「貴方のために使った魔法」(3)
購買部は相変わらず人で賑わっており、おしくらまんじゅうの真っ最中みたいだ。その人ごみを泳ぐ様にして掻き分け、やっとのことで弁当のラインナップを確認する。おお、人気のカツ丼が残っているではないか。出来立てなのか仄かに暖かい。
「おばちゃん、カツ丼!」
「二百五十円ね」
あらかじめ握り締めていた小銭を放り、カツ丼と交換する。
栄光を勝ち取った瞬間である。
「いやあ、大義大義」
「ちょっと君、さっき廊下を走ってたでしょ。駄目じゃないの」
教室に戻って戦利品を平らげようとしていたら、その途中、玄関先でスーツ姿の女性に話を掛けられる。
「はっ、すみません」
反射的に謝ってしまうが、誰だろうか? こんな先生居たっけ? まあ、でも学校に居てスーツ姿なんだから教師だろう。そうでなかった試しが無い。しっかし卸したてみたいな綺麗なスーツだな。ここの高校の教師ならもっとくたびれたスーツを着ていそうなものだが。足も長くてモデルみたいだな。
「くひひ。良いんだよ別に。ちょっとだけ、からかってみた。安芸津彰彦くんで良いのかな?」
「はあ……まあ、そうですけど……」
そりゃまあ、良いか悪いかで言えば良いってことになる。
「何処か人気の無い所、有るかな」
どうだろう。屋上かと思ったが、君野が居るしなぁ。それに何か只者じゃなさそうだし、十中八九魔法関係だろうなあ。二、三日の間に魔法関係の勘が冴えわたっている。ちょっとカマかけてみるか。
「普通に職員室じゃ駄目なんですか」
「それは駄目だね。わたし職員でも何でも無いから」
ですよね。ここ数日で変人を見分けるレーダーでも身に着いたのかもしれない。
「もっと言えばこの格好はコスプレなの」
「そうなんですか……」
自分より一回り年上の人がコスプレしているという事実に、出来れば気付きたくはなかった。思えばナナやスペードの方が格好的には目立つけど、こうもハッキリ言われてしまったらなあ……。
「んじゃ、体育館裏とかで良いですか?」
「くひひ。告白されるのかな、わたし。良いね。受けて立とうかな」
呼び出したのは貴方の筈では? そんな疑問を飲み込んで体育館へと先導する。昨日ナナを連れ回した時と違い、好奇の視線が刺さることも無い。事情を知らない人が見たら、悪いことをして捕まった生徒と、捕まえた教師にしか見えないだろうからな。いや、昨日までの事情を知っているものなら、学校で仮装大会を開催したことを怒られていると見えるかもしれない。
「まあ、こんなところじゃないですか」
着いた所は体育館と外壁、あとは伸び放題の雑草ぐらいしか無いような所だ。反対側はハンド部の部室があり、昼休みにも人が出入りしているから無人とは言えない。逆に此処には滅多に来ない。半年に一回来る雑草駆除の業者ぐらいだ。
「あんまり雰囲気あるところじゃないね。まあいいか、手短に済ませちゃおう。わたしは魔法使い『
「……ウィークやスペードとは随分趣が違いますね」
普通に人間の名前じゃないか。いや、普通ではないけど。
「ああ、そっちの名前もあるよ。ええっと、何だったかな……」
「…………」
「『チーター』だったかな? それとも『イーグル』? ……ああ、思い出した。『デザート』だ」
どんな覚え方だ。でも確かに言われてみればそうだ。ナナが、魔法使いは新しい名前になるって言っていたな。
「そういうことなのよ」
「また読心術ですか……」
二度目だと流石にインパクトに欠けるな。最初スペードにやられた時も寝起きであまり良いリアクションは取れなかったけど。
「いやいや、スペードのお嬢ちゃんと一緒にしてもらったら困るの。魔法使いであるわたしと、魔法少女に過ぎないスペードちゃんじゃあ根本的にやっていることが違うし、比較にもならないんだから……あ、そうそう。スペードと言えば、あの一族は姓が『
「へえ……」
話が脱線しすぎだろう。昼休みも残り少ないのだし、手短に話してほしい。
「それで、要件は何ですか」
「そうだね。特に無いのだけど、強いて言うならウィークちゃんを保護してくれた奇特な子を是非この目で見ておきたかった、というところなのかな」
「はあ」
要するに興味本位で声を掛けただけか。また無力化だの変な話をされると思って身構えていた分、拍子抜けだ。
「まあまあ、そんな顔しないの。お近付きの印にこれをあげよう」
手出して、と促されるまま俺は右手を出す。その手を包むようにして生桐は、硬質な何かを手渡す。手を開いてみると、そこにあったのは拳銃だった。西部劇か何かで見たことあるな。確か名前は……。
「ピースメーカー、ですか」
「おお、詳しいね。一番好きな拳銃はあげられないから、二番目に好きなその子をあげよう」
一番好きなのはデザートイーグルだろうか。いや、でも自分の名前が付いた銃って好きになるだろうか? 俺は渡された銃を、トリガーには指を掛けずに構える。本物を持ったことは無いが、結構な重量だ。少なくともプラスチックではない。
「本物じゃないでしょうね」
「そりゃそうなのよ。わたしのコスプレグッズの一つなんだから、本物を使う必要なんてないの」
何で自分の趣味の物差し上げちゃうのだろうか。意味も意義もよく分からない。ピースメーカーを内ポケットに仕舞いながらそんなことを考えていると、昼休み終了を告げるチャイムが鳴り、キンコンカンコンとやかましい。
「くひひ。それじゃあ機会があればまた会おうね」
独特の笑い方をする魔法使い生桐とやらは、言い終わると同時に煙の様に視界から消える。最初から誰も居らずここであったことは全て俺の妄想なんじゃないかと錯覚してしまうほどの鮮やかさだったが、取り敢えず内ポケットは暴力装置で膨らんでいる。これ、思ったより目立つな。後で隠しておかねば。
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