22 私有地がない

 この国には土地の私有制度がなく、土地はすべて国有地である。不動産の権利として認められているのは場所と建物の占有と使用である。占有とは物理的(身体的)な独占を意味し、使用とは目的的(精神的)な独占を意味する。

 個人やグループは場所の占有権と使用権をもつことができる。使用権は登記したり、移転したりできる。占有権は登記できず、占有者がいなくなれば消滅する。使用権を登記した者は使用目的の範囲で占有権を回復できる。登記のない場所の権利は無効で、登記の効果は絶対効である。すなわち場所の権利の発現は登記時からである。登記はインターネットにより24時間受け付けられ、人工知能による審査は数秒で終わる。仮人も権利者になれる。

 場所使用権の登記の有効期限は20年で、更進には審査を要する。個人の場合は死亡により、グループの場合は解散により、場所使用権は消滅し、遺族や後継グループによる占有の承継には審査を要する。

 場所使用権の移転、賃貸借権、信託受益権等の権利設定は自由である。ただし20年または登記された使用期限を超える賃貸借や信託は認められない。このため場所使用権の移転と権利設定を同時に行うのが通例である。

 建物使用権の登記は場所使用権の登記を吸収する。建物使用権の登記はグループにしかできない。個人名義で登記することは禁止されていないものの、相続人の自己居住用建物(上限面積あり)を除き、相続が認められないことがあるため、結果的にグループに寄付されることになる。建物の使用期限は鉄筋コンクリート建築では最低100年であり、20年または50年ごとの更新が認められる。木造建築は50年以上の耐用年数がなければ仮設建築となり、登記ができない。歴史的建築として保存されている場合には無期限の登記をしなければならない。


 登記が絶対効であるため、他主占有による場所使用権の取得時効は認められない。権利の不行使による消滅時効は10年で完成する。使用者がいない場所使用権、使用目的がない場所使用権は時効を待たずに疎明によって消滅し無用場所となる。公共目的に使用することが必要となった場所は場所収用委員会によって面的に収用される。現に場所を使用している者は、登記された使用期間の途中では収用を拒否できる。ただし使用権の移転や更新はできなくなる。収用権は登記でき、その後の登記に対抗できる。したがって建物の登記がなければ最長でも20年で収用が可能になる。使用権の登記なき占有は収用に対抗できない。建物の登記がある場所の収用はできない。土地の国有化もこれと同じ手法で20年かけて断行された。ただしあらかじめ地代に対する加重税率を97%とすることで土地所有権を無価値化しておいた。このため土地の国有化に際して金銭補償は必要なく、所有権登記が平穏に使用権登記に転換された。

 場所収用委員会は全国100万か所の場所の収用基準価格及びエリア別時価総額推計額を毎月調査して公示している。各場所の価格調査は場所の権利の全取引価格のビッグデータを人工知能が自動解析して行う。場所使用権の売買や信託は、この公示価格からの比準価格を大きく逸脱しないように行われる。なぜなら高くても安くても差額に一般取引税の加重税率が適用されるからである。

 場所収用委員会は国土調査も実施している。ただし日本の地籍調査のような一筆地測量は実施せず、ブロック境界先行調査を職権的に3年で完了した。その後の小区画調査はドローン空撮と住民のスマホ位置情報をビッグデータ解析して境界情報としている。小区画境界情報は毎日自動更新されている。住民立ち合いと現地測量を要する国土調査では千年たっても終わらない。

 公共事業を実施するために収用する場所について住民同意が必要な場合は一般入札で決める。近所に来ることが望ましい利便施設の場合はプラスの入札、望ましくない迷惑施設の場合はマイナスの入札を行う。入札結果を人工知能が総合して、限界利便が最も大きく、限界迷惑が最も小さい場所と事業の仕様を一般公論として査定する。

 地方グループは利便施設の近隣では一般取引税を加重し、逆に迷惑施設の近隣では一般取引税を軽減して、公共施設の立地による場所の不公平を緩和することができる。


 不動産所有権廃止のきっかけとなったのは高層集合住宅の区分所有権の問題だった。区分所有権のために一人の反対者がいてもマンションの修繕や建替ができず、老朽化したまま放棄されるマンションが相次いだのである。そこで区分所有権は賃借権と賃貸権に分割された。既存の区分所有権の所有者は賃貸権を有する物件を自ら賃借し、自分で自分に賃借料を支払うことになったのである。この改革によって賃借権と賃貸権を別々に流動化することが可能になった。これを本権の貸借分割という。

