日本再創生論2 非武装安全保障論

 日本の政治の再創生のテーマの第二は非武装安全保障論である。

 日本国憲法は失敗に終わったパリ不戦条約の第1条(戦争放棄条項)をほぼ同文で取り入れた世界で唯一無二の憲法である。不戦条約の平和の理想を正直に堅持しているという意味で、憲法第9条は世界遺産にふさわしいといわれ、実際に世界遺産化運動がある。

 アメリカは憲法第9条を日本に押し付けたのではない。むしろアメリカのリベラルエリートは不戦条約の平和の理想を日本国憲法に託したのである。不戦条約第3条により条約批准の認証はアメリカ合衆国政府の義務とされていた。アメリカは不戦条約の事務局だったのである。ところがアメリカも不戦条約を守っていないことを、GHQ憲法草案を作成したアメリカのリベラルエリートも、もちろんマッカーサー元帥も知っていた。当時の国際常識では商船の航行妨害は戦争行為だった。日本もアメリカも宣戦布告前からすでに商船の拿捕、抑留に踏み切っていた。ただ商船の便宜上の船籍国がパナマなどだっただけである。真珠湾攻撃の前に戦争の火蓋は事実上切られていたのである。不戦条約を反古にするとはいえないアメリカは、新憲法に不戦条約の戦争放棄条項を取り入れるという幣原喜重郎首相の開き直りのような提案を歓迎せざるをえなかったのである。

 憲法第9条は東京裁判で一方的な侵略者とされた敗戦国日本が戦勝国アメリカにつきつけた強力なアイロニーである。これをアメリカの押し付けであり、日本の独立のくびきだと解するのは再軍備派が設けた偽の憲法伝説である。日本がアメリカの軍事同盟国でありながら、朝鮮戦争にもベトナム戦争にも湾岸戦争にも後方支援をするだけで直接参戦せずにすみ、日米安全保障条約という前代未聞の片務条約を今日まで維持できたのは、幣原の捨て身の皮肉のおかげである。もちろんこれからもこのままでいいとは言わない。この枠組は戦争に向かってエスカレートしており、東アジアの平和すなわち日本の安全保障のためにもはや寄与していない。


 日本の歩むべき道は安保闘争時代に盛んに説かれ、今は廃れてしまった非武装中立論の復活である。これこそが日本国憲法の素直な解釈である。この理想を実現するためのあらゆる試みを進めるべきであり、大国の都合を糊塗する詭弁にすぎなくなった集団的自衛権や核の傘は無用である。非核非武装中立の安全保障を追及する国を増やしていくこと、すなわち軍事同盟から離脱して非武装同盟を広めていくことが、とりもなおさず非武装中立国の安全保障を高めるのであり、抑止論という詭弁に依らず、いつか非武装の永久世界平和を実現するための険しくても正しい道なのである。

 ただし安全保障の代案なしにいたずらに日米安保条約を破棄し、むやみに自衛隊を解散するわけにはいかない。自衛隊(SDF)を非常事態救助隊(EMT)に改組し、非常事態のメニューに国内の災害救助や安全保障上の有事への対応、さらに国外の災害への援助、国際紛争への平和的介入を加えれば違憲の問題は解決する。二国間の片務条約という変則的な日米安保条約は環太平洋非核平和条約(トランスパシフィック・ノンヌークリア・ピーストリーティ)へと発展的に転換すべきである。これには東アジアのすべての国と地域が参加するよう働きかける。

 日本が目指す平和外交は脱アメリカ主義にほかならない。これは米軍からの日本の軍事的独立とは真逆である。TPNNPT(環太平洋非核平和条約)は太平洋の非核化と非武装化をめざすものだからである。日本はこの条約の事務局になる資格がある。なぜなら日本だけが平和憲法を有するからである。この意味でも日本は決して憲法第9条の戦争放棄、戦力不保持、交戦権否認の3原則を手放してはいけない。自衛のための戦力保持という4つめの原則はいらない。個別自衛権は自明だという現在の憲法解釈で十分である。もしも第4の原則を加えるとするなら非同盟である。いかなる軍事同盟にも加わらないと明記すべきである。


 安全保障は国の仕事とされ、地方自治体は、Jアラート(現代版空襲警報)のような意味がわからない国の安全保障施策に唯々諾々とし、あるいは日米安保条約と日米地位協定の都合に翻弄されるばかりのように見える。東京都心でJアラートを発したらどうすればいいのか、あるいはどういうことになるのか聞いてみたいものである。

 福島第一原発事故による放射能の雲が東京都心に迫った2011年3月14日、都民や都心滞在者に屋内退避命令を発することは見送られ、政府機関や外交官署にだけ事前に危険が伝えられたようである。SPEEDIによって予知できていたからである。この結果外国人だけが都心から逃げ出した。これは賢明な措置であり、当時の民主党内閣の対応を非難すべきではない。そんなことをしていたとしたら東京は未曽有のパニックに陥って凋落し、五輪誘致どころではなかっただろう。同様にパニックをあおるだけのJアラートを都心で発することは不可能だろう。民主党政権はやることなすこと裏目に出た不運な政権だったけれども、脱官僚などやろうとしていたことは再評価すべきである。もっと慎重に臨めばよい政策はたくさんあった。自由民主党政権はそれをいいとこどりしている。


