「あたしは魔法少女」(3)

 ――同じバイト先の花白雪はなしろゆきだった。その名に恥じることのない白い肌は、それと対照的な濡羽色の髪と相俟って見るものに儚げな印象を与えるのだが、今の彼女はお酒が入っているのだろう、見るも無残に真っ赤になってしまっている。これでは台無しだ。尤も台無しと言えば酒癖の方も花白雪という人物像を貶めるものであり、大学三年となる彼女にはいまだに恋人の一人もいないのだった。酔っぱらいながらバイトして、その時によく愚痴を零している。


「あっれぇ? そっちの可愛い子は誰かなぁ。もしかして彼女? アタシを差し置いてそれは無いんじゃないの、彰彦ちゃぁああん」


 呂律も回ってないし足元も覚束ない彼女だが、それでも横にいる謎の少女に気付いたらしくそんな疑問を投げかける。


「あたしは魔法少女です。名前はまだありません」


 当の本人はまるで普通であるかのようにそう告げる。心なしかさっきの口上より語気を強めていて、自信があるかのように見える。一緒にいるこっちの立場が危ぶまれるそんなふざけた紹介を聞いて花白雪は――


「あっはっは。魔法少女かぁ。それはいいなぁ」


 と腹を抱えて自分の膝をばしばし叩きながら大声で笑うのだった。まあ、酔っ払いに何を言っても大丈夫か。ウィークの方も笑われて気を悪くしたようでもなさそうだ。


「それで花白さんは、」


「白雪先輩」


 急に真顔になった花白さん――白雪先輩は、自分の呼称について訂正する。こだわりがあるということを、二週間ぶりに会ったから忘れていた。


「いつも言ってるでしょ、白雪先輩って呼びなさーいってぇ。苗字にさん付けなんてよそよそしいじゃない。どうしてもっていうなら雪ちゃんでもいいよ」


「じゃあ、白雪先輩はまたこんな時間まで飲んでたんですか?」


 今更聞くまでもないことだったし、どころかまた愚痴に付き合わされるかもしれない最悪の愚問を俺は口にする。言ってからしまったと思う。なんか今日は調子が悪い。早く帰って寝た方がいいかもしれない。


「そうなのよねぇ。彰彦ちゃんの家の近くで飲んでたから、帰るのも面倒くさいし泊めてもーらおと思って家に行ったんだけど居ないじゃない? どこでなにしてたのよ? 女の子まで連れちゃって」


 泊めてもーらお、で勝手に決めないでほしい。俺は何を考えてるのか口に手を当てて俯くウィークを尻目に頭を掻く。


「花白さん、」


「白雪先輩」


「……白雪先輩がバイトに出ないから、ずっとシフト入ってたんですよ。やっと今帰るところです」


 おおっ、とおどけて見せる白雪先輩。どうやら本当に気付いていなかったらしい。店長合わせても三人しかいないというのに、この先輩は不真面目すぎる。それは店長も重々理解していて、俺は何度かバイト代を(雀の涙ほど)上げてもらっているが、白雪先輩の方は採用以来一度も上がっていない。必然的に俺の方が時給は高い。


「それで、そっちの女の子は?」


「俺の原付に悪戯したみたいなんです。それが原因で壊れたみたいなんで、弁償させようと連れ帰ってきたところです」


 ええっ、そうだったんですか、とウィーク。まあ嘘は言ってない。弁償云々は今思いつきで言ったけど、そうさせるのもありかもしれない。


「成程。持ち帰って体で払わせるわけね」


「いや、健全に働いて返してもらうつもりです」


 お堅いのねー、彰彦ちゃん、と白雪先輩。お堅いもクソもあるか。

 白雪先輩は向き直り、ウィークの方に話しかける。


「魔法少女ちゃんも、彰彦ちゃんのところに泊まっていくつもり?」


「はい。そのつもりです」


 え、そうなの? 何というか俺もウィークも思惑が相手に伝わっていない。というか俺の家をネットカフェ代わりにしないでほしい。駅前にいくらでもあるだろうに。


「でもねー魔法少女ちゃん。一人暮らしの男の下にふらふら行くもんじゃないと思わない?」


「それもそうかもしれませんね」


 どうでも良さそうに答えるウィーク。まあ、(魔法少女かは置いといて)先ほど見せたあの跳躍力と腕力、原付に轢かれて無傷という特性があるのは確かだし、仮に俺が襲い掛かっても、組伏せられるだろうと踏んでいるのかもしれない。というか連勤明けだから、大抵の生き物は俺を倒せるが。


「だからこのお姉さんが一緒に泊まって、守ってあげるってのはどう?」


「成程! それは名案ですね、お姉さん!」


 何が楽しいのか急に声を張り上げる。近所迷惑だ辞めてくれ。というかまず俺が迷惑してる。


「はい、決定! 彰彦ちゃんもそれでいいでしょ」


「ああ、はい……まぁ」


 正直言うと良くはないのだが、原付の弁償させるためと考えるなら、この住所不定無職っぽい少女を泊めて留めておくのはありかもしれない。その口実を作ったとなれば流石というところだが、なんだろう。全く褒める気がしない。

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