「貴方のために使った魔法」(4)

「お帰り、彰彦くん」


 教室に戻ると、屋上から帰って来た君野が既に席に着いていた。次の時間は体育らしく、体操着を鞄から取り出している。見れば周りのクラスメイト共もちらほら体操着に着替え終わっていてバラバラに体育館に向かっている。まずいな、体操着を持って来ていない。ロッカーに入っていたかな……。

 俺は右手に持っていた荷物を机に降ろすと、ロッカーへと向かう。


「あれ? 彰彦くん弁当食べてないんだ?」


「ああ、何か変なのに絡まれてな」


 言いながらロッカーに手を掛ける。中にはいつ使ったんだか分からない体操着と、鳥の巣状態のプリントの山が不潔さを存分に発揮していた。

 大丈夫だ。開けた時臭くは無かったから、使用済みではない筈だ。序に言うならこのゴミ山に銃を隠しておきたいところだが、君野が見ているし後回しにしよう。

 俺は汚い体操着を引き抜いてロッカーを閉めながら、席に置いたカツ丼に視線を移す。ああ、腹が減った。バスケやサッカーじゃないと良いんだが。じゃあ何がマシだろうか。試合を見てるだけ、とか。


「ナナちゃんのことだけどさ」


「ん?」


 そのまま教室を出ようと思っていたら君野に話題を振られる。いや、名指しで話かけらたわけでは無いけどその名前を知っているのはこの教室では君野と俺ぐらいのもので、必然的に俺ということになるだろう。大丈夫、自意識過剰じゃない。気持ち悪くはない、はず。


「何だかロマンティックだよねえ」


「いや、ごめん分からん」


 発言に突拍子もないのはいつもの事だが、言うに事欠いてロマンティックとはなんだ。サディスティックとかの間違いではないだろうか。


「そう? 最近そういう本を借りたんだけど。登校をしぶりがちの子の所にやって来て、元気付けて学校に復帰させるなんて、完全にヒロインのそれだよね」


「お前俺のことをそんな風に思ってたのか……」


 軽くショックだ。登校拒否してたわけじゃなくバイトが忙しいだけだし、なぜバイト漬けになっているかも君野は知っているというのに。


「ごめんごめん。怒った?」


「いや、別に」


 ショックを受けたのは本当だが、だからと言って根に持つほどでもない。そこまでの関係なら、幼少からの交流は既に途絶えているだろう。結局、君野が何でもかんでも受け入れる様に、それに似た特徴を俺も備えているということだ。考えるのが面倒だから、そういうことにしておいた。


「そっかー。私が読んだ本だと、この後主人公とヒロインは恋仲になるんだけど。その辺はどう?」


「どうもこうもねーよ」


 言って、今度こそ教室を後にする。何だか今日は君野が変だ。君野の気味が悪い。俺の高校生活における唯一の癒しである君野がおかしくなっているとは。不幸の前触れかもしれない。いや、不幸と言うなら叩き起こされた早朝と、昼飯を食べそこなっている今こそがそうなのだが。

 やれやれ、この分だと今日の体育は相当きつい競技に違いない。


 予想通り体育の授業は相当にハードだった。だが抜き打ちで持久走が開催されたことについては完全に想定の範囲外としか言い様がない。まだサッカーをしていた方がマシだった。これで昼食をとっていたら盛大にリバースしていたところだろう。これは運が良かったと生桐に感謝すべきなのだろうか。それで言うならその後の授業が英語だったのも幸いだった。よく分からない異国の言葉は疲れた俺を眠らせるのに非常に効果的だったと言えよう。今日も起きたら放課後だった。君野とも別れて、一人自宅に向かう。


「結局、食えなかったな」


 右手には栄光の証であるカツ丼が――そのカツ丼が入った袋が握られていた。家で食うか。どうせなら夕飯にして食費を浮かせるのもありだが、多分、ナナの食事は用意することになるだろうしなあ。廃棄の弁当とか貰ってこようかな? ……今、何してるんだろうな、あいつら。

 そうやって魔法少女に思いを馳せていたら、ポケットの中で携帯が振動する。取り出して見るとメッセージが一件。白雪先輩からだ。


『もうすぐ着くだろうから迎えに行ってやってー。アタシは寝るー』


 文末に眠そうな顔文字。本当に夜通し喋り続けていたのか。しかし迎えに行けって何処に行けば良いんだろうか。もう少し歩けば例の交差点だし、そこで良いか。白雪先輩の家ってコンビニ基準で言うなら俺の家の正反対の位置だった筈だから、この辺りで待っていたら多分会えるだろう。

 俺は左へと曲がり、一昨日原付で通った道に入る。またしてもガードレールに寄り掛かって今度はゆっくりと辺りを見渡す。事故に遭った時は意識していなかったが(そんなこと出来るか)、この辺って見通し悪いな。街灯も少ないし、木々は歩道まで伸びていて視界を遮っているし事故に遭うには絶好の場所とも言える。今この場所から、先ほどまで歩いてきた道は殆ど見えない。今は明るいからなんとか見えるが、暗くなったら歩行者もいるかどうか判別しかねるだろう。まあ、滅多に人通りが無い所ではあるけど……。


「今朝の件、考えてくれたかしら?」


 随分と高い位置から声がして思わず空を見上げたが、特に何もない。はて。


「こっちよ。随分と勘が鈍いのね、人間」


 がんがん、と看板を踏みつける音でやっと声の主と位置が分かる。スペードとやらが看板の縁に仁王立ちになっている。馬鹿と煙はなんとやら、か。


「ちょっと、誰を捕まえて馬鹿とか言っているのよ。良い? ワタクシは、あのスペード家でも優秀な方に入るんだから。天才なのよ、天才。分かっているの?」


「天才って連呼したら、それこそ本物の馬鹿みたいだぞ」


「また馬鹿とか……!」


 言いながら地団駄を踏み、足元の看板が見る見るうちに凹んでいく。煽り耐性ねーなこいつ。社会に出たら苦労するぞ。まず、コンビニでバイトは出来ないな。俺はそんな(ロマンティックでなく)ヒステリックな魔法少女を見ながらカツ丼を取り出す。有難いことに箸も入っていてこの場ですぐ食えそうだ。いただきます。


「はあ、はあ……。落ち着くのよ、ワタクシ。クールダウン」


 多少気は済んだらしいスペードは、もうべっこべこになって半分お辞儀している様な看板の上でそう呟く。見通しがさらに悪くなってしまった。やだなあ、ヒステリーって。最初に会った魔法少女がナナで本当に良かった。


「それで、今朝の件……。くっ! 何で人と喋っている時に食事を!」


 今度は地団駄こそ踏まなかったが、ご自慢のローブから手を出してすっかり頭を抱えてしまった。やれやれ、少しは落ち着いて話が出来ないものかね。


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