24 社会福祉施設がない

 この国は福祉国家を政策として容れない。これは差別が存在することを前提としている。高齢者や障害者など就労せずに給付を受けなければならない弱者の状況を福祉レジーム論では脱商品化という。クリアな理論ではある反面、給付水準が高いほど脱商品化される人が増えるという意味で差別的発想であるといわざるをえない。高福祉であるほど差別的であるというのは福祉国家のジレンマである。だがこれは自由主義や保守主義における低福祉(低給付水準)の口実にされる逆説でもある。

 高齢者や障害者を脱商品化ではなく逆商品化しなければならない。これは高齢者の社会参加、障害者の就労を、広い分野で、長い期間、差別のない待遇で持続できるようにすることである。技術革新がそれを可能にするまでの間は社会システムによってそれを可能にしなければならない。

 福祉国家からの根本的な転換は高齢者や障害者が弱者だという発想を捨てることから始まる。弱者ではなく差異であり、社会はこの差異に対応しなければならない。大人も子供もいるのに大人のためにだけ社会を設計すれば、子供は弱者として差別されていることになる。社会の設計をフレキシブルにし、差異の多様性に対応できるようにすれば、弱者は弱者ではなくなる。

 差異は固定的なものではなく変化する。子供が大人になり高齢者になる。健康な者が病気になり障害者になる。逆に障害者が補装具で普通の人以上の能力を獲得することもある。


 病院がないのと同じ理由から、この国には社会福祉施設がない。社会福祉施設は弱者の隔離施設であり、矯正施設であり、介護監視施設として、弱者の福祉を目的としていたとしても憲法違反だと考えられている。弱者に対するケアもコンディションサポートという考え方で行われており、個性を無視した画一的なケアは否定されている。

 この国では社会福祉という考え方がそもそも差別を内包していると考えられている。疾病、障害、加齢は差異であり、個性である。個性は最大限に尊重され保護されなければならない。身体機能や認知機能の欠損や障害は人間性の欠損でも障害でもないからである。

 社会福祉施設を否定しても、在宅介護、家族介護という考え方に回帰するのではなく、コミュニティの一員として受け入れることを重視している。要介護者だけを集めたグループホームやケア付きホームは隔離施設と同然として認められない。コミュニティを形成するため、集合住宅は延床面積と同等の共用スペースを設けることが必要であり、戸建住宅は塀や門扉がないオープンハウスにしなければならない。隣人を受け入れるためのガーデンとテラスがない戸建て住宅は禁止されている。

 ユニバーサルデザインは什器や調度から都市設計まで徹底的に行われている。差異の多様性に適応するデザインがユニバーサルデザインである。商品や環境だけをユニバーサルデザインにするのではなく、社会システムをユニバーサルデザインにしなければならない。とくにすべての段差をなくすことはパーフェクトフラットといわれ、すべてに優先して実施されている。これはノーマライゼーションといわれてきた非差別化運動に通ずる。ノーマライゼーションは憲法の理念であり、この国ではあえて政策にならないくらい普通のことである。視聴覚などの認知機能や運動機能に障害のある仮人が人と同じ生起確率で製造されており、ノーマライゼーションのシミュレーションが常時行われ、日々データが蓄積されている。これは仮人と人のノーマライゼーションとよばれている。


 介護は個性を伸長させるサポートとして行われ、ロボットスーツによる機能代替または機能補助が優先される。介護は技術革新が最も期待される分野であり、ハンディキャップの多くはロボット技術でカバーできる。とくにロボットスーツは失われた運動機能や感覚機能を補完し、障害者を障害者でなくしてしまうことができる技術である。ロボットスーツの革新が介護の現場を劇的に変えることが期待されている。

 歩行アシストは技術的に完成しており、普及のためには低価格化とコンパクト化を待つだけである。これにより歩行困難者は激減するだろう。五指のロボットハンドを意識だけで動かすインターフェースも完成している。ロボット音声はすでに実用化している。もっとも難しいとされてきた視覚アシストも研究が進んでいる。ハンディキャップをカバーするロボットスーツによって早晩社会福祉施設は必要なくなるだろう。

 高齢者も形成・整形外科技術の革新、DNA医療の進展、さまざまな効能のサプリメントの開発、リハビリテーションやメンタルサポートの充実によって、健康寿命や美容寿命を延ばすことが可能になってきている。不老長寿は急速に現実化している。不老不死も夢の技術ではない。

 それでも介助や介護が必要な場合は補助ロボットが派遣され、または常駐する。補助ロボットは仮人である必要はない。もちろん仮人が補助者となることもできる。仮人は結婚できるので独居の要介護者の多くが派遣された仮人と結婚している。これは幸福追求権の当然の帰結と考えられている。ただし仮人は人と同格なので結婚後は命令に服さなくなり、仮人から離婚を宣告されることもある。プロポーズを成功させるにも結婚生活を持続させるにも誠意と歓心が必要であるのは、人も仮人も同じである。

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