早見くんとこのロケ弁当!

上原トム

第1話 ドラマ現場とロケ弁

とあるスタジオ。

部屋のセットのソファに男と女が座る。

「ねえ、私のこと本当に愛してる?」

女優・桜木陽子は涙を流す。

陽子は30歳で今一番期待されている女優で引っ張りだこ。

そのため顔に若干の疲労感が出ていた。

「愛してるよ、ミキ」

陽子の相手役の俳優・マサヤが陽子に手を回す。

陽子をマサヤはキスをする。

二人の目の前にカチンコが二回鳴る。

「ハイ、カット!」

助監督佐山の声が響く。

現場の張り詰めていた空気が溶ける。

「オッケーです!ではシーン16のカット4です」

陽子はホッと肩を撫でる。

次のカットの準備でスタッフがカメラや家具を移動し始める。

AD早見真也はカバンにかけている養生テープを手で切り今まで家具を

置いていた位置にテープを貼りマーキングをする。

「さすが人気女優、一発オッケーでしたね」

マサヤが陽子にウインクする。

「あは、どもども」

陽子は愛想笑いをする。


AD早見の携帯電話に電話が鳴る。

「あ、はい、弁当屋さんですね。今取りに行きます」

早見は携帯電話をしまい、立ち上がる。

「今本さん、一緒に弁当取りに行こう」

「は、はい、先輩!」

早見の後を今本が追いかける。


「はい、では昼食ですね、開始は13時からです!」

助監督の声でわっと陽子の顔が緩む。

陽子はワクワクした表情でお弁当が並ぶ、机に向かう。

女マネージャーが陽子の元に向かう。

「陽子ちゃん、私が弁当持って行くわよ」

「いいんです、私あの中から選ぶのが好きなんです!」

陽子は少し顔を膨らます。

「…じゃなくって、あなたが行くとスタッフさんが気を使うじゃない」

弁当が並ぶ列にスタッフたちやカメラや音声、証明の技術者たちが並ぼうとする。

現場の弁当は大概、メインは肉の弁当と魚の弁当の2種類用意される。

だが現場スタッフは大食いが多いため肉が3分の2を占める。

そして肉がダメな人用に魚も用意されるが、大概、魚の弁当が余ってしまうのだった。

「おい早見今日はどこの弁当だよ〜!」

カメラマンが一番最初に弁当を取ろうとする。

「老舗くるよしですね」

「おお、くるよしねー、鶏肉が味染みこんでてて美味しいんだよなー、じゃあ肉だな、俺」

早見は電気ポッドのそばにたち、お味噌汁のインスタントが中に入ったプラスチックの容器を渡す。

「しじみでいいですか?」

「わかってんな、早見、さすが!」

カメラマンは嬉しそうに早見の肩をたたく。

他のスタッフは陽子の気を使い、陽子を先に選ばせた。

陽子は早く決めようとじっくりと見ていたが、なかなか選べない。

「あ、桜木さん、もしかして選べませんか?」

早見は陽子の元にくる。

「一応、そういう人もいると思って、お肉とお魚のミックス弁当も用意したんです」


「ええ、じゃあそれにしようかな…」

陽子は顔を少し赤ながら肉と魚の唐揚げが入った弁当を手に取る。

早見がニッコリと笑う。

「いつものあさりでいいですか?」

「うん…」

早見は器にお湯を入れ、味噌汁を作る。

陽子が照れながら早見の作った味噌汁を受け取る。

「寒かったですよね。桜木さんお疲れ様です!」

陽子は真っ赤な顔をしてその場に立ち去る。


陽子は楽屋に戻り、嬉しそうな顔をしながら弁当を食べる。

マネージャーもお弁当を食べながら陽子をたしなめた。

「ダメよ、陽子!制作さんに恋しちゃ!確かにあの制作さん素敵だけど、所詮制作だから、というか、気にしてるのバレバレじゃない、隠してよ!」

「何よ!いいじゃない、別に…恋なんかしてないわ。ただ癒しなの」

「えっ?」

「私の唯一の癒しなの…」

「…まあ彼がディレクターや監督になるのだったら一つの手かもしれないけど、もっと上の立場の人と仲良くしてもらいたいわ」

陽子は深いため息をした。


その頃、スタッフは昼からの撮影の打ち合わせをしていた。

早見と今本はADなので一番早く食べて今度は弁当箱の回収などの片付けをしなければならない。監督は撮影された映像をチェックする。

「ここのカット、合わないから撮り直した方がいいわ」

記録係の女性が監督に確認する。

「陽子の演技は良かったのにな〜、キスシーン撮り直しかあ」

監督は歯ぎしりする。

スタッフは重い空気に包まれる。

「陽子は本当は潔癖症だから、キースシーン何回もやらすと映像で抵抗あるの、わかっちゃうんだよなあ。それに一回オッケー出したのにやると、時間が遅れる…」

「いや、今取らないと逆に危ないよ。重要なカットだからな。後日追撮になるとこっちが困る。陽子ちゃんもマサヤも売れっ子で予定が詰まってるから押さえるのは難しい」

「だよね〜」

監督は渋い顔をする。

隣に座っている助監督3人がスケジュールや脚本をチェックする。

助監督はドラマ制作には基本複数いる。

今回の場合、助監督はチーフ、セカンド、サードの3人である。

同じ助監督の立場であるが役割はそれぞれ違う。

チーフは香盤と言われるシーン撮影のスケジュールを組み、進行を任されている。役者の演技の繋がりをチェックする場合もある。

セカンドは主に衣装、メイクさんとのやりとり(髪型やメイクの設定の確認)、現場全体の動きをチェックする役割である。

サードは美術や小道具を手配や確認をする役割が多い。撮影開始の際にカチンコをたたくのもサードの場合が多い。

チーフが監督の肩を叩く。

「撮り直し、午後一番にやり直しましょう。陽子とマサヤに今のうちに知らせておいたら大丈夫です。すぐ終わりますよ」

「…そうか、じゃあキスシーン撮り直ししよう」

「おい、急いで制作の早見を呼んで欲しい!」

チーフが真剣な目でサードに言う。

「困った時の早見頼み、か…」

サードの佐山が苦笑いをする。


桜木の楽屋にノックの音がする。

「すみません、制作の早見です。お願いしたいことがありまして参りました」

陽子が早見の声が聞こえてドキっとした表情をする。

マネージャーが立ち上がりドアを開ける。

「すみません。上からの指示があり、先ほどのシーンを午後イチに撮り直してもよろしいでしょうか?」




「先ほどのシーンってキスシーンのこと?」

マネージャーが香盤表を見る。

「はい、そうです」

早見はしっかりと答える。

「陽子、大丈夫?キスシーンの撮り直し」

早見は陽子の顔をじっと見つめる。

「ええ、もちろん、大丈夫だよ!お仕事だもの!何度でも大丈夫!ま、まあ心がまえが必要だから、早目に言ってくれて嬉しいわ!」

早見はホッとした表情で一礼する。

「あ、ありがとうございます」

陽子と早見は目が合い、陽子は顔を真っ赤にする。

「では、私はこれで!」

早見が立ち去ると陽子はソファに倒れこむ。

陽子はマネージャーには顔を見せないようにうつ伏せになる。

ボソッと「早見くんといっぱい喋っちゃった〜」

と嬉しそうな顔をしたのだった。







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