4 基本的人権がない
この国は立憲主義の法治国家であり、法律の上位に憲法がある。この国の憲法は革命憲法とよばれている。この国の立憲主義がめざすものは他の国の立憲主義と同様に権力の独占の抑止、すなわち反独裁である。革命憲法は革命暫定評議会によって特権的に制定されたのではない。むしろ革命暫定評議会は革命憲法の起草になんらの関与もしていない。この憲法を起草したのは1台の小さなパソコンだった。このパソコンの持ち主は道路革命の日に自殺した34歳の女性高校教師だった。彼女の遺品となったパソコンに革命憲法草案をSNSから自動生成するプログラム(制定力プロトコル)があったのだ。彼女の名前はフィーヌ・アドルといい、道路革命の聖女とされている。
この国の革命憲法は7つの独裁を例示的に禁止している。個人による独裁(僭主独裁)、政党による独裁(一党独裁)、官僚による独裁(官憲独裁)、軍による独裁(軍事独裁)、宗教による独裁(神官独裁)、財閥による独裁(開発独裁)、外国による独裁(傀儡独裁)である。このため革命憲法は政治家、政党、官僚、軍、宗教、財閥、外国が政治にかかわることを禁じている。これを政人分離、政政分離、政官分離、政軍分離、政教分離、政財分離、政外分離の7分離という。これを徹底するため、この国には三権の府がないだけではなく、軍も、宗教も、株式会社も、大使館もない。
革命憲法が目標とする国家の理念(ビジョン)は永久4原則として訓示されている。これを環境・平等・平和・共生のポジティブな4原則とよんでいる。無汚染・非差別・非武装・非暴力のネガティブな4原則とよばれることもある。
第一原則 宇宙空間から大深度地下、深海及び深海底までを含めた地球環境の永久保全(無汚染環境主義)
第二原則 過去から未来にわたるあらゆる世代のあらゆる人に対する差別の永久撤廃(非差別平等主義)
第三原則 応戦や援戦も含めたあらゆる戦争及び戦力の永久放棄(非武装平和主義)
第四原則 法と社会と個人とをとわず人及びあらゆる生命に対するあらゆる暴力の永久禁止(非暴力共生主義)
この国の憲法には基本的人権のカタログがない。ブルジョアジーの勃興以来、資本主義国が共有する金科玉条となってきた経済的及び社会的自由の保証もしくは政治活動や経済活動に対する国家の不干渉の保証がないのである。したがってこの国は素朴な意味での自由主義ないし資本主義の国ではない。さりとて社会主義の国のような計画経済ないし社会主義市場経済でもないし、社会民主主義や福祉国家のような厚生主義の理念も採用していない。
国家ないし政府があるかぎり、基本的人権への不干渉は絵空事である。基本的人権を無条件に守ろうとするなら、国家を否定する無政府主義にならざるをえない。国家ないし政府の人権への干渉は、これらを人権の例外者とする暴力という形式を必然的に含意するからである。ところが基本的人権のうち、生存権、自由権、平等権、社会権、環境権のどれを重視するかで、無政府主義といっても、そのあり方が違ってくる。このことは基本的人権が矛盾を内包した概念であることを暴露している。この国の憲法は基本的人権を無用としているのではなく、国家の不干渉という文脈で基本的人権をカタログ化することを無用としている。これをカタログなき人権、あるいは絶対人権という。
この国の憲法は国家による人権の侵害の道具とされてきた検閲を禁止していない。ただし検閲は人工知能によってあくまでオートポイエーティックに行われる。すなわち検閲には入力も出力もなく、国民の自由な思想、表現、出版は、検閲によって干渉されない。この国の憲法は検閲を禁止して人権を守るのではなく、検閲によって人権に干渉する政治家と官僚を廃した。それゆえに人権をカタログ化する必要がないのである。検閲による人権の侵害が暴力であり、憲法の非暴力原則に反することになるのは言わずもがなである。
この国の憲法はまた財産の所有と処分の自由を保証していない。とくに土地の私有を認めていない。土地とは地球であり、それを私有することは侵略である。
革命憲法は改正に特別の手続きが必要な硬性憲法である。この国は憲法改正に際していかなる例外者(特権者)も認めていない。
法律の制定と改正は政治委員会で随時起草されるのに対して、憲法改正は7年に一度開催される憲法審議会で議論される。
憲法改正の発議は国民ならだれでもすることができ、すべての発議を審議しなければならない。一回目の審議を通ると憲法改正草案となり、二回目の審議で憲法改正要綱となり、三回目の審議で憲法改正成案となり、四回目の審議で憲法改正公布となる。つまり憲法改正には発議の審議開始から28年かかる。
それでは間に合わない喫緊の場合は暫定憲法として公布され、次の審議会で否決されないかぎり施行できる。
国民はだれでも憲法審議会に参加できる。委員の定数はない。ただし委員の任期は7年で再任はできない。次に委員になれるのは21年後である。つまり一つの憲法改正発議について4回行われる審議のうちの一回しか参加できない。
憲法改正が交付された場合、違憲となる法律は一年以内に改正しなければ施行停止となる。三回目の憲法審議が通過して憲法改正成案となった場合、法律改正を準備する政治委員会が法律ごとに設置され、関係法の改正案が憲法改正成案と同時並行で審議されることになる。
憲法改正に伴う法律の違憲審査は違憲審査委員会が行い、違憲のために停止される法律のリストが公表される。このリストには抗告することができる。
憲法解釈が刑事、民事の裁判で争われた場合は自動的に次の憲法審議会で発議される。
数々の憲法改正案が審議され、今も数万の発議が審議されている。それでも公布に至ったことはこれまで一度もない。ただし暫定憲法の公布例はいくつかある。
代表的な暫定憲法は、アメリカがクウェートの石油利権の防衛やニューヨーク同時多発テロの報復のためにイラクやアフガニスタンに侵攻した時、両国へ人道援助を行い、アメリカ及びアメリカの同盟国の預金を凍結したこと、すなわち非武装平和主義の帰結である外交孤立主義を停止したことである。この国の英語好きはけっしてアメリカかぶれということではなく、アメリカの人種差別を批判し、共和主義やグローバリズムを差別的であるとして否定している。広島と長崎に原爆を投下したことを人類史上最大の戦争犯罪だとして、日本国政府に代わって告発し続けている。
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