第2話 お弁当にTPOあり

とある制作会社『はじめ組』前、朝6時28分。

AD今村がボサボサの髪の毛で両腕に大きなコンビニ袋3つを掲げている。

AD早見がちょうど制作車のハイエースに乗り込み、出発する用意をしていた。

「早見先輩ギリギリになってすみません!」

今村が車の助手席に乗り込む。

「あ、今村さんおはようございます。朝食買ってくれたんだね、ありがとう!」

「はい〜!ちょうど10人分です。おむすび5とパンを5、後お茶10本買ってきました!」

早見は少し眉をひそめてコンビニ袋の中を確認した。

「う〜ん、今日は技術さん5名、ディレクター、僕、今村さん、そして演者さんが2名なんだけど、技術さんも演者さんも男性だし、上の年齢だからパンよりおむすびが多めの方がいいよ」

「あ、そうか・・・。すみません、急いでいて、つい、自分の好みで選んでしまいました」

「多分、今日のロケ、お昼おすから、朝食少ないとみんな集中力切れるな」

「あ、そうですよね。はあ、また考えずに行動しちゃった…」

早見がスマホを取り出し、地図を確認した。

「大丈夫、行きにコンビニあるから、パパッと買っていけば、間に合う!」

「ありがとうございます〜!すみません気が利かなくて」

「いや、僕ももうちょっと気を使えばよかった。お茶重かったよね」

「大丈夫!私は全然気にしないでいいです!男だと思って!」

「いや、そんなわけにはいかないじゃないか」

早見は車のアクセルを回す。今村は少し落ち込んでいたが早見のフォローでいつもの笑顔に戻った。


そして夜10時。

早見と今村はロケで使った荷物を制作会社のロッカー室に運んだ。

制作会社のオフィスはパイプ机が並び、ADやディレクター、プロデューサーが疲れながらもそれぞれの作業をこなしていた。

「おい、早見、この書類コピーしておいて」

早見はプロデューサーに手招きされる。

早見と今村のポジションはAD(アシスタントディレクター)。

ADの仕事はディレクターなどの下で演出補佐やフォローをする役割。ディレクターになるための勉強という言葉を使い、色々な雑務を任される。精神的なタフさが求められ、またフットワークの軽さ、頭の回転の良さを求められる。


今村はむすっとしながら片付けをする。

「私も早見さんも早く帰りたいのに。上の人も早く帰りたいからって時間も考えず頼むのはなんだかなあ」

今村はボソッと言った。

今村は自分のデスクに戻ろうとすると、他のADから呼び止められる。

「お〜い、夜食の弁当余ったんだけど、いらない?」

シンプルなおむすびと唐揚げが並ぶお弁当である。

「要ります!欲しいです!先輩と私で2個ください」

今村は嬉しそうに駆け寄る。


今村はデスクに座り、明日の収録用の台本チェックを始めた。

早見が戻ってくる。

「早見先輩、お弁当余ってたんでもらってきました!夜食食べてないからラッキーですね」

「ラッキー!あ、これ新潟ふるさと弁当だ!ここのお米冷めても美味しいんだよな〜。チンしなくてこのまま食べちゃお」

「はい〜!」

早見も今村も左手におむすび、右手はパソコンのマウスを使い、台本やスケジュールを素早くチェックした。

ADの小野田が早見たちのデスクにきて、台本を覗き見する。

「お、次のゲスト、アイドルのCHANじゃん!いいなあ~」

「小野田、じゃあ明日代わりにスタジオ行くか?」

早見がパソコンから目を離さずに言う。

「いや、俺、明日斎藤の初ディレクターの補佐だからダメだわ」

「え、斎藤さんディレクターに昇進されたんですか?」

今村が驚いた顔をする。

「ああ。抜けたディレクターの代打だけど。斎藤いま天狗だぜ」

小野田はチッと舌打ちする。

ディレクターとは、番組の指揮官的存在。台本作りや演出を考え、指示して行くこと。番組の面白さはディレクターの腕にかかっている場合が多く、責任重大の仕事である。キャリアやセンスだけでなく、人脈や世渡り力も必要である。

「あいつのチーフADめちゃ大変だけど、応援するしかないよなー。こっちが助けてもらってることもあるもんな・・・」

チーフADとは、番組に複数いるADのまとめ役。しかし演出や予算に悩むディレクターやADの動きの悪さなどに胃が痛くなる役割。

「小野田さん、何か愚痴とかあるなら聞きますよ」

早見が小野田の肩をたたく。

「いや、いい、大丈夫」

小野田はフラッとどこかに言った。

「さて、僕たちは僕たち」

早見がパンっと手を打つ。

今村が頷く。

早見と今村はまた食べながら作業をする。


数日後。

アイドルグループCHANが司会のトーク番組のヘルプADをすることになった早見と今村。

夜食に『めい泉』のヒレカツ弁当とエビカツ弁当。

カツなのにさっぱりしていて食べやすい味わい。そして綺麗に切られたサンドイッチにカツが挟まれていて、とっても食べやすい。

CHANのメンバー5人がスタジオから出ると早見と今村が弁当を渡した。

「お疲れ様です!」

早見がニッコリと笑うとCHANのメンバーは10代のせいか、キャーキャーと素直にはしゃいだ。

「わーめい泉のヒレカツだ〜!これ簡単に食べれて本当いいですよね〜」

CHANのメンバーは早速ヒレカツサンドイッチを口に放り込み。

10分後には衣装替えに向かった。

今村はその姿を見て喜ぶ。

「さすが、早見さん」

今村はこっそりメモを取る。

『弁当はメンバーの年齢や性別を考慮して考えるべし!』

と書かれた下に

『忙しい人は片手で食べるお弁当がいい、めい泉など』

と書いた。

「そう場合によりけりで、食べたいものって変わるんだよね。忙しい職場だもんね、テレビは」

今村は自分に言い聞かせるように言った。

「よし、今村さん、僕たちもささっと夜食食べちゃおう」

早見が今村を見て言う。

「わ〜!はい、食べます、美味しそ〜!」

今村はうへっと笑いながら弁当を持つ早見の元に駆け寄った。





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