火曜日

「貴方のために使った魔法」(1)

 ピーンポーンと間延びしたチャイムの音で、惰眠を貪っていた俺は叩き起こされた。目覚まし時計を見るとまだ六時にもなっていない。誰だこんな時間に。ナナが帰ってきたかとも思ったが、それもどうなんだ。


「ふぁーい」


「魔法少女ウィークは居るかしら?」


 はあ……? 来訪者はどうやら女で、ウィーク――ナナと負けず劣らず珍妙な格好をしていた。黒いローブに、鍔の広いとがった帽子。これで箒でもあれば完璧だったが……。まだ夢でも見てんのかな、俺。


「ナナなら居ないけど」


「ナナ? ああ、『ウィーク』だけにね。くだらない」


 寝起きにこの口調はきつい……そもそも何で俺の家を知っているんだ。なんか腹が立ってきた。


「聞いて回ったに決まってるじゃない」


「うおっ、読心術か」


「そうよ」


 そうなのか。ふざけて言ったのに。あれ、こいつも普通に魔法少女か?


「じゃ無けりゃ何なのよ。良いこと? ワタクシは昨日の流星群モドキを見てやってきたの。発動位置は大体分かったから、その真下の校舎で聞き込みをしたわ。辿り着いたのは夜遅くで人は少なかったけど、すぐにあなたの名前が出たから、職員室に忍び込んで住所を調べたってわけ」


「その格好でか」


「そうよ、悪い?」


 悪いわ。メイド服と駆け落ち紛いのことをした後、ローブ姿の少女が探し回るってどんなシチュエーションだ。俺の評価は今頃どんなことになってしまっているのか。今から学校に行くのが怖い。


「くだらないことを気にするのね、人間。良い? ワタクシは制裁をしに来たのよ。人間界であんな大仰に魔法を使われたらたまったものじゃないわ」


「おお、是非そうしてくれ。それじゃ俺は寝るから」


「嘘ね」


 ドアを閉めようとしたが、魔法少女の一言で固まる。そうか、心が読めるんだっけか。こんなに会話がやり辛い相手は無いな。


「そんなこと言わないで――思わないでよ。ワタクシだって、こんな魔法好きじゃないんだから。そうだ、一つだけ言っておこうかしら。制裁をすると言ったけど、それだけじゃあ魔法を持たない貴方にはどれだけ本気か分からないものね」


「何なんだ一体」


「『卒業試験』のことはウィーク……ナナから聞いているのでしょう? 天才であるワタクシの試験内容は『卒業見込みの無い魔法少女に引導を渡す』こと」


「…………!」


 ふふふ、と口に手を当てて笑う魔法少女。悪戯っぽいどころじゃ無い。悪意に満ちた、見ているこっちが胸糞悪くなるような笑い方だ。


「あの愚か者は自然に無くなるような言い方をしていたそうだけど、生来の魔力がそう簡単になくなるわけないじゃない。ワタクシたちみたいな天才が骨を折って処理しているんだから」


「ナナを殺す気か」


「殺す? とんでもない。そんな野蛮なことはしないわ。ただ魔力を失くすだけ。人間として生きやすいようにね。そうだわ、貴方にも手伝って貰おうかしら。随分とあの子に懐かれているようだし」


 手伝うって何をだ。


「勿論、ナナの無力化をよ。ワタクシたちが普段使っている魔札を後で持ってくるから、それをナナに貼るだけでいいわ。それだけで終わるもの」


 おお、口に出さずに会話が成り立っている。便利だな。


「横着者なのかしら、貴方? もしかして来る途中に有った原始的な乗り物は貴方の物? なら話は早いわ。あれの修理をしてあげる。それが報酬。勿論新しいのを買うのでも良いけれども、どっちが良いかしら?」


「随分と至れり尽くせりじゃあないか。そんなにナナが憎いか」


 ここまでのやりとりですっかり目が覚めてしまった。どころか、柄にもなく感情が逆立っているようだ。分かっていてやっているようだな。


「いいえ? ワタクシとナナは旧知の仲なのよ。実は見逃してやろうと思ってたぐらいなのよ、無力化に関してはね。ただ、異界であそこまで調子に乗られるとこっちの立場としても看過出来ないのよね」


 その理屈は分からんでもないが、何故俺に片棒を担がせようとする。お断りだ。


「ふむ。まあ、突然のことで混乱しているのよ、貴方。このまま魔力を持て余して無駄に希望を持たせるのと、さっさと消してしまうのと。どっちが残酷なのかよく考えることね」


 じゃあ、と手を振って、魔法少女は空中へ飛び上がる。このまま言いたいことだけ言って居なくなるつもりか。


「待てよ。お前なんて名前だ」


「あら、まだ名乗っていなかったかしら。ワタクシは『スペード』。誇り高きスペード家の一角よ」


 そう言って魔法少女――スペードは空高く飛び上がり、やがて見えなくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る