「あたしは魔法少女」(2)

 朝日に照らされながら、少女は高らかに宣言した。今気づいたが、少女は深夜にやっているアニメで採用されていそうな日常では絶対に不便だろうと断言できる、黒を基調とした装飾過多な衣装を纏っていた。だが、本人が言う様な魔法少女っぽさはなく、というかメイド服だった。何故だ。秋葉原は遠いが。


 しかし、ようやく悟った。これは駄目なやつだと。早めに医者に掛かった方が良いみたいだ。今時、魔法少女って。ただ、医者に掛かるべきは俺か、はたまた目の前のコスプレ少女か。その判断を誰に仰ぐべきか、その辺が悩みどころではある。


「自己紹介したんだから、名乗ってくださいよー。っていうか大丈夫ですか? 立てないならおぶっていきましょうか?」


 なんだその羞恥プレイ。死んでもお断りだ。


「いや、いらん。一人で立てる」


 言ってガードレールに寄り掛かりながらなんとか立ち上がる。まだあちらこちらが痛むが、歩けないほどではない。余裕を見せるために手でケツを叩いて埃を落とす。今更、埃も誇りもないのだが。


安芸津彰彦あきつあきひこだ。これで満足か」


「そうですね、満足です。名前というのは良いものですから」


 そうか、よくわからん。そういえば名前が無いとか言ってたか。現代社会においてそんなことが有り得るのか? まあ、面倒だから追及はしないけど。


「さあ、原付を返せ。そいつは俺のだ」


 俺は体勢を整えて、宙に浮いたままの原付を指差す。そんな持ち方してたらハンドルがぽっきりいってしまう恐れがある。


「ああ、どうぞ」


 自称魔法少女は原付を地面に降ろすと、向きを変えて俺の方に倒してくる。直後、俺の全身に痺れる様な痛みが走る。またしても倒れてしまいそうになるが、何とか足を踏ん張って耐える。ついでにエンジンも切っておいた。


「……と思ったが、ここで会ったのも何かの縁だな」


 はあ、と自称魔法少女。察しろ。


「というわけで、俺の家までそいつを運んでくれないか。なに、別に運べないわけじゃないんだが、折角会ったんだ。記念にお茶でも出そうじゃないか」


「何が何だか分からないですが、それぐらいなら良いですよ。あたしも貴方に頼みたいことがありますし」


 途轍も無く嫌な予感がしたが、気のせいだということにしよう。俺の予感はあまり信用ならない。


「では」


「ちょっと待て」


 俺はまたしてもハンドルを持とうとした自称魔法少女を制する。体を縛り付けていた重さがなくなるのは良いが、これ以上あんな運び方されたらたまったものじゃない。


「こう、両方持って押すようにするんだよ」


「はあ、なるほど」


 確かにこの方が楽ですねー、と前に進む自称魔法少女。幸いそっちが俺の家の方向で合ってるから足を引きずりながら後を追う。家までは少し、距離がある。


「そういえば、頼みたいことって何だ?」


「んー。何というかですね。あたしって魔法少女じゃないですかー」


 いや、そんな当たり前みたいに言われても。頭のおかしいやつかもしれないし、ただでさえ原付が人質に捕られているので、ここは当たり障りのない返答を心がけねばなるまい。なあに、家に帰るまでの辛抱だ。


「ああ、そういう話だったな」


 よし、無難。後姿なので仮に今、激昂していてもわからないが、まあ、そんなこともないだろう。


「それでですねー。今って卒業のため、と言うよりは魔法使いになるための最終試験……の途中とでも言いますか。そんな状態にあるわけなんですよ」


 魔法少女の上位に魔法使いがあるのか。魔法に明るくない俺には知る由もなかった。というか、別に知りたくもなかった。


「その手伝いをしてもらいたいんですよねー」


 くるっと半身を翻して、こちらを向く自称魔法少女……自称自称、いい加減うるさいな。何か呼び名は無いものか。


「それは面倒だな……」


 論文みたいなものなら、俺みたいな落第生に手伝えることはない。そもそもこいつは何歳で何学校を卒業するつもりなんだ。魔法学校かな?


「まあまあ、良いじゃないですか。こんな可愛い子に頼まれごとなんて滅多にないでしょう」


 にっと口角を上げる。確かに整っている部類に入るだろうが……。


「可愛い子は自分のこと、可愛いって言わないよ」


「何ですかそれ。どんな経験から言ってるんですか。自分のこと可愛いって思っていない人が可愛いわけないじゃないですか。あたしをちゃんと見てください。可愛いでしょう? そもそもあなた女性とお付合いしたことあるんですか」


 怒涛の反論を投げかけながら、湿度の高そうな視線を向ける。そこまで言われるようなことしたか。やっぱり警戒が必要だ。こいつ自分のこと可愛いと思っているのか。あと、最後のは関係ないだろう。何と言うか余計な御世話だ。


 思わず目を反らすと視界の先に河が見えてきた。我が家の近くを流れる一級河川であり、ここを越えれば家はもうすぐだ。我慢、我慢。


「そういえば、名前が無いって」


 言ってからこれは失敗だったかなと考える。話題を変えて、手伝いの件を有耶無耶にしようと思わず口をついて出たが、他に聞くことはあるだろう。もしかしたら複雑な事情があるかもしれないし、そんなことに首を突っ込むのはごめんだ。大体、面倒だから追及しないと言ったのは自分じゃあないか。うわあ、考えれば考えるほど墓穴。まるで俺の人生そのものだ。


「そうなんですよねー。一応区別するために『ウィーク』なんて呼ばれていますけど、あんまり好きな呼び方じゃないんですよね。名前というよりは個体識別番号のようなものですし」


 まあ、あたしにとって名前があるのはそこまで良いことじゃないんですけどね、と呟く。言っていることは(よく分からなくも)悲壮感に満ちているが、声色が底抜けに明るいからいまいち本音かどうか分かりかねる。それでも、ウィークという呼称が得られたのは収穫だ。……何のだ。


 俺たち二人は四つ目の交差点に差し掛かる。ここを直進して河を越える橋を渡れば、やっと帰れる。名無しの魔法少女ともおさらばだ。

 そう思ったのも束の間。橋の向こうからふらふらと人影が近付いてきた。やはり今日という日はどうしようもなく災難であるらしかった。まあ、思えば生まれてこの方災難続きの生涯だったし、なんなら災難とは唯一無二の親友であると言える。ならば今日が不幸なのはある意味で当然だった。


「うーっす。彰彦ちゃぁん。元気ぃ?」

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