしょうか」


「うーむ………。それじゃ、いったい………」


「犯人はこれをロープと呼ぶことを知っていた。その上で、虎田さんに罪を着せるために、ダイイングメッセージを偽装したんです」

「なんじゃとっ!」







「そうだよな、菊池……」

 突然名指しされた菊池は、明らかに狼狽しながら「なっ、なんで、俺が………」

「建築現場でも使うじゃないか、ロープを」


 菊池はがっくりと膝をつき、

「………あいつが悪いんだ……俺の仕事が少ないから足元を見やがって、設計料を半額にしやがった……」


「続きは署で聞かせてもらおうか」警部が菊池の腕を取り、部屋を出ていった。




「今日は母親が出張で一人なんだ」と言う友華ゆうかを、それなら一緒に行くか?と連れてきていた。

「あの人って、今夜のパーティーに誘ってくれた――」

「ああ、そうだ。昔の仕事仲間だよ」

「なんか……つらいね」

「悪かったな。せっかくのパーティーだったのに」

「平気。帰ろ」


 騒然としている邸宅を出て、歩いているとユウカが言った。

「私、てっきりイロとロで……菊池さんか、と思っちゃった」

「おいおい、んなわきゃねーだろ」






   ※サムズアップ・ピースさんの企画「黄色と黒」への参加作品

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