2017年12月23〜24日

 病が発覚したのは間の悪いことに金曜日の夕方だった。

 これから先生が紹介状を書いて、大学病院にFAXで送っても