第五話 ニートの描く漫画

『僕と君の町』は近未来の日本を舞台にした物語だ。


近未来といっても、ものすごく科学が発達していたり、ロボットが当たり前に活躍しているような未来ではなくて、ゆっくりと衰退していく社会を舞台にしている。


人口は今の十分の一くらい。経済も今の日本よりもずっと規模が小さく、また環境破壊が進んでいるので、まだ体が十分に育っていない子どもたちは親とはなされ、きれいな水と空気を得やすい田舎に集められて暮らしている。

そんな状況の中、自分の『親』に興味を持った子どもたちが自分の親を探す物語だ。


いろいろな考えを持った大人たちに邪魔され助けられ、ゆっくりと成長する子どもたちの姿を描いていく、そういうことがテーマなのだろう。


これが「君と僕の町」の前半を読んでみた私の感想だ。作者自身がテーマすら覚えておらず、過去の自分が描いた漫画を読んで「たぶんこれがテーマなのだろう!」などと言っている時点でこの漫画はすでに終わっている。


その夜、私は何度も何度も「君と僕の町」を読み返した。そして気がつけば午前三時になっていた。

家の中はしんと静まり返って、時計の秒針の音が妙に大きく聞こえる。

三宮氏はきっともう眠っているのだろう。


ベッドに体を投げ出してもなかなか眠れない。

僕と君の町の続きを考えなければいけないと気持ちがくたび、三宮氏の顔がちらついた。


『私の漫画がどういう結末になれば三宮氏の望む結果にたどり着くのだろう。』


私は気がつけば三宮氏が何を望んでいるのかばかりを考えていた。

今、私の漫画にお金を出してくれているのは三宮氏ただ一人だ。だから私は三宮氏の望むものを描くべきなんだろう。というのは後付けの理由だ。

私は生まれて初めて自分の読者と顔を合わせ、コメント欄の感想ではなく生身の読者の声を聞いた。そして、生まれて初めて読者の顔を思い浮かべながら漫画を描いている。


私はたぶん嬉しくて、そして怖いのだ。


私は田舎の、特に豊かでもないけれど貧乏でもない普通の家で育って、学校の成績は常に中の下。クラスメイトの女子には絵がうまいといわれていたけれど、図画工作の成績は他の国語や算数と同じようなもので、特に優秀でもなかった。それでも見る人が見れば私の絵を評価してくれるはずだと高校受験のときに美術系の高校の選抜試験を受けた。けれど、美術系の高校には合格せず、結局、一般入試で普通科のある高校に行った。これがまず第一の私の挫折だ。


受験に失敗したのち、私はしばらく絵を描くことをやめた。見る人が見ればわかるはずの私の絵は、美術系の高校では通用しない。それがわかったからだ。

けれど、やはり時間がたつとショックも薄れ、私はまた絵を描き始めた。今度挑戦したのは漫画だった。

最初はうまく描けなかった。けれど、高校には漫画研究部があり、そこで同じく漫画を描いている人たちから学ぶことで、少しづつまとまった話を描けるようになった。

親は漫画ばかり描いている私を心配していた。漫画家になんかなれるわけない。両親、特に母は毎日のようにそう言って、進路のことを「ちゃんと」考えない私を叱った。


高校三年生の冬、ある少女マンガ雑誌で佳作を取った。ここで何の賞も取れなければ漫画家になるのは諦めようと思っていたのに、タイミングがいいのか悪いのか、私は賞を取ってしまったのだ。

今から思えば佳作という賞は一つの雑誌でも年に数回、年間にして十人近くが受賞する賞であって、漫画家を目指す人たちの中ではそれほど珍しいものではない。しかし、私の住む田舎町では漫画雑誌で賞を取った人など一人もいない。私の漫画賞受賞はあっという間に噂になり、私は行内で有名人になった。

まだ18歳で世間知らずだった私はその賞を取ったことをきっかけに、親の反対を押し切って東京に出た。お金はなかったけれど、夢だけは立派だった。私はすぐに雑誌で連載をする有名漫画家になって、実家をリフォームして、成功する。東京に向かう電車の中で、私は一人、そんなことばかり夢想していた。