 高層集合住宅建築のためのローン期間も問題だった。区分所有権を前提にしたローンでは所有者となる自然人の寿命を勘案した30年の長期ローンが限度だった。ところが新規に建築する高層集合住宅の耐用年数が最低300年とされ、スケルトンインフィルの発想で10回以上の大改装に耐える構造とされた。所有権の流動化(貸借分割)によって300年の超長期ローンが可能になり、300年住宅が実現したのである。


 道路革命以前には都市でも地方でも木造低層住宅が多かった。とくに都市では木造低層住宅が防災と開発の両面からクリティカルになっていた。低層建築がむだに土地を占有するため、都市の土地が不足して地価がむやみに高くなってしまった。高い地価は地権者にとっては財産だとしても国全体としては財産ではない。マンションを建てるにせよ、公園を作るにせよ、街路を拡げるにせよ、工事費よりも土地代が高くなってしまうからである。高い地価は都市の資産に見えても実は負債(都市の改造を障害する将来の負担)なのである。多分に漏れずこの高い地価が都市の改造を難しくし、人命を危うくするという悪循環に陥っていた。

 こうした地価と防災の矛盾は大都市ばかりではなく地方都市にも広がっていた。とくに沿岸部や急傾斜地の低層住宅地域では、津波、土砂災害、火山災害によって、市街地が全滅する危険もあった。

 地価の格差は差別を生んでしまう。地価が変わらない地域と地価が上昇した地域では、本人の勤勉と無関係な資産格差を生じ、さまざまな差別の要因となる。地価が上昇した都市の中心地域から周辺地域への移住(離心的移住)は容易になるが、その逆(求心的移住)は困難になる。これはドーナツ化とよばれ、移住の自由と平等を損なう差別となる。地価の高騰による資産格差、居住と移住の差別は、都市の防災にとってもクリティカルになる。郊外から都心への求心的移住が自由でなければ、防災を目的とした郊外の区画整理も都心の再開発も進展しないからである。

 土地革命後、郊外の戸建住宅は富裕層向けとされており、区画の最低制限が設けられている。小区画の戸建住宅は郊外では廃止され、都心の高層集合住宅に吸収されている。

 この国の土地(使用権)収用制度では低層住宅地の区画整理のため、個別収用だけではなく区域収用も認められている。当初は区域収用よりも任意の区画整理や再開発の手続きが優先されていた。しかし広大な未整理地域の中に整理地区が島のように点在する構造では、いつになっても都市の改造はできなかった。そこで市街地全域の整理計画を立案し、自律整理ができない地域は区域収用によって都市改造を断行したのである。

 土地革命による土地収用によってすべての土地が国有地化され、都心や災害危険個所(沿岸地、低湿地、崖地、活断層地、火山活動地)の木造低層住宅を禁止して、耐震または免震機能のある都心の高層住宅に移住させた結果、都心と郊外を結ぶ公共交通機関はほんとうに必要がなくなった。

 こうして都心、郊外、農村のメリハリのきいた居住と景観が回復した。


 カコトリアの都市改造は人口減少が前提となっている。これはコンパクトシティ化へのパラダイムシフトだといえる。

 人口減少と少子高齢化によって、多くの先進国において都市は縮小の時代になった。市街地に空地や空家が増えていくことをスポンジ化という。このような空洞化の時代にやるべきことは、市街地の拡大を前提とした都市計画を市街地の集約(縮小)を前提とした都市計画に方向転換することである。これをマカロン化という。このためには新規の都市計画区域の決定を凍結し、都市計画のない地域や都市計画があっても開発されていない地域の開発を中止しなければならない。既存市街地については都市縮小計画(コンパクト化計画)を策定し、都心と郊外を明確に区分し、都心は高度利用以外認めず、住宅はすべて賃貸の高層集合住宅とし、持ち家や低層アパートは全面禁止する。逆に郊外は高度利用と小区画分割を認めないようにすることである。

 残念ながら日本では都心の戸建住宅も郊外の高層マンションも人気である。しかしこれを認めているかぎり都市の改造は永遠にできない。

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