16 農林水産業がない
この国には農林水産業がない。
ドローンアイによるハイブリッド観光で一番人気の農村風景は外国人から理想郷と賛美されていた。ところがこれはディヒストリア様式によって100%観光用に演出されたものであり、映画のセットやロケ地のようなものだった。この国の農業は農村の景観保全のために行われており、農作物は農村の四季折々の景観が最も美しくなるように計画的に栽培されているだけで、旬がすぎれば交換され、食用にはされない。いわば街の植栽と同じである。
畜産も牧場の景観保全として行われている。家畜は見た目を重視して選択的に肥育されており、食肉用でも搾乳用でも採卵用でもない。ただし農作物とは違って家畜は憲法の共生原則によって寿命が尽きる前に屠殺することができない。これを永久肥育という。農産物自給率は0%であり、食糧はすべて輸入に依存している。ただし食肉はすべてフェイクである。鶏卵の輸入は問題ない。
林業も同様であり、山林の景観を保全するためだけに植樹や間伐、下草刈りが行われている。樹影のいい木が多い森林は高い評価を受ける。ドローンは山林の中でも自由に飛行できるので、バーチャル森林浴やバーチャルバードウォッチングが人気の観光になっている。瀑布の滝裏、火山の火口の探索も盛んである。カヌーの川下り、川魚の渓流釣りもバーチャルに経験できる。熊などの野生動物にドローンが近づくことはできない。接近したい場合は無音で飛行できるフローン(超小型飛行船)をオプションする。これらのエコツーリズムのために重要なのが山林や渓流や火山の生態系の保全である。生産材の切り出しは禁止されており、木材自給率は0%である。山菜や茸や蜂蜜の採集もできない。
水力発電や木質バイオマス発電は禁止されている。自動車が走るために舗装された林道はすべて撤去された。
水産業は水中の生態系を理想的に保ち、水生生物多様性を保全するために行われている。つまり水産業はあっても漁業はない。漁村の景観保全のため漁船は整備保存されているものの、デモンストレーション以外で漁に出ることはない。そもそも津波の危険がある旧来の漁村には人が居住していない。この国の水中の景観は多様性に富んでおり、マローン(潜水ドローン)による湖中や海中のオプショナルツアーがドローンによる空中観光に劣らず人気を博している。ホエールウォッチング、トローリングもバーチャルに経験できる。最近のお奨めツアーはダイオウイカや深海ザメ目当ての深海探検である。研究調査目的を除いて水生生物の採集は全面禁止されており、水産物自給率は0%である。
このように農林水産業は環境を保全し、観光を補完する産業であり、食糧や木材を生産する産業ではない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます