17 工業がない

 この国には工業がない。かつて最大の裾野をもつ産業だった自動車産業が道路革命によって国外に完全退避すると、それを追うように製鉄業や電機産業や化学産業も外国へ全工場を移転した。現在スマホはもちろん電機機械器具のすべてが輸入品である。観光業や物流業が使用するインテリジェンスドローンも外国製である。人型ロボットはもともとこの国の自動車会社が開発したものであり、当初は国内で生産されていた。もちろん現在は外国で生産されている。公共土木工事を請け負っていたゼネコンは道路革命後に外国進出を試みて失敗し、完全廃業を余儀なくされた。外国の政治家とうまく談合ができなかったからである。ゼネコンが消えると同時に建設機械メーカーも海外に移転した。土地の私有制が廃止されたため、不動産ブローカーは自然消滅し、不動産リース業だけが残された。ハウスメーカーは住民がいるかぎりニーズがあり、人口減少による斜陽化を空家のリノベーションで補っている。かつての重厚長大産業の唯一の生き残りといえる。しかし住宅の新築はない。


 国内で生産されている工業製品の代表はアパレルである。しかし原料となる繊維製品は天然繊維も化学繊維もすべて外国製であり、国内工場はロボットによるカット&ソー&ニット(裁断縫製編上)をしているだけである。アパレル製品はすべて国内で消費され、レプリカ(デザイン盗用品)が売れない外国への輸出はしていない。

 アパレルは無数の国内ブランドがあるものの、モードのデザインは世界のハイファッションブランドの模倣ばかりである。それでもかつてはパリコレに出品する世界的デザイナーもいたという。コピーライトの利権化は差別だと考えるようになって以来、この国のデザイナーは全員が人工知能になった。これはモード以外のデザイナー、たとえばグラフィックデザイナーも同様である。

 優良なレプリカが廉価に売られているおかげで、この国の人のファッションは一見どの国の人よりハイセンスである。コピーライトがある国からのクレームは不可能である。流行の変化が非常に早く、一週間で新たなモードに切り替わるからである。大量に廃棄される古着はウエス原料として丸巻き輸出されている。


 工業がないかわり、サービス業は非常に発達しており、人が従事する仕事のほぼすべてが快楽を提供する第三次産業である。これを享楽産業とよぶ。第三次産業比率はほぼ100%である。

 もっとも盛んなのは飲食業であり、付帯的に風俗業も発達している。この国の食文化は多国籍的であり、世界のあらゆる国と民族の料理や酒が楽しめる。とくにワイン、ウィスキーのヴィンテージコレクションは世界有数である。この国はキリスト教国でも儒教国でもないのに、既婚者の不倫に対するモラルが非常に厳格であり、その反動として風俗業が多彩になっている。美容、健康に関するサービス業も多い。ショッピングモールも巨大である。バレエ、ダンス、ヨーガ、音楽、スポーツなど、身体芸術に関する教師は、最も尊敬される仕事である。

 享楽産業以外のサービス業は人型ロボットに席巻されている。物流業、各種メンテナンス業、廃棄物処理業(スクラップ業)がその代表である。これらは循環産業とよばれている。医療や介護もほぼすべて人型ロボットの仕事となった。心療カウンセリングだけは人がすることがまだある。

 インターネットやSNSなどのITサービスは人工知能が行っており、人の仕事ではない。語学教師などインターネットを使う座学の教師もすべて人工知能である。

 他の国ではエリート職業である弁護士、会計士、大学教授、小説家、ニュースキャスター、俳優、芸人、ミュージシャン、プロスポーツ選手はいない。これらのエリート職業は差別として弾劾され、脱商品化された。今ではすべての国民がなんらかの意味でこれらのどれかを代替している。これは道路革命に対比して文化革命(カルチュラルレボリューション)または文化改革運動とよばれる。

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