けれど、結果は残酷なものだった。私はアシスタントさえ満足にできず、何の連絡もせず、職場を放棄した。


私はずっと絵を描いてきた。小学校に上がる前からずっとだ。

自分ではずっと努力してきたつもりだった。でも、私の経歴にはその努力の痕跡はどこにも残っていない。むしろ経歴から見た私はかなりだめな部類の人間に見える。


それなのに、彼は私を見つけ、ここにつれてきて母の口座に振り込んだ例の100万円を含めて、私に投資してくれている。ただ「僕と君の町」の続きを読むということのためだけに。


彼がなぜ私の漫画をそんなに心待ちにしてくれているのか、それについて彼が具体的に言及したことはない。

けれど、私はそれだけ私の漫画に期待してくれている人が現れて、しかも、プロの灰田理緒の漫画よりも、私の漫画を読みたいという。

どう考えても世間の評価と彼の評価はズレている。


でも、今、私の劣等感まみれの心はそのズレた評価に驚き、そしてすがっている。


私はその期待に応えたかったし、そしてそれ以上に、彼の評価を失いたくなかった。


三宮氏の希望を無視して自分の描きたいものを描くほど強い「これだ」という定見など私にはない。

有名漫画家の作品ですら、世間に注目されて作風が一般受けするものに変化していき、面白くなくなってしまうというのはよくあることだ。私は一般の漫画好きとしてそういう漫画をいくつも見てきた。

漫画好きであり漫画描きとして、そういう漫画は描きたくないという気持ちはもちろんあった。アシスタントすら満足に勤められなかった私にはそんな一般受けするものを描く技術などないのに、それでもやっぱりそういう意地みたいな物はあった。


それなのに。今の私はちょっと気を抜くと「こういう展開なら男性ウケしそうだ」「若い男性ならこういう女の子キャラを出したほうが喜ぶんじゃないか」と思考がぶれる。

たぶん、今の私は描き手として間違った道に踏み込んでいるのだろう。でも、プロとしては正しいのだろうか。

ビジネスで描くのなら、今後も仕事を依頼してもらえるように、ある程度相手の望むものを描く必要はあるのだろうけれど……私と三宮氏の関係は出版社と漫画家の関係とは少し違って、どちらかというと(本来の用法における)パトロンと漫画家……なので、私の描いたものが三宮氏のお気に召したとして、「次の依頼」が来ても正直なところ、困ってしまう。今回のこの状況はあくまで親に捨てられた私が緊急避難措置として三宮氏の依頼に乗っただけで、私の希望としては元のニートに戻りたい。これだけである。いやニートに戻りたいと言ったら語弊があるな。うーん。ニートになりたいわけじゃなくて……。


ん?私はどうなりたいんだ。

漫画家……はもう無理だろうなあ。アシスタントもできない技術力の点も問題だが、今の私の頭の中は真っ白で、描きたいことが何もない。


今の私は三宮氏の圧力さえなければ漫画など描かずに一日中声優のイベントに参加したりBLエロ漫画を読んだりしているほうが楽しい。これはどう考えてもただのオタクであって漫画家ではないだろう。


いつから私はこうなってしまったのだろう。

私はたしかに根気がない。勉強は嫌いだったし、運動も苦手。音痴だし……。でも、漫画を描いている間はとても楽しかった。私はずっと漫画が好きだった。読むのも好きだが、描くのはもっと好きだった。だから、進学しろという親の反対を振り切って東京に出て、自活をしながら漫画を描き続けたのだ。

何度も何度も各社の漫画賞に応募して、ようやく小さな賞に引っかかって担当がついた。あとは自分でもいちいち覚えていられないほどたくさんの漫画を持ち込んだ。何か漫画を描く勉強になればと生活面が苦しくなるのは覚悟のうえで有名漫画家のアシスタントになった。


