「あたしは魔法少女」(4)

「意外と綺麗にしてるんですねー」


 俺の部屋を見たウィークの第一声がそれだった。二週間殆ど掃除をしていなかった筈だが、少なくとも嘘をついているようではない。まあ、悪い印象をもたれていないなら良しとする。


「というか、物が少ないですね。いかがわしい本とか見当たらないですし」


「……ねえよ、そんなもん」


 有ったとしても、目の見えるところに置くわけないだろう。いや、本当にあるかどうかは別として。


「いやいや、魔法少女ちゃん。いまの時代はパソコンにあるんじゃないかい?」


「それもそうですね」


 ふうむ。原付は知らなかったくせに、パソコンは知っているのか魔法少女。異界出身なら知らないかもと邪推していた。こいつの中でどんな設定なのか是非聞きたいところだ。しかし、今はもう眠い。俺は台所のコップに水を注ぐと、胡坐をかいて座っている白雪先輩の前に差し出す。


「さんきゅー」


「それ飲んだら寝てくださいよ。俺もう寝るんで」


 ベッドに倒れこんで毛布を一枚、二人の下に蹴り飛ばす。学校が始まるまで二、三時間は眠れる。目が覚める頃には自分の身に降りかかっている全ての厄介事が解決していたらいいのに。


 勿論そんな都合の良いことなんて俺の人生に起きる筈もなく。平日も休日も毎朝八時に俺を起こしてくれる律儀な目覚まし時計は、脳を直接揺さぶっているのではと錯覚するほどやかましい音を奏でている。本気でやかましいので買い換えようと思っているが、和やかな音というのも何だか目覚ましとして機能しないのではないのかと思うと、中々買い換えようという気が起こらない。


「おー起きたか、彰彦ちゃん。」


「あ、お茶貰ってますよー」


 面倒事は無くなってはいなくて、闖入者もそのままだった。目元を力いっぱいこするが、目の前のお茶を飲んで寛いでる二人(一人はメイド服)はどうやら現実らしく、居なくなったりはしない。いっそ夢だったらよかったのに。


「彰彦さんの分のお茶も淹れますねー」


 勝手なことをしている。というか、さん付けで呼ぶことにしたのか。

 ウィークは台所へ歩くといつ使ったんだか分からない薬缶と、これまたいつ買ったか分からない茶葉を用いてお茶を入れる。大丈夫な筈。お茶はそう簡単には腐らない。それにこの二人がすでに飲んでいて毒見は済んでいる。よし、問題ない。


「はい、どうぞ」


「どうも。……すげえ。茶柱が立ちまくってる」


 ひい、ふう……七本か。こんなの見たことない。


「ねぇー凄いでしょ。アタシに淹れた時もそうなってたよ。魔法少女ちゃん、運良いのかなー」


「へへへ。運には自信がありますから」


 そういってお茶を啜る。いやいや和やかだけども。


「もう出る時間なんで学校行きますけど、白雪先輩はどうします?」


 学校指定の制服に急いで着替えながら今日の科目を思い出す。なにせ二週間ぶりだ。あっている自信がない。


「うーん。アタシは適当に帰ろうかな。今日のバイトは出るから安心してねー」


「ええー。白雪姉さん帰っちゃったら、あたしどうするんですか」


 そうか、それは考えてなかった。でも今考えるべきはそれではなく、今日の科目についてだ。確か体育は無かったが……もう、いいか。適当に教科書突っ込んでおこう。さっきまで着ていた服を脱ぎ散らかして本棚まで移動する。横目で、にやにやしながらウィークに耳打ちする白雪先輩が見えた。


「わかりました。あたしは部屋で大人しくしておきます」


 何でそうなった?

 だが、今は余計なことに気を回してる暇はない。お茶を一気に飲み干して、鞄を肩にかけて玄関まで駆け抜ける。


「じゃあ、それで」


「うぃ。行ってらー」


「行ってらっしゃいませー」


 その格好だとご主人様って続きそうだなとか考えながら自宅を後にする。思えば行ってらっしゃい、なんて久しく耳にしていなかった。俺の普段の生活を鑑みれば当たり前のことだし、そもそも状況がよく分からないことになっているので別に感動的ってわけでもないが、妙に引っ掛った。


なんだろう。人との交流に飢えてんのかな。バイト先で面倒な輩(主に白雪先輩)と絡んだりしてるのに。


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