日本再創生論6 環境社会ローカルガバナンス論

 日本の経済の再創生のテーマの第二は環境社会ローカルガバナンス論である。

 地方経済の再生は日本経済のリモデリングにとって最重要課題である。地方経済が活性化しなくては地方創生のメニューも実行できない。日本の最大の財産は地方の経済的な豊穣性である。大都市の経済は日本はもちろんアメリカからアフリカまで、どこでも似たようなものである。

 地方自治体は財政的に自立しておらず、いかにして国から補助金や交付金をもらうかばかりにかまけており、それは情けないことのように見えるかもしれない。これは国が国民から税金を集めて地方に投資する銀行ないしファンドなのだと見方を変えれば合点がいく。だが自治体が自立し地域経済の活力を復活させるためには国の投資だけではたらない。公共投資が民間投資を誘発するという呼び水理論も古い。地方への投資は国の予算にも政策にも頼らずに自治体が自ら創発するしかない。地方に投資を呼び込むためにESG投資基準を援用するのがESLG投資である。


 ESGとは企業に環境、社会、ガバナンスの三つの取り組みを求めることをいう。

 環境は工場の立地や製品の製造による環境影響だけではなく、原材料の製造と調達、製品の流通、消費、廃棄、再利用まで、原材料が企業の手に入る前から、製品が企業の手を離れて他の事業者や消費者に使われたのちまで、製品のライフサイクル全体の環境影響を意味する。こうした取り組みをライフサイクルアセスメント、あるいはレスポンシブルケアとよぶこともある。

 社会は文字どおりの社会的公正や社会的貢献のほか、非正規雇用やジェンダーの非差別など社内の公正も含む。

 ガバナンスは経営者の環境や社会への取り組み、社内手続きの公正を意味する。三つの中で一番重要であり、難しいのはガバナンスである。

 ESG投資とは、環境、社会、ガバナンスへの取り組みを通して企業経営を持続可能にするための企業評価に基づく投資である。投資すなわち資本がなければ資本主義経済においてはなにも始められないし、なにも続かないし、なにもえられない。あくまでも資本主義経済のメカニズムにおいて、ESG(環境・社会・ガバナンス)を実行している企業に投資をよぶための基準がESG投資基準である。

 これはESGを実行している企業が結果的にはステークホルダー(消費者、従業員、地域住民、取引先)の支持を受けて市場競争で優位になり、事業が長期間持続し、高収益率と高成長率を実現し、投資リターン率が高くなる可能性があるという期待に基づいた投資基準である。


 地方自治体が地域においてESGを実現するには、自らが行政庁(ガバメント)であるという認識を一旦棚上げにして、自らをESG(環境・社会・ガバナンス)組織体として再定義する必要がある。いわばESLG(環境・社会・ローカルガバナンス)である。

 ローカルガバメントとローカルガバナンスの違いは、前者では行政庁の外部に地域社会を対置しているのに対して、後者では行政庁と地域社会が一体になることである。

 地方自治体はもともと環境や社会に取り組んできた。というよりも行政庁が義務的に行ってきた公共政策としての環境事業や社会事業を民間企業にも敷衍したものがCSR(企業の社会的責任)であり、ESGであるともいえる。

 だからといって行政はESGの先例にはならない。行政庁はガバメントであるにもかかわらずガバナンスがないからである。議会、審議会、監査、監察など公正を担保するさまざまな仕組みがあるにもかかわらず、行政の意思決定システムは国でも地方でも極めて不透明であり、とうてい公正な意思決定をしているとはいえない。


 ESLG(環境・社会・ローカルガバナンス)は福祉国家論や福祉レジーム論のような国民所得の再配分論ではない。福祉は税金の使い道、つまりアウトプットの政策である。福祉にも経済効果があるといわれることがある。これは減税に経済効果があるというのと同じ理屈である。ところが給付を増やすには増税が必要になるから、福祉の経済効果は増税で相殺されてしまうのである。つまり福祉は国民所得の再分配であるにすぎず、福祉で国民所得を大きくすることはできない。もしもそれができるなら財政支出が増えれば税収も自動的に増えるということになってしまう。これはケインズの経済理論の誤解であり、こんなうまい話があるわけがない。むだな公共事業で日本の財政がどうなったかを考えればわかることである。

