2018年1月13〜14日

 13日、気が抜けたのか、熱を出してぶっ倒れる。

 正確に言うと自分では気づかずふらふらしながら動いていたのを夫に発見され、体温を測って、結果、「寝なさい」。


 寝ている間に夢を見た。

 夢と言うにはあまりに生々しく、閉じたまぶたの裏にありありと、茶の間のふすまを開けるざんくろーさんの姿が写った。

「あ、いけない、ざんちゃんがいたずらしてる、起きないと。起きないと」

 目が覚めてから、そんな訳ないだろと気づいてさめざめと泣く。


 もはやテレビの時代劇で渡辺謙さんを見ても涙が流れる。

 ざんくろーの名前は、渡辺さん主演の時代劇「御家人斬九郎」からもらったから。

 引きこもり、可能な限り人と接触を断ち、「正気の薄皮を被った狂気」の状態をかろうじて保っている。

 リアルでも、ネットでも人と思うように話せない。長時間接触できない。無理して接触していれば号泣か嗚咽か怒号が自分の体をつきやぶって吹き出す。

 わけのわからないことを叫びながら、その場で車道に飛び出すかもしれない。首をくくりたくなったのも一度や二度ではない。

 これ以上生きたところで、嫌なことばかりでいいことは何一つない。だったら今のうちに終わりにしてしまえ。今終われば苦しむことはない。

 本気で考える。それが正しいことなのだと確信する。

 それぐらいの狂気が今、中にある。

 心臓がずきん、と痛む。

「心臓ってのはね、デリケートな臓器だからちょっとのストレスですぐ歪んじゃうんですよ」

 主治医の言葉を思い出し、おとなしく頓服を飲んで横になる。


 14日、肉球模様のハート型のロケットが届いた。

 夫用にオーダーしたものだ。先日届いた私のカプセル型ペンダントと異なり、密封タイプではない。

 UVレジンを使って牙と遺毛を封入した。材料はダイソーで買ったレジン。UVライトで二十分で硬化。白い三日月のような牙が、ごわごわの直毛とともにハートのくぼみに封印される。

 加工するための材料が簡単に入手できるようになって助かった。

 もう一方のくぼみにハート型に切った写真を入れて、デコパージュ用のトップコート液を塗って保存した。これもダイソー。

「できました」

「君の工作スキルどんどん上がってるね」

「これはどっちかっつーと……手芸?」

「手芸なんだ」


 求められるままご飯を与えていたら、猫がおふとりになってきたので量を制限する。

 すると自分の分を食べ終わった後、ナチュラルにケージの中に入ってざんくろーさんの皿に顔をつっこんだ。

「(ちょっと、これ何)」

「いちごです」

「(たべられないじゃないの)」

「だからカリカリを入れないんですよ」

「(しょうがない、あそびなさい)」

「はい、いくらでも」

「(なでなさい)

「はい、いくらでも」

 ものすごく甘えてくる。家に来たその日からずーっと、ふんす、ふんす言いながら後をついてきた奴がもういない。そりゃあさびしかろう。


 明日は初七日だ。

 ここまでの一週間、悪い夢の中を生きているような心地だった。ふわふわとして頼りなく、あれっと思ったら時間が過ぎていた。

 こんなに弱って、死んでしまう。どうしよう、どうしよう、と泣きながら一方で頭のどこかで信じてもいた。

「休みがあけて、大学病院に連れて行きさえすれば永らえる」

「ざんくろーはきっと持ちこたえてくれる」

 これでよかったのか。苦しめてしまったのではないか。リスクを承知で頼み込んででも点滴してもらうべきだったのではないか。

 何度くり返したかわからない問いかけをまたくり返す。

 死ぬ直前は、体があちこちいたかったらしく、近づくのをいやがられた。

 気難しくなってほとんどしっぽもふらなかった。

 それでも、「よしよし」と声をかけると力を抜いた。

「よしよし、ざんくろーいいこだね、かしこいね、かわいいね、だいすきだよ」

 つぶやいてまた涙をこぼす。自分の涙で塩漬けになって、へろへろのまま、一週間めを迎える。

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