2018年1月6日昼

 目を覚ます。

 ざんくろーは、明らかに明け方より弱っていた。部屋の中のお気に入りの場所にうつぶせに寝そべり、日なたぼっこをしている。朝食には口をつけていない。大好きなヨーグルトにもそっぽを向く。

 トイレシートの上でいきんでも、尿が出なかった。

 半狂乱で大学病院に電話するが、出ない。

 そりゃあそうだよ、休診日!

 何だってこのタイミングで悪化した。しかも連休だよ。病院が開くのは火曜日だ。

「この子、死んじゃうかもしれない」

 へたっと力が抜けて座り込む。

「ごめんね。もっと早く病気に気がついてたら……」

 ごめんね。ごめんね。何度も謝る。途中から嗚咽になっていた。

「悪い方にばかり考えちゃいけないよ」

 うずくまって動けない私に代わり、夫がざんくろーさんを庭に出す。つきそって、確認する。

「ちっち出てるよ」

「え?」


 彼は私が思っているより、ずっと強かった。

 

 中に戻り、寝そべる姿を写真に撮る。

 これが、生きているざんくろーさんを写した最後の写真になった。


     ※


 食べることも飲むことも忘れて付き添った。尿と便が出ている。水は飲む。だけど、食べてくれない。

 何とか、火曜日までもたせよう。根本的な治療はできなくても、体を楽にすることはできるかもしれない。

 土曜日にやっている動物病院をさがし、連れて行く。初めての受診。ことの次第を話す。

 エコー検査の結果。

「膀胱に尿はありませんね。ちゃんと出してますよ」


 思えば既に、腎臓から尿が出せない状態だったのかもしれない。それでも私は安堵した。愚かにも希望にすがってしまった。

「水は飲んでるんですね」

「はい」

「でも食べない」

「はい」

「では、シリンジで口に入れましょう」

 シリンジ(針の無い注射器)で、やわらかいフードを口の中に注入。最初は吐き出したが、そのうちもぐもぐと口を動かし、飲み込んだ。

「食べてますね」

「食べてますね」

 輸液は水分を供給するためのもだから、水が飲める間は意味が無い。血管に入れる点滴は、入院が必要でリスクが高い。

 この子はまだ元気。自力で排尿している。これ以上できることはない。

 そんな次第で、フードとシリンジだけうけとって帰宅する。

 家に戻っても、しばらくバリケンから出なかった。

「いいんだ、好きなだけいなさい。ここはお家だから」

 扉を開けたまま、じっくり待つ。

「あ、おなかすいた」

「君、今日全然食べてないでしょ! ってか水も飲んでない?」

「かも」

 どん兵衛のきつねうどんを食べて、ぬるいお茶を飲む。猫にはカリカリ。その間にざんくろーさんはのっそりバリケンから出て、ホットカーペットの上で寝そべっていた。

「おちついたね」

「うん」

「君は少し寝なさい」

「……はい」

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