第8話(番外編)夢見る頃を過ぎてもなお
やがて、健二君はキスをしながら私に「ホテル行こか」と、言い出した。
最初は、段々いいお兄さんだと思っていたが、しょっぱなからカップルシートの多い居酒屋に連れていくし、悲壮感漂う自分の身の上話で同情誘いながら、何気に「あんたの事が、好きだった」アピール。
そして、自然とディープキスの展開。私は、健二君の事が本当にキライだったのに。何故なら、周囲から聞いていた健二君の話が、どうしようもなくクズだったからだ。
しかし、いざこうして隣に座ってみると健二君は、やはりいい男なのである。
本当は、35年間ずっと大事にしてたバージンだけど、この人にならあげてもいいと思った。もれなく、付録とか付けてもいいなと思った。それ位、あげてもいいと思った。
居酒屋を出て、そのまま彼の車で激しいキスをしてから、気がつけばホテルへ向かった。しかし、この流れがあまりに鮮やか過ぎた事に、少し疑問の心が生まれたが、「いや、そんな事ない」と、頭の中で何度も反芻した。
いよいよ、ホテルに到着。生まれて初めてのラブホテルだ。駐車場は、想像以上に混んでいる。「世の中、みんなエロいな。」と、思った。
窓からチラッと見えたメンツは、不倫カップルや、派手な同伴キャバクラ嬢連れたジジイ、援助交際風カップル、同性愛カップルと、どう見てもいわく付きのメンツばかりだった。
どうみても、普通のカップルが来なさそうなホテルだったのである。ここは、一体・・・。私の中で、不安な気持ちが頭一杯によぎったのだ。
ホテルの部屋に入ると、マクドナルドもビックリの真紅な部屋だった。謎の怪しげな木馬。床には、ロウの固まった跡のある分厚いビニールシートの残骸があった。(というか、こういうのって常に新品ではないのね・・。)
ロウの使い方など、ローソクプレイの使用方法の注意書きまで、小さく記載されていた。しかし、怖くて読む気にもならなかった。
間違いない。ここは、ただのラブホではない。SM専用のラブホだ・・・。ガタガタ震えが止まらない・・・。
どうしよう?もしかして、とんでもない所に来ちゃったんじゃないの?私?そんな私の不安を他所に、健二君が目隠しをしようとしてきた。
妙に慣れた手つき。さては、目隠しの常習犯だ。私は、思わず「ご、ご、ご、ごめんなさいっっ!」と、目隠しを掴んで叫んだ。
キョトンとする健二君。しかし、イケメンのキョトン顔。これまた一段と、かっ、可愛い・・。
って、あっ!ダメダメ!そんな顔面誘惑になんて負けたらダメよ!由香里!
「あっ!あのっ!わっ、わたしっ!
しょ、処女なんでっ!」
と、シドロモドロに答える私。うわぁ。めちゃ、恥ずかしい。
まさか、こんな形で私のバージンをバラさなければいけないなんて・・。
すると、健二君が
「あっ、ご、ご、ごめん・・って、えっ?嘘?マジ?
でも、由香里ちゃん35年生きてきて、彼氏とか一度も出来なかったの?」
と、不思議そうな顔で聞かれた。
うわぁ。キタキタ。来たよ、コレ。この質問されるのが嫌だから、バージンって言うの嫌なのよ。
だって、ほら。絶対35年、男に一度も抱かれたことないなんてさ。
よっぽど、私自身モテなかったんじゃないのか?とか、何か問題あるんじゃないの?とか、世間に思われるじゃない?
いや。違う。違うんだって。たまたま、だかれたいと思う男に出会っても恋愛にならなかっただけ。恋愛に繋がるタイミング、もしかしたら沢山あったかもしれないけど。沢山逃して来たってのもあるかもしれないし。理想が高いまま、ここまで生きてしまったのかもしれないし。とにかく、モテなかったのかもしれないし。
何はともあれ。35年バージンなのよ。私。私は、どうしようもない恥ずかしさに涙がポロポロと溢れてきた。健二君は、そんな私を何も言わずにそっと優しく抱きしめてくれた。
「そっか・・僕も知らなかったから。
怖い思いさせてごめんよ・・。
大丈夫。心配しないで。優しくするから・・。」
そう言って、再び私に優しく何度もキスをした。
ディープなキスではない。優しいキスを、何度も何度も。そして、優しく私を抱きしめた。しかし、健二君の腕の中でビクビクが止まらない私。ここで、経験したら。きっと35年バージンの歴史が幕を閉じるのだ。
歴史でいえば、江戸時代が終わりチョンマゲを切るようなものかもしれない。
私の膜が、開花の改心を待っているのかもしれない。(正式には、大化の改心)
健二君は、私をベッドに押し倒す。
そして、「好きだ・・ホント、好きだ・・」と、何度もいいながらキスをする。
やがて、健二君の携帯が鳴り響いた。妻だろうか。
しかし、健二君は着信を無視。何度も、何度も携帯は鳴り響いた。
やがて、健二君は「チッ!」と、携帯を睨む。やがて、携帯は鳴り止むのを辞めた。
本当の健二君は、優しいの?酷いの?多分、この光景を第三者に言えば「確信犯の不倫男」なのだろう。
私は、そんな男に大切なものを与えていいのか?頭の中を、ぐるぐると不安が駆け巡る中、健二君が私を弄る手は止まらなかったのだ。
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