　霊（れい）付き物件。そんな、おまけは要（い）らない。６部屋（へや）しかないところに半分（はんぶん）も霊（れい）に居座（いすわ）られていては、せっかくの家賃収入（やちんしゅうにゅう）が見込（みこ）めないではないか。とにかく成仏（じょうぶつ）してもらおう。

　「わしは、供養（くよう）さえしてもらえれば構（かま）わん。タケちゃんはどうじゃ。」

　一方（いっぽう）の皺（しわ）だらけの老婆（ろうば）が、歯（は）のない口（くち）でもごもごとしゃべる。タケちゃんと呼（よ）ばれたもう一人（ひとり）の老婆（ろうば）が口（くち）を開（ひら）く。

　「チヨちゃんが一緒（いっしょ）なら、わしも未練（みれん）はない。」

　二人（ふたり）の老婆（ろうば）は、一緒（いっしょ）にいられれば、この世（よ）でもあの世（よ）でもいいらしい。むしろ、別（わか）れたくない思（おも）いが未練（みれん）となっていたようだ。

　「マツさんも一緒（いっしょ）にどうじゃ。」

　タケさんが老紳士（ろうしんし）の霊（れい）に尋（たず）ねた。

　「わしは、まだ逝（い）けそうにないわい。」

　タケさんはゆっくりとアパートの中（なか）を見回（みまわ）した。別（べつ）の未練（みれん）がありそうだ。ここに戻（もど）ってきたということは、このアパートを建（た）てた理由（りゆう）に関係（かんけい）しているのかもしれないと、司（つかさ）は感（かん）じた。

　「そうじゃったな。」

　タケさんは少（すこ）し寂（さび）しそうにだった。

　とりあえず、２体（たい）はすぐに成仏（じょうぶつ）してくれそうだ。司（つかさ）は、近（ちか）くに大（おお）きな十字架（じゅうじか）が屋根（やね）に立（た）っている建物（たてもの）があったのを思（おも）い出（だ）した。金髪（きんぱつ）の牧師（ぼくし）が出（で）てきた。

　「シンプ、ヨビマス。」

　ブラジル系（けい）なのか、牧師（ぼくし）はあまり英語（えいご）は得意（とくい）ではないようで、片言（かたこと）の日本語（にほんご）を司（つかさ）に残（のこ）すと奥（おく）へ消（き）えた。

　「除霊（じょれい）ということであれば承（うけたまわ）りますが、あくまで信者（しんじゃ）さんへのサービスですので、まずはご入信（にゅうしん）いただかないと。毎週日曜（まいしゅうにちよう）の午前中（ごぜんちゅう）の礼拝（れいはい）に参加（さんか）していただきます。」

　流暢（りゅうちょう）な日本語（にほんご）だ。神父（しんぷ）は日本人（にほんじん）のようだ。留学当初（りゅうがくとうしょ）、日曜（にちよう）の午前中（ごぜんちゅう）にモールへ買（か）い物（もの）にいって、ほとんどの店（みせ）が閉（と）じていたことに驚（おどろ）いた時（とき）の記憶（きおく）がよみがえった。

　「霊（れい）２体（たい）を成仏（じょうぶつ）させていただきたいのですが。」

　司（つかさ）の依頼（いらい）に、神父（しんぷ）は苦笑（にがわら）いした。

　「ここは、カソリックの協会（きょうかい）です。成仏（じょうぶつ）ならお寺（てら）へ行（い）かれてはいかがですか？」

　アメリカ暮（く）らしの長（なが）かった司（つかさ）は、霊（れい）といえば協会（きょうかい）だと思（おも）い込（こ）んでいた。坊主（ぼうず）に知（し）り合（あ）いはいない。とりあえず、お寺（てら）を見（み）つけては飛（と）び込（こ）む。

　「宗派（しゅうは）がわからないと、お受（う）けかねます。地縛霊（じばくれい）なら神主（かんぬし）のほうがよいのでは？」

　どうやら、宗派（しゅうは）によって、成仏（じょうぶつ）させるためのお経（きょう）が異（こと）なるようである。隣町（となりまち）まで足（あし）をのばして、やっと供養（くよう）できるという一件（いっけん）を見（み）つけた。

　「うちは、神仏混合（しんぶつこんごう）ですから。どなたでも大丈夫（だいじょうぶ）ですよ。」

　眼光（がんこう）は鋭（するど）いが穏（おだ）やかそうな作務衣姿（さむえすがた）の住職（じゅうしょく）の言葉（ことば）に、司（つかさ）は安堵（あんど）した。

　「すぐお願（ねが）いできますか？」

　住職（じゅうしょく）はこころよく引（ひ）き受（う）けてくれた。お盆過（ぼんす）ぎで暇（ひま）だったのかもしれない。

　「こちらの二部屋（ふたへや）ですか？」

　紫（むらさき）の袈裟（けさ）を掛（か）けた住職（じゅうしょく）は、黒（くろ）の薄衣（うすごろも）を羽織（はお）った若（わか）い坊主（ぼうず）を一人連（ひとりつ）れてきていた。坊主（ぼうず）は法具（ほうぐ）を取（と）り出（だ）し、経本（きょうほん）とメガネを住職（じゅうしょく）に渡（わた）した。住職（じゅうしょく）はメガネをかけると

「うわっ！」

　と、部屋（へや）の奥（おく）を見（み）て叫（さけ）んだ。あわててメガネを外（はず）す。そして、気（き）を落（お）ち着（つ）かせると平静（へいせい）を装（よそお）った。

　「確（たし）かに、いらっしゃいますな。」

　声（こえ）が上（うわ）ずっている。司（つかさ）は心配（しんぱい）になった。

　住職（じゅうしょく）は別（べつ）の経本（きょうほん）とメガネを取（と）り出（だ）した。この住職（じゅうしょく）が間違（まちが）って掛（か）けたメガネこそ、祐二（ゆうじ）が見本（みほん）として預（あず）けていた霊視（れいし）メガネだったことを、司（つかさ）は知（し）らなかった。住職（じゅうしょく）は水（みず）を撒（ま）き、坊主（ぼうず）の鳴（な）らす鈴（りん）にあわせて読経（どきょう）を始（はじ）めた。声（こえ）は落（お）ち着（つ）き、力強（ちからずよ）さを感（かん）じた。当初（とうしょ）１本（ぽん）のはずだったお経（きょう）は、３本（ぼん）になった。経（きょう）ごとに役割（やくわり）があり、霊（れい）に死（し）んだことを自覚（じかく）させ、未練（みれん）を断（た）ち切（き）り、成仏（じょうぶつ）してもらうためには必要（ひつよう）らしい。住職（じゅうしょく）は、位（くらい）の高（たか）い僧侶（そうりょ）だったようで、二人（ふたり）の老婆（ろうば）は満足（まんぞく）げに消（き）えた。