28 住宅と仕事
キャンディは両親と兄の4人家族で、両親は別々の仕事を持ち、兄は法律と電子工学と美術を学ぶ20歳の自由学生で未婚である。自宅はエリアフォー西地区(ウェストブロック)のマンションで、別荘が田舎にある。
マンションは40階建てで、キャンディの家は25階にあった。4人家族のために個室が4部屋あるそうだ。他の国のマンションとの大きな差は各階に広い共用スペースがあることで、シェアバイクはここに停められている。オープンダイニングがあり自炊しなくてもケータリングによる食事をとることができる。国有のマンションで家賃は管理費程度しかかからない。グループの構成員(社員)の場合、家賃全額支給が原則である。このためもあり持ち家は不利である。日本でも給与の家賃全額手当及び所得税の家賃全額控除を認めれば、空家を増やすだけの持ち家政策を方向転換できるだろう。
別荘は海岸沿いの高台にあるペンションの一棟だという。別荘は抽選で決まり、5年ごとに住み替えになる。都心のマンションからバイクで3時間かかる。別荘の家賃も管理費程度である。
この国の住宅政策は1F3H(1ファミリー3ホーム)といわれる。都市居住者は郊外に別荘を持ち、郊外居住者は都市に別荘を持っている。さらに学生が共同生活をするためのホステルがある。夫妻には同居義務がある。子には親との同居義務がなく、ホステルで共同生活をしながら気が向いたときだけ帰宅するのが普通である。このため家族が毎日同じ家で生活しているわけではなかった。これを分散同居という。
キャンディの両親は終末の3日間を別荘で過ごすことが多い。この国の勤務形態はフレックスタイム制なのだが、結果的には週休3日制に近いという。彼女は両親の仕事を教えてくれなかったけれども、父は元代理士(法的代理業)、母は元ダンス教師らしい。これらの仕事は今では人工知能と仮人に置き換えられている。現在の仕事はついにわからなかった。たぶん一つではないようである。両親の生計は別で、夫妻間の相互扶助という考え方はない。ハウスワイフ(主婦、夫人、家内、奥様等々)は差別用語である。年金はなく、またリタイヤ(定年)という考え方もなく、働ければ生涯働くそうである。
都市の住宅はすべて低層階を商業施設とした高層集合住宅である。これを商住複合原則という。都市の戸建住宅や木造住宅は禁止されており、歴史的景観地区を除いて木造低層住宅は整理されている。
歴史景観が保全された木造低層住宅地区(町屋地区)もあり、徹底した防災対策が施されている。耐震補強、予知機能付き警報装置、屋内・屋外自動消火装置、延焼・類焼防止壁はいうに及ばず、地下避難通路の設置も義務である。
観光資源となっている農山漁村では景観保全がさらに徹底しており、木造低層建築が集落ごと保全されている場合も少なくない。ディヒストリア様式に沿って新築住宅が取り壊されて旧家に戻されていることもある。ただし防災対策が万全でない場合、使用は認められても居住は認められない。
人口が減少しているのに、一方で既存住宅を壊し、他方で新築住宅を建てることはむだだから、この国では住宅が新築されることはまずない。住宅の外装デザインの変更は街並みと景観的に調和するかぎりにおいて認められている。住宅の間取りや内装の変更は住宅の構造に影響を与えなければ自由である。集合住宅では住み手が変更される都度内装が変更されるのが通例である。集合住宅を退去するとき原状回復の義務はない。住宅の構造にかかわる大修繕と解体は都市保全委員会の承認によらなければならない。
フレックスタイム制とともに、ノマドまたはテレワークが都市の新しい働き方として普及している。オフィスがなく、オフィスがあったとしてもデスクがなく、営業先と自宅、カフェ、車内、レンタル会議室などを転々としながら仕事をする会社員、特に営業社員をノマドワーカーまたはテレワーカーという。こうしたノマドの働き方は多国籍企業では常識といわれている。オフィスがなければ時間外勤務が曖昧になるからよい働き方とはいえない面もある。そのかわり節減した固定費を歩合給(成果給)に回したり高額の住宅手当に回したりしているので労働分配率は高くなっている。ノマドとパートタイマーの違いは、ノマドが正社員であり成果報酬または定額報酬であるのに対して、パートタイマーは非正規労働者であり時間賃金だという点である。雇用者からすればオフィスのキャパシティという制約なしに社員を増やせるノマドは、パートタイマーやフレックスタイマー以上にフレキシブルである。
カコトリアにはそもそもオフィスも工場もなく勤務時間もないから仕事はすべてノマドである。カフェは教室だけではなく、オフィスや会議室にもなっている。非正規雇用や時間賃金労働は差別として禁止されているのでパートタイマーはいない。
ノマドのいいところはフリーターでなくても副業ができることである。ノルマさえこなせば余った時間にはなにをやってもいい。自動車がまだある国では夜間や休日に社用車を私用に使っても大目に見ることが多い。どうせ管理できないからである。複数の会社(カコトリアではグループ)に多重就業も可能である。実際女性はモデルやヨーガインストラクターなどの副業を就業後も続け、男性ならスポーツインストラクターや芸人などを副業にしている。これをダイバーシティワーカー(多重職)という。いわゆる二足のわらじである。仕事と趣味の垣根がなくなるので劇団やダンスカンパニーの活動も盛んで、学生と社会人の差別もない。
カコトリアでは兼職を禁止する就労契約(グループ参加契約)は違法とされている。このため一人十以上の仕事をかけもつことも珍しくない。そこから生涯の天職を絞り込んでいく。職業の多重化は仕事時間の管理が難しく、過労の原因になりかねないため、スマホのパーソナルシフト管理機能によって過労による健康障害が未然に防止されている。健康を害してまで仕事をしようとしてもシフトがオートロックされる。
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