「魔法の使えなくなった魔法少女は」(4)
「ただいま」
「お帰りなさいませ」
昼の遣り取りから数時間。自宅に戻ってきた俺をナナが出迎えてくれる。会った時からそうであったように笑顔だったが、得意満面とはいかず、どこかぎこちない、作った様な表情だった。
「どこから話したもんですかねー」
鞄をその辺に放り、二人して机の前に腰を掛ける。こうしていると俺が説教をしているようで言い様も無く不快だ。直前に淹れてくれたのだろう、二つの湯飲みから湯気が立っている。
「えーっとですね。あたしの家って結構凄いんですよ。家柄が、って言いますか」
「ほほう。こんな暮らしをしてる俺への当てつけか」
ナナが悲しそうに微笑んで首を振る。話が重くならないように冗談を言ったつもりだが、かえって逆効果だったみたいだ。
「すまん」
「いえいえ。嬉しいです」
気を遣わせてしまった。俺は気まずくなってお茶に手を付けるが、当たり前のように茶柱が立っていた。これがこいつの魔法と言うことなのだろうか。どんな魔法だそれは。
「とは言っても、トップクラスの権力を持っているだとか、そういうのじゃ全然ないんです。魔法界で名家と言えば、スペード、クラブ、ハート、ダイヤの四つです。その内のひとつスペード家に代々仕えているのがあたしの一族です」
使用人になれるだけでもかなりのことなんですよ、と続ける。だからメイド服なのか。……趣味じゃないのか。
「あたしは落ちこぼれでした。魔法学校でも常にビリの成績で、スペード家の皆さんにも迷惑を掛けてばかり。あたしの魔法名覚えてますか?」
「そりゃあ聞いたばかりだしな……。『ウィーク』だろう」
そもそも最初に名乗りを聞いてから一日も経っていない。これで忘れていたら、昨日の事故で頭を打っている可能性がある、今すぐに病院に行くべきだろう。
「そう、『ウィーク』。魔法名っていうのは仮名の様なもので、卒業したら魔法使いとしての新しい名前になるんですよ。だからと言うか、結構適当に付けられているんですよね。雨の日に生まれたから『レイン』だったり、スペード家に生まれたら全員『スペード』だったり」
知らず知らずのうちにナナから目を逸らしていた。次の言葉が予想できたから直視できなかったのだ。
「あたしは同時期に生まれた魔法少女の中で、飛び抜けて『弱かった』んです。魔力というのは馴染みがないでしょうが、生まれ持ってのものです。努力でどうこう出来るものじゃありません」
「…………」
何て返したら良いものか分からない。そもそも俺は自分を不幸な人間だと思っており、だからこそ人を慰めるのには向いていない。さっきみたいにずれた気遣いをするのが精一杯だ。
「だから『ナナ』って付けて貰ったとき、凄く嬉しかったんですよ? 例え由来が名無しだったとしても」
気付かれていたか。もう少し良い名前を付けてやれば良かったか。気が付くとナナは震えていて、目に涙を浮かべていた。そっとワザとらしくないぐらいの動きでティッシュを差し出してやる。拭いてやるなんてプレイボーイみたいな真似は出来ない。
「えへへっ、ありがとうございます」
ナナはティッシュを引き抜くと、自分の目元を拭う。まだ笑顔なのが辛い。少しの間ぐしぐしと拭っていたが、やがて顔を上げる。
「えーっとどこまで話しましたか……。ああ、そう要するに落ちこぼれているんです、あたし。卒業試験の途中と言いましたよね。それ、終わらないんですよ」
「どういうことだ」
やっと声を出せた。あまり内容は褒められたものではないだろうが。
「魔法少女は卒業試験をクリアすると魔法使いになるんです。逆にクリアできずに魔法使いに成れずにいたらいつかは魔力を失ってしまいます」
いつまでも少女では居られませんからね、と呟く。
「どういうことだ。つまり魔法界には魔法が使えない奴も居るってことか? 試験の結果、魔法を失って……」
「混乱しすぎですよ。魔法界には魔法の使えない人は居ません。あたしだって今は使えているんですから。魔法の使えなくなった魔法少女は、人間になります。二度と魔法界には帰れません」
「それは……」
何と言うか、そんな制度でやっていけるのだろうか。魔法界の人口はどうなっているんだろうか。少数の精鋭だけでやってるとも考えてみたが、四つ名家があるという言葉から連想されるイメージから外れる。どうにも理解が追い付かない。使用人になれるだけでも、という部分は遅れながら理解できた。試験に合格し魔法界に残れた人たちということだろう。
しかし、故郷から追い出されて名前と力を奪われるというのは、どんな気分になるだろうか。出来の悪い俺の頭では、ちょっと想像できない。奪われるというよりは、自然消滅するといったニュアンスだったが。
「あたしの試験の内容も言いましょうか。『一人前の魔法少女になる』です。よくあるんですよ。期限も定義も無い試験が。クリアできずにいつの間にか魔力を失っている、と言うのがお決まりのパターンです。要するにこの試験が出された時点で、魔法少女失格の烙印を押されたようなものです」
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