 ESLGの意図は国民所得を再配分する原資を作るために地方に投資をよび込むというインプットの政策、投資の受け皿論である。資本主義経済の本質は投資であり、投資あっての環境保全であり社会福祉なのである。


 国際的に標準化されたESG投資基準は、GSIA(世界持続可能投資アライアンス)によれば、次の7つに要約される。


 (1) ネガティブ・スクリーニング

 (2) 規範スクリーニング

 (3) ポジティブ・スクリーニング/ベスト・イン・クラス

 (4) サステナビリティ・テーマ投資

 (5) インパクト・コミュニティ投資

 (6) ESGインテグレーション

 (7) エンゲージンメント/議決権行使


 これら7つの投資基準をモデルとして、自治体にどのようなESG投資オプションが存在するか、あるいは投資オプションを創発できるかを考えるのがESLG投資である。これを国全体に拡張すればESSG(環境・社会・ステーツガバナンス)投資となる。


 (1) ネガティブ・スクリーニング


 ネガティブ・スクリーニングは環境と社会にとってマイナスとなる業種を投資対象から排除することであり、もっとも重要な投資基準とされている。具体的には軍需産業、酒タバコ産業、原子力産業、ギャンブル産業、農薬産業(化学産業)などが排除される。日本ではこれらの産業の企業が環境社会企業(CSR企業)として上位にランキングされることもある。ところが国際的なESG投資では業種自体がネガティブ・スクリーニングにかかる。

 自治体としては環境や社会にとって破壊的な産業、たとえば原子力施設、動物虐待施設、暴力的な組織とかかわりの深い産業、たとえばギャンブル店や風俗店を域内から排除しなければならない。これは都市計画や建築計画などによって自治体の権限行為として実行できることである。

 ちなみに日本のペットショップは国際的な動物愛護基準に照らすと子犬と子猫しか売らない動物虐待ビジネスということになる。売れ残って育ちすぎたペットの殺処分は動物愛護管理法改正(2013年)によってようやく禁止され終生飼養が義務付けられたものの、実際どうなっているのかは闇の中であるし、この闇の支配者がペット業界も支配している。


 自治体の投資価値を高めるために最も重要なネガティブ・スクリーニングは暴力団と違法ドラッグの排除である。これらを地域から根絶するため条例制定の動きが広がりをみせている。

 2020年の東京五輪開催に向けて都心では風俗店の一斉取り締まりが始まっている。高校生の接客を風俗とは無縁な居酒屋や喫茶店のアルバイトまで一律に禁止するといった行きすぎたネガティブ・スクリーニングも実施されている。JKリフレなどの高校生風俗は大きな社会問題だとしても、家庭の事情でバイトせざるをえない高校生もいるし、定時制や通信制の高校生もいるのに、高校生の一律アルバイト禁止はむしろ差別である。このために居場所を奪われた高校生が少なくなかった。さまざまな事情をかかえた若者にとってバイト先は居場所なのである。リストラでもされなければ大人は居場所(あるいは避難場所)という言葉の意味を理解できない。少なくとも都議会には高校生の居場所について理解する者が一人もいなかったようだ。


 (2) 規範スクリーニング


 ネガティブ・スクリーニングが業界丸ごと排除するのに対して、規範スクリーニングは企業ごとに環境規範や社会規範に照らして投資対象から排除するかどうかを判断する。規範には国際規範、国家規範、地域規範がある。ESG投資では国際規範を用いる。ビジネスが多国籍化している今日、国際規範でなければ投資基準にならない。

