月曜日
「魔法の使えなくなった魔法少女は」(1)
「あれ? 彰彦くん、久し振りだね。週の初めから来るなんて珍しい」
遅刻ギリギリで教室に飛び込んだ俺に、隣の席である君野翔子は話しかけてきた。のんびりした口調に眠気が誘発される。
「バイトが忙しいんだっけ? そろそろ試験だから頑張らなきゃだよ」
「試験なんか、いつも一夜漬けだから良いんだよ」
もー、と口を尖らせる君野。こいつとは腐れ縁というか、幼稚園から同じ学校に通っていてクラスも同じだが、全く成長してるように見えない。
主に体の一部と精神年齢が。
「日下先生心配してたよ? 勿論、私も」
「ああ、そりゃ悪いことしたな。日下には謝っておこう」
もーもーと頬を膨らませる君野。
あざとい。
「そうだ。折角だし一緒にお昼ご飯食べよう?」
「んー……。そういえば弁当持ってきてないな」
そうなの? と君野が首を傾げる。そんな可愛い君野を見ていたら、がらがらと扉が開いて担任である日下が教室に這入ってきた。相変わらずどこのメーカーだか分からない原色のジャージが似合っている。今日は赤か。戦隊モノのリーダーみたいだな。
「おらおら。さっさと座れお前ら」
日下の一言で、散り散りになっていたクラスメイトどもが次々に席に着く。君野も席をずらして前の方に向き直る。
「えーっと今日は……おっ、安芸津いるじゃないか。昼休み話あるからな」
「……へーい」
本当に心配してたのか? ちょっと叱りつけてやろうってぐらいの気軽さなんだが。おっす、安芸津。休んじゃ駄目だぞ? 先生おこだぞ? みたいな。
げんなりしていたら、隣の席から手が伸びてきて俺の机をトントンと叩くのが見えた。首だけで横を見ると、君野はぐっとガッツポーズをして小声でふぁいと、と激励を飛ばしてくる。
何と戦えばいいのやら。
その後の日下はと言えば、今日は良い天気だの絶好のスポーツ日和だの凡そどうでもいいことを告げてさっさと体育館に向かってしまった。体育教師でありバレー部の顧問である日下は学校での一日をほぼ体育館で過ごしている。必然的に俺は昼休みに体育館、もっと言うなら体育教官室に向かって、お小言を受けに行かねばならんのだが、体育教官室はタバコ臭くて敵わない。いっそこの場で説教された方がマシとさえ言える。
あーあ。面倒くさい。
それに、弁当もどうしたらいいのやら。うちの高校には購買部があるが、あそこは飢えに飢えた体育会の溜まり場だ。俺のように貧弱な男では弁当という栄光を掴み取ることができない。一度だけ、売れ残って伸びきった蕎麦なら買ったことがある。味についてはお察しの通りだ。
……考えるのも面倒になってきた。弁当のことは後で考えるとしよう。
そもそも試験前にしか勉強しないから、今日来た意味って単純に出席だけなんだよな。ならば俺が此処に居るだけでその目標は達成される筈だし、ならば寝ていたって構わない筈だ。俺がこんなにも疲れているのは(昨夜のことを除けば)勤労の表れに他ならないし、ならばそんな健気な俺が居眠りしていたところで、教師たちは起こすだろうか(いや、起こす筈がない)。
よし、寝よう。
おやすみなさい。
「彰彦くん、起きないと駄目だよ」
ぺしぺしと肩を叩かれる。鉛のように重い上体を持ち上げると、顔を覗き込んでいる君野と目が合った。反射的に目を背ける。
「日下先生に呼ばれていたでしょ。早く行かないと怒られるよ」
「……もうそんな時間か」
視線を逸らした序に時計を見やると、正午を幾分か過ぎたのが確認できる。というか君野は今の今まで起こさずにいてくれたのか。なんて出来た同級生だ。
君野の気遣いに感謝しつつ、たっぷり一分ほど掛けて立ち上がる。机で寝ると必ずどこかしら調子が悪い。今は枕にしていた腕の感覚がない。それとは関係なく尻も痛い。
「起きてくれて良かった。じゃあ、屋上に行ってるから良かったら来てね」
君野は俺なんかに構うまでもなく友達が多い方ではあるが、一人行動が苦にならないタイプらしく、特に昼食は一人で取りたがる。何かしら信念があるらしいが、だとするならそこに招待されてる俺は何者なのか。
「んー。取り敢えず怒られてくるわ」
「うん。行ってらっしゃい」
俺は教室を後にする。昼休みの校舎は想像していたより騒々しかった。おいおい、高校ってこんなんだったっけ? なんか走り回ってるのとかいるし……。たった二週間来なかっただけでカルチャーショックだ。はて、二週間前の俺はどうやって過ごしていたんだっけか。
行き交う人々の間を縫うようにして、やっとのことで体育館に辿り着く。バスケットゴールの下では普段真面目に体育の授業を受けていなさそうな連中がシュートの数を競っていた。まあ、人のことは言えない。体育どころか全科目受けていないのだし。
薄汚い階段を昇り、やっと目的地である体育教官室の扉の前に立つ。やたら年季が入っていて物々しいその扉は、まるで地獄の門だ。全ての希望を捨てよ。
「失礼しまーす」
投げやりに二回ほど叩いて、扉を開ける。日下は別にそこまで怖い教師ではない。
「おう、安芸津。まあ、そこに座れよ」
日下は所々破れていて中身がはみでているソファーを指差す。何とも座り心地が悪そうだが、そう言われちゃあ仕方ない。
「よっと」
腰を下ろすが、スプリングの跳ね返しが思ったより強くて尻が痛む。くそう、俺の尻はもうボロボロだ。
「最近なー。休みすぎじゃないか」
「すみません。一応出席は足りているんですが」
んー、と何かの紙を見る日下。出席表かなんかだろうか。
「そういうことじゃないんだよな。確かにお前の事情は分かってる。バイトも忙しいんだろう。
だけどなー。せめて休みを散らしてくれよ。オレの立場もあるんだよ」
分かるだろ、と同意を促す。確かに担任としての面子もあるだろう。
日下の直接的な言い方は嫌いじゃない。くどくどと持って回った様なねちねちとした説教をする奴より好感が持てる。
「分かりました。そうします」
だから俺も素直に応じる。美しい人間関係が此処にはあった。
「そうしてくれ。後、休む前に連絡してくれたら助かる」
「気を付けます」
「おう。じゃあ、行っていいぞ」
俺はソファーから立ち上がり、出口のところで礼をして来た道を引き返す。体育館を出た辺りで違和感。
何だろう。ざわついているのは、さっきと同じだが今は何か種類が違う。さっきの楽しげな喧噪と違って……恐怖? 或いは混乱だろうか。そういった戸惑いと畏怖が混ざった様な感情が読み取れる。わけが分からない。
ここから外階段で屋上に行けば早いが、弁当をどうにかしないと行けない。しかし、財布は教室の鞄の中だ。一旦戻るか。
教室に向かうにつれてざわめきがどんどん多くなる。さっきの見た? 凄いよね、と言った声も聞こえてくる。何なんだ。犬でも侵入してきたか。
その時、廊下の向こう側から、メイド服が歩いてくるのが見えた。
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