もう一年だけ、あと半年。


同級生たちが結婚したとか子供を産んだとか、そんな噂を聞くたびに自分の選んだ道のけわしさにため息をつきながら、あと一年、もう一年とずるずる時間だけが過ぎていった。でも、漫画を描くのが楽しかったのだ。そのころはまだ。


でも、いつのころからか、私は漫画が好きではなくなった。漫画を読むのは今でも好きだけれど……描くのは嫌になってしまった。

飽きてしまったのか、結局私は一番好きだったことさえ続けられないようなだらしない人間だったのだろうか。


そこまで考えて、私ははっと我に返った。

同じことばかり考えている。自分のことを考えた時、私はいつも自分の選んだ道への後悔と、自己嫌悪にまみれて我に返る。そういう時は必ず時間だけが過ぎていて、答えなど見いだせない。



自分のことを考えるのは嫌いだ。

自分の将来について考えるのも。

何も前向きな言葉が出てこないから。


私は根気がなくて、ジャガイモに似た顔で、頭が悪くて、要領も悪くて、漫画くらいしか描けないけれども、その漫画もプロになるほどではない。


「終わってる……」


そう、終わっているのである。今の私はもはや産業廃棄物のようなものだが、しかしそんな夢も希望も若さもなくした廃棄物であろうとも一応人間として生まれた以上、この先もなんだかんだでこのままうっすらと嫌な気分のまま、ずるずると生きていかねばならないのである。


自分の将来を考えるとあまりにも辛い。辛さのあまり、私はそこで考えるのをやめ、ベッドのわきに置きっぱなしにしたBL本を手に取った。いつものパターンだ。


エロシーンと純愛が絶妙なバランスで配合された680円の小説本。

私は自分の人生が嫌になった時、いつもここに逃げ込む。純愛とエロの世界。しかもすばらしいことに、BLの世界には私自身を投影してしまう女主人公というのは存在しない。そこにあるのは女のいない世界。私とは無縁のファンタジー世界だ。BLを呼んでいる間だけ、私は自分が容姿に恵まれない女であることも、そろそろ結婚出産を意識する年齢に差し掛かっていることも、自分がニートなことも忘れられる。この本の中には現実の私を連想させるワードなど何もない。ここは現実を思い出すきっかけなど何もない完全に安全な世界なのである。


うっすらと付きまとう嫌な気分はなかなか私を本の世界に没頭させなかった。何度も寝返りを打ちながら、それでも本を読もうとしていると、不意に扉をノックする音が響いた。


「は、はい!」

「先生、眠れないのですか」


三宮氏の押しついた声に、私は服装を整えるよりもまずBL本を枕の下に隠した。

「何か飲みませんか」

「え」

「なんでもありますよ。コーヒーも紅茶も、ココアもホットミルクも、お酒も」

「え、いやあの」

「リビングで待っていますね」



いちおう身なりを整えてリビングに出ていくと、三宮氏はそんな私を見て微笑んだ。彼はTシャツとスウェットのいわゆる寝間着姿だった。一緒に暮らしていながら、彼のそういう姿を見たのは初めてだった。三宮氏はいつもきっちりとしていて、寝る時間もスーツを着ているような気がしていた。もちろんそんなことはあるはずもないが。

私はいつの間にか自分が三宮氏のむき出しの腕を見ている自分に気がついて、あわててそこから目をそらした。一日中仕事ばかりしているのに、なぜか筋肉質……ってどこを見ているんだ私は!