 地方にできる安全保障は、地方の国際化と地方発の国際公論の形成である。外国人の観光客を増やし、移住と定住を促し、外資企業を誘致し、外国人学生を学校に受け入れ、あるいは国際交流のための学校や団体を設立することである。また外国の複数の都市と友好都市となり、ビジネスや留学の交流を深めることである。こうした国際化の際に外国人の賃金が日本人より低かったり、部屋が借りにくかったり、学校でいじめられたりといった差別を絶対に許してはいけない。外国人が住みやすい地域を増やすことは、ひいては外国人が住みやすい国につながっていく。これを安全保障に結びつけるには情報発信が重要である。SNSを使って本国に向かって地方から情報発信し、地方から国際公論を形成していくのである。

 都道府県や大きな市には国際化を担当する部署があり、職員の海外研修制度もある。海外に職員を駐在させている自治体もある。しかし成果をあげているかというと疑問である。

 地域に留学経験や就労経験がある外国人を帰国後の自治特使として任命し、国際交流の絆にすれば、二三年で交代する駐在員よりも効果的でコストパフォーマンスも高い。このような自治特使を全国自治体が5、6人ずつ作れば1万人になり、外務省よりもずっと大きなマンパワーになる。この取り組みはどの自治体でもすぐにできる。自治体が育てる国際交流のマンパワーは国際平和のソフトパワーにつながる。


 北朝鮮が日本の安全保障の切迫した脅威として連日のように報じられている。なぜ北朝鮮と日本は隣国なのに友好国になれないのだろうか。日本には在日北朝鮮人(太平洋戦争終戦時の取り決めによって、日本国籍はもたないけれども特別永住権や一般永住権をもつ人とその家族)が約3万人住んでいる。すでに日本国籍を取得した人(帰化した人)もいるだろうし、日本人と結婚した人もいるだろうし、その子孫もいるだろうから、この数は少なくとも10倍すべきだろう。この人たちはそれぞれの地域に定着し、仕事と家族を持ち、国籍はなくても実質的には日本人として、あるいは日本人と融和して暮らしている。それなのにこの人たちが友好の架け橋になるどころか反日運動の支援をしていたりもする。

 なぜこの人たちのソフトパワーを安全保障につなげられないのか、つなげようとしないのか疑問である。それができないのは日本人の問題である。地域からこの事情を変えていかなければいつまでも隣国とのわだかまりが続くだろう。

 同様の事情による在日韓国人は約45万人、在日中国人は約25万人おり、これも10倍して考えるとすればもはやマイノリティとはいえず、アメリカのユダヤ人や東南アジアの華僑のように政治経済を支配するメジャーになっているかもしれないし、実際になっているだろう。在日系企業なしにはスマホも使えないし、ネットショッピングもできないし、テレビドラマも視られない。それなのに韓国や中国でいつまでも反日感情が続いていることに対して、メジャーになったこの人たちがなんらの情報発信をしないのも不思議である。この状況も一人一人の情報発信による国際公論の形成で解消していくことができる。

 国籍法により二重国籍は一切認められていない。しかし在日問題を解決するには二重国籍の容認が有効な手段である。日本で生まれた二世三世も多いのに日本国籍への帰化が進展しないのは、本国の国籍を喪失することに抵抗感と不都合があるからである。通名の使用といった中途半端な措置ではなく、二重国籍を認めれば帰化のメリットだけが残り不都合は消える。

 反日感情を煽る方が好都合な人もいるだろう。しかし多くの人にとって隣国との諍いには互いになんの利益もない。隣国を変えようとするのではなく、まず日本が変わらなければならないし、実際に人々が暮らしている地域から日本を変えていかなければならない。


 これからの100年、日本の安全保障にとってほんとうに重大な脅威は、中国(一帯一路)とアメリカ(グローバリズム)のパワーバランスの不安定であって、北朝鮮の核問題はこの2つの超大国(すでに大国はなくなったとするG0論もある)を悩ませる小さなトゲでしかない。かつての大英帝国(インド)とロシア帝国の緩衝地帯として、アフガニスタンが戦火の絶えない不幸な歴史を担わされたように、北朝鮮もアメリカ(韓国)、中国、旧ソ連の緩衝地帯とされた同情すべき国である。北朝鮮のみならず日本もアフガニスタン化しないともかぎらない。

 中国とアメリカ、さらにロシアに挟まれている小国という意味において、南北朝鮮と日本はむしろ地政学的な運命共同体である。この3国が諍い(従軍慰安婦問題、竹島・独島問題、日本海・東海問題、拉致問題等々)をやめないことは、中国、アメリカ、ロシアの思う壷である。中国はアメリカがどこまで本気で対中戦争をする気があるかを試すために尖閣諸島を使っている。アメリカもまた日本の上空を飛行する北朝鮮の核ミサイルを使って中国を牽制している。日本も南北朝鮮も両大国が直接対峙せず相手の出方をうかがうための斥候にされているのだ。そしてロシアが虎視眈々と漁夫の利を狙っている。

 日本と南北朝鮮が大国の代理戦争をするいわれはない。つまり自衛隊も、日米安保条約も、平和安全法制(集団的自衛権)も、ましてや憲法第9条改正も、日本の安全保障の役に立たないどころか大きな害悪となるだけである。日本を守る唯一の道は南北朝鮮と和解して3国間の代理戦争を回避し、憲法第9条を盾にして非核非武装中立を宣言し、いかなる軍事同盟からも離脱することである。この宣言によって米中ロの覇権(再超大国化)を不安に思っている世界の多くの国を味方につけることができる。そして東アジアの平和を世界の平和へとつなげていくための下地を作っていけばいい。いつまでもアメリカの核の傘の下にいては非核平和への発言力を失うばかりである。これからの100年、これが日本のすべきことである。

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