「魔法の使えなくなった魔法少女は」(3)

 さて、ナナは何を買ってきてくれたのかな、と俺は少し離れて、さっき渡されたやたら大きいビニール袋を覗き込む。がさがさという音に混じって二人の会話が聞こえる。


「じゃあ、ナナちゃんも一緒にご飯にしよう?」


「えー。何か二人良い感じっぽいですけど、お邪魔して良いんですかー?」


「ええっ、良い感じだなんてそんな……」


「なーんて。あたしの分も買ってきてあるので、ご一緒出来るならありがたいですよー」


 やられっぱなしだな、君野。しかし、その奇怪な服装について、一切触れないつもりなのだろうか。個人の趣味にとやかく言うべきでないと思っているのかもしれない。良い子だな。良い子でない俺としては、袋の中身について突っ込みたくて仕方ない。


「彰彦さーん。あたしの分投げてくれます?」


「いや、それだけど。これどっちがお前のなの?」


 答えによっては暴れるかもしれない。


「勿論弁当の方ですよ。パンの方はあたしのです」


 そうか……。この一斤ある剥き出しの食パンはお前のか……。取り敢えず暴れずにすんで何よりだ。


「ほらよ」


「ナイスパスです」


 がぶっ、と俺が放ったパンを口でキャッチするナナ。犬じゃないんだから……。それとパンがでかすぎて、視覚的に何だかよく分からないことになっているぞ。パン食い競争だって、こんな野性的なビジュアルにはなるまい。

 君野は既に日陰に腰を掛けていて弁当を広げていたが、俺たちのやり取りをみてぱちぱちと手を叩く。


「パンが好きなんだ」


 ナナを愛おしそうに見つめている。何でもかんでも受け入れすぎじゃないだろうか。少しは疑問に思った方がいいのでは、と思わないでもない。この分なら魔法少女であるという名乗りもあっさり受け入れるかもしれないな。

 あっ。クラスメイトへの説明どうしたらいいんだ……。関係は従妹という設定で押し通すとして、服装についてなんて釈明したものか……うおおお。


「彰彦さん、彰彦さん」


 俺が弁当を片手に唸り声を上げていたら、声を掛けられる。顔を上げるとナナは既にパンを食べ切っており、口を拭いながら空を仰いでいる。そのまま拭っていた方の手を上げて、何処か分からない空を指差す。

 何を、と言う間もなくナナの指先が光る。誤解の無いように描写しておくが、指が発光したわけではなく、あくまで指差している遥か上空が光り、その光が落下して一本の線を空に描いている。


「わあ。流れ星?」


 君野が感嘆の声を上げる。


「いやいや、飛行機雲かなんかだろ」


「夢がない人ですねー、彰彦さんは。それならこれでどうです?」


 ナナは指で空中に文字を書くように、或いは楽団を指揮するように動かす。さっきとは異なり上空に何本もの線が浮かび、瞬きながら交差しては消えていく。


「綺麗じゃないですかー?」


「うん、すごく綺麗……」


 すっかり空に釘付けになった君野と違い、俺はナナの顔をじっと見つめていた。相変わらず得意そうというか腹が立つ表情をしている。


「お前まさか本当に……?」


「ずっとそう言ってましたけどねー」


 空はすっかり元通りになっており、飛行機雲ということにするには後に何も残っていないのが不自然だ。いや、最初からそう考えるのが自然じゃなかったのか? 俺は確かにナナを撥ねた。だというのにピンピンしている。体力も俺が貧弱であることを差し引いても、人類を越えている。魔法……少女?


「ああ、満足満足。流石に一斤は多かったですね」


「……話がある」


 んーと首を捻るが、別に疑問は無いのだろう。むしろ意地の悪そうな笑みを浮かべている。そうしているナナはどこか楽しそうだ。


「やっと本題に入れそうですねー。でも、ここでするような話じゃないので、先に帰ってますねー。家でゆっくり話しましょう」


 ナナはくるっと身を翻すと、屋上を囲むフェンスへと走り出し、そのままジャンプで飛び越えて視界から消える。

 なるべく早く帰ってくださいねー、と聞こえた気がするが後になるにつれて声が小さくなっているから語尾まではっきりと聞き取れたかは自信がない。


「あわわ……。ナナちゃんが……」


 君野は金網に齧り付いて下を眺めているが、もちろんナナの死体が転がっていることもない。もう家に着いているのかもしれない。


「あいつは大丈夫だ。特殊な訓練を受けているからな」


「そっ、そうなんだ……。何だかついていけないや」


 あはは……と弱々しい笑いを浮かべる。大丈夫、俺も何が何やら分からんから。

 その後はクラスメイトの好奇の視線と益体も無い質問の嵐を「従妹」「趣味」の二語でねじ伏せてきちんと授業に出席していた。いや、その場所には居たというだけで、きちんとはしていなかったかもしれない。なにせナナのことで頭がいっぱいで、授業なんか少しも頭に入らなかったのだから。

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