「何を飲みますか?アルコールは大丈夫ですか」

「い、いやあの大丈夫ですけど、もうこんな時間ですしっ、じ、自分でやりますからもうその辺でお休み下さいっ」


もう明け方だ。三宮氏は朝早くから夜遅くまで働いているのだから、ニートの世話などしている場合ではない。一分一秒でも長く寝るべきなのだ。しかし彼は狼狽する私をよそに、実に楽しそうに何か作り始めた。

「て、手伝います」

「もうできましたよ」

三宮氏はふっくらした卵焼きをフライパンから皿に移し、そして細いグラスに何かおしゃれなカクテルを作ってグラスの中に細く切ったスダチ……ではなくライムを入れた。

驚くほど手際がいい。


「じょ、上手ですね」

「そうですか?バイト先で覚えたんです」

「バイトっ?社長なのに?」

思わず発したその言葉に、三宮氏は苦笑した。

「社長になってからはバイトをする時間なんかありませんよ。学生だった頃の話です。長期休みは結構バイトをしましたね。花屋の配達のバイトもしたし、家庭教師に居酒屋も」

三宮氏はいかにも育ちがよさそうで、私はてっきり彼は金持ちのお坊ちゃんなのだろうと思っていた。

その驚きが顔に出ていたのだろう、三宮氏は私の隣に座って話し始めた。

「僕は、わりと裕福の家で育ちましたよ。小学校の三年生までは公立の小学校に通いましたが、それ以降はずっと私立の学校に通わせてもらいましたし、家庭教師をつけてもらって、習い事もそれなりに。小遣いだって必要ならいくらでももらえました。

そうだ、僕の宝物の一つを見てください」


彼は立って自室に戻り、一冊の通帳を持ってきた。


「見てください」

「えっ、いやそれは、さすがに」

いくら本人がいいと言っても、人様の通帳を見るのは気が引ける。戸惑っていると、彼は自分で通帳を開いた。


「先生に見てもらいたいんです」


代表取締役の通帳なのだからさぞかしため込んでいるだろうと思いきや、そこに並ぶ数字は……思いのほか少額だった。


「え?す、すくなっ!!」


驚きとともに通帳をよく見ると、最初の振り込みの日時は10年ほど前だ。

通帳からお金を引き出した形跡はほとんどなく、ずっと十万円以下の振り込みだけが印字されている。その後三年ほど振り込みの記録だけが続き、七年前に数万円の振り込みが記録された後、通帳を使った形跡はない。残高は200万と少し。ニートの私よりは金持ちだが、しかしこれが代表取締役の預金残高かと思うと、日本経済の先行きはまだまだ暗い、ような気がする。


三宮氏ははじめの振り込みを示した。


「ここ、僕が初めて受け取ったバイト代です。当時の時給が800円で、交通費と食事補助で一か月56200円。少ないでしょう?結構働いたつもりだったんですよ、でも50,000円。僕がバイトを始めた時、両親がいい顔をしなかった理由がわかりましたよ。くたびれるだけで、少しもお金にならない。五万円ではうちのペットの餌代も賄えない」


五万円で餌代が足りないってどういうことだ。うちの茶色(猫)の餌代はおやつも含めて月に三千円でおさまっている。三宮家では競走馬かライオンでも飼っているのだろうか。それとも昨今話題になっている多頭飼育崩壊か。


「でも、これが世間の普通なんですよ。

僕はアルバイトをすることで、時給800円以上のものを学んだと思います。あの頃は働くことが楽しかったし、貴重な経験でしたよ。こうして卵焼きを作ることもできるようになりましたしね」


普通の人はお金が必要だからバイトをするのであって、そうやって稼いだお金は結局使う。でも、三宮氏の通帳は振り込みばかりで引き出した後がない。おそらくこのお金は三宮氏にとってはお金ではなく、三年間のアルバイトの思い出が数字になったものなのだろう。