 しかし自治体が従う規範は多様であってよい。自治体がESG投資をよび込むためには、環境規範を厳密に適用し、規範に違反する企業や店舗に厳しく対処しなければならない。社会規範については、雇用差別、ジェンダー差別、障害者差別、過重労働、偽装派遣、偽装管理職、セクシャルハラスメントやパワーハラスメントなどの、いわゆるブラック企業が問題となる。

 自治体にとってもっとも喫緊の問題は、廃棄物の不適正処分、企業の過労死、学校のいじめである。これらを地域から一掃しなければESG投資価値のある地域は作れない。


 自治体は地域規範によるスクリーニングを創発することができる。地域立法(条例)によってローカルな規範を作ることができるからである。たとえば独自の環境規制として大気汚染基準や水質汚濁基準の上乗せをしている自治体が多い。また産廃税、里山税、観光税(宿泊税)などの特定目的税を実施している自治体も増えている。これらの独自規制や独自税制の組合せによって地域の立地企業をスクリーニングし、地域の環境と社会を望ましい方向へと誘導することができる。たとえば産廃の処分場が立地できない地域も作れるし、逆に環境企業を特定の地域に集積することもできる。

 教育、医療・福祉、労働、農林水産業など、どの分野でも環境と同様に自治体はやろうと思えば様々な規範スクリーニングを実施し、地域のESG投資価値を高めることができる。


 (3) ポジティブ・スクリーニング/ベスト・イン・クラス


 ESGに積極的に取り組んでいる優良企業を選抜するのがポジティブ・スクリーニングである。国際海洋認証(MSC)、国際森林認証(FSC)、ハビタット評価認証(HEP)がその代表例である。生きているガチョウから羽毛をむしりとったり肝臓をフォアグラ(脂肪肝)にするため生き埋めにして給餌していたガチョウの羽毛を使ったりすることから、動物虐待製品として糾弾されているダウンの非虐待認証もある。最近の本物のセレブは本物の毛皮(リアルファー)より動物虐待にならないエコファー(フェイクファー)を選ぶようであり、シャネルなどのハイファッションブランドからもエコファーやエコツイードのコートやバッグが売られている。いまどきリアルファーを自慢するのは環境に無知な成金趣味ということになる。

 自治体はさまざまな環境認証や社会認証を独自に制定し、優良企業や優良商品を認証し、あるいは推奨している。地域独自のブランド認証、生産者表示などを与えることにより地場産品の差別化を図っている。

 これは自治体のポジティブ・スクリーニングであり、ローカルブランド戦略あるいはベスト・イン・ローカル戦略である。特に食品では食肉、海産物、フルーツ、お米、酒類などの食材から、ご当地グルメ、ご当地スイーツまで、ブランド化に成功している自治体が増えている。

 多くの場合、ブランド化のキーワードは無農薬、有機、自然肥育、天然産、栽培漁業、完全養殖などの環境プレミアムである。今後は障害者雇用、同一労働同一賃金(非正規雇用差別撤廃)、労働協定(時間外労働基準)順守などをキーワードにした社会的ポジティブ・スクリーニングを地方から発信していくべきである。


 自治体のブランド認証能力が十分とは言えない場合もある。2005年に中京地域で起こったフェロシルト問題のように、環境認証商品が結果として著しい環境汚染を引き起こしてしまったこともあった。

 2016年には食品リサイクル法の優良業者登録を大臣から受けた廃棄物処理業者が、廃棄冷凍カツを再凍結して転売するという、CoCo壱番屋廃棄冷凍カツ流出事件が起こった。

 優良企業や優良商品の認証は推進すべきだとしても、自治体はそれぞれの分野の専門研究機関に委託したり助言を求めたりするなど、認証制度の制定と運用には慎重でなければならない。


 (4) サステナビリティ・テーマ投資


 これはエコファンドなど環境や社会をテーマにして投資信託(ファンド)のポートフォリオを組み立てることである。各証券会社からエコファンドが売り出されているものの、世界的に見ると日本は遅れている。政策投資銀行の環境格付融資などの間接融資のほうがエクイティファイナンスよりも普及している。

 自治体の取り組みとすれば、環境先進地域となることによって地域内の環境優良企業をポートフォリオに組み入れたファンドを証券会社に売り出してもらうことで、自治体のイメージアップを狙うことが考えられる。


 (5) インパクト・コミュニティ投資


 環境インパクトや社会インパクトのあるプロジェクトやベンチャー企業に対して投資を募る手法である。

 自治体がエコタウンの整備や再生可能エネルギー開発などでPFI(プライベートファイナンスイニシアチブ)による投資を募ることはすでに一つのトレンドになっている。間伐材を活用したバイオマス発電所をSPC(スペシャルパーパスカンパニー、資産流動化法による特定目的会社)として設立する方法がその典型であり、国内資本のみならず外資の参入もみられる。東京都中央防波堤のスーパーエコタウンは環境企業集積団地のモデル的な実施例である。

 アダプトなどの環境ボランティア事業に対するコミュニティ投資も自治体が取り組む投資手法となる。保育施設の投資不足が問題となっており、インパクト・コミュニティ投資手法による保育システムの拡充(24時間保育、新生児保育、学童保育)を推進すべきである。


 (6) ESGインテグレーション


 個別企業の投資価値の評価においてDD(デューデリジェンス)と非財務評価(ESG評価)を組み合わせる手法で、現在のESG投資の主流となっている。

 自治体の場合は公共事業の発注先の選定や工業団地の誘致企業の選定において、ESGインテグレーション手法を取り入れることが考えられる。

 公共事業の入札参加資格業者の格付け(総合点数、客観点数、主観点数)には、今でも環境評価項目があるにはあるものの配点はわずかである。ESGインテグレーション手法を全面的に取り入れるなら、客観点数は大幅に見直され、ESG企業が大型公共事業受注に有利になることから、ESG投資をよび込む効果が期待できる。


 (7) エンゲージンメント/議決権行使


 これはESG投資を行っている資本家が株主総会において議決権を行使し、役員選出や意思決定に関与し、あるいは役員を派遣するなどして、さらにESGを進めていくことである。

 自治体の場合は自らの意思決定システムをガバナンス化するとともに、ESG投資基準によって地域に進出したり投資したりした企業や投資家が自治体の意思決定にかかわるようにすることを意味する。具体的にはこれらの企業や投資家が各種審議会の委員を務めたり、首長選挙や地方議員選挙において役員や従業員が立候補したり選挙民として投票したりすることである。

 小さな自治体では昔から企業城下町といわれて特定企業の政治的影響力が強いことがあった。ESLG投資におけるエンゲージメントは、投資家や投資銀行や進出企業による自治参加である。議決権を行使して意思決定に関与するまでに自治体の未来に投資することによって、まさに自治体とESLG投資家の婚約(エンゲージ)が成立し、蜜月が始まるのである。これは決して癒着や談合ということではない。このためにガバナンスが重要なのである。地域社会とのエンゲージは企業だけではなく、学校、病院、宗教法人、レジャー施設などでもみられる。


 ESG投資は単なる金銭的リターンのための投資ではなく、環境と社会への投資がひいては金銭的リターンにも結びつくことを期待した投資である。このような投資を地域によび込むことは人口減少と少子高齢化で財政難に陥っている地方自治体の起死回生の手法になる。

 これまでの民間投資や企業誘致では環境と社会へのマイナスが懸念材料になり、住民の反対運動の契機ともなってきた。廃棄物処分場の建設はそうした反対運動の典型である。しかしESG投資基準によって廃棄物処分場建設を促すなら、住民の懸念の多くは払拭できるだろう。ESG投資では環境保全と社会的公正に配慮した開発が行われることになり、廃棄物処分場が環境汚染源になったり反社会的団体や企業の利権になったりすることはまずないからである。

 地域がESG投資の受け皿となることで地域の経済を復活させるため、自治体自らが率先してESGを実践することが、自治体が目指すべきESLG(環境・社会・ローカルガバナンス)である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る