やっぱり三宮氏は変な人だ。でも、初めて彼を変だと思った時から感じていたことだが、三宮氏の「変」は嫌な感じの「変」ではない。


「た、卵焼き、頂いてもいいですか」

「ああ、すっかり自分の話ばかりしてしまいましたね。どうぞどうぞ。うまく焼けているといいのですが」


こういう時の卵焼きはうまく焼けていなくても、卵の殻が入っていたとしても、それでも十分おいしいものなのだ。

私はふっくらと仕上がった卵焼きを箸で割り、湯気のあがる一切れを頬張った。

三宮氏は心配そうに私の食べる様子を見守っていた。


ほんのりと甘い卵焼きは、三宮氏の努力の味だ。


「お、おいしいです」

私がそう言った途端、三宮氏の表情が一気に柔らかくなった。

「先生に喜んでいただけて、嬉しいです」

柔和だけれどいつも落ち着いていて隙のない三宮氏が、こんなに柔らかい表情を浮かべる人だとは知らなかった。


「少しは気がまぎれましたか」


グラスを傾けながらそう言った彼に、私は頷いた。

どういうわけだろうか、その時、私は顔をあげることができなかった。





その翌日から、私は心機一転、漫画を描くために机と向き合い、寝食をも忘れて作業にいそしむ……ようなことはなく、一瞬にして元のだらしないニート生活に戻った。


かつての友人、灰田理緒に偶然再会したこと、彼女がいまだに私を友達だと思ってくれていること、三宮さんがちゃんとしたプロの漫画家の作品よりも、私のクソみたいな漫画を読みたいと言ってくれたことなどは嬉しいことだったが、しかしそれらはすでに私の中ではなかったことになっている。

開き直っているわけではないが、私は28年間だらしなく生きてきた人間だ。旧友との再会や三宮さんの心のこもった言葉くらいで改心できるなら28年間もだらしない人間として生きてはいない。だらしない人間とはそういうものだ。


私は毎日毎日BLの世界に没頭した。しかも人の書いたものをただ消費するだけで、読んだものを創作に生かすことなど思いもよらないという、生産性など一ミリもない生活を送った。


しかし、三宮氏に提示された三か月の期日と、そして100万円のことはさすがに忘れてしまうには厳しい現実だった。

だから何をやっていても何となくうっすらと良心が痛んだ。


約束の三か月をこのまま過ぎるに任せてダラダラしていても期日がくれば私は一文無しの住所不定無職になる。下手をしたら母も私も詐欺で訴えられかねない。そうなったら住所不定どころか立派な犯罪者親子だ。それは困る。しかし漫画は描けない。なんか……こう、漫画を描こうとするだけで胸も頭も痛むし指が震える。たぶんこれ病気だ。病気なら療養が必要。こんな状態で漫画を描いてもろくなものが描けないに決まっている。


私はデスクの上に置きっぱなしになったコピー紙をちらっと見た。

たぶんプロット的なものを作ろうとしたのだろう、そこには汚い字で「出会い→ハプニング→恋→ラブラブ!!」と書きなぐってある。中身がない。あまりにもない。昔の担当にこれを見せたらぶん殴られそうなレベルで中身がない。


そもそも三宮氏が読みたいのはこういう……ラブコメ的な何かではなくもっとハートウォーミングな家族の物語だ。ジャンルすら変わってないか。



だめだ。

やっぱり私はもう漫画は描けないのだ。でも犯罪者になるのは嫌だ。

三宮氏には悪いが私はさっさと仕事を探して働いたほうがいい。幸いここは都心。バイトならすぐ見つかるだろうからさっさと収入を確保し、少しでも三宮氏にお金を返そう……!!




というわけで、私は早速単発の軽作業の仕事を見つけた。昔は仕事一つ探すのにも求人誌や履歴書、履歴書に貼る写真など何かと必要だったが、今はネットで必要な情報を探し出して必要事項を打ち込むだけだから話が早い。

その気になってから二時間もたたずに私は仕事を探すことができた。もちろん正社員とは程遠い単発のバイトだが、それでもいい。三宮氏へのこの罪悪感がすこしでも薄れるのならば。


親に毎日のように仕事を探せと言われてものらりくらりとかわしていた私なのに、私は自力でバイトを探し、そして勢いあまって分の作業デスクを片付け、明日の仕事に備えてすこしだけ見栄えのいいTシャツを枕元にそろえた。

自他ともに認めるだらしない私が明日着ていく服を前夜に用意するなんて二十年ぶりくらいじゃないだろうか。


単発の仕事だけれど、どうか職場の人はみんないい人でありますように。いじめられませんように。

私はそう願いながらベッドに入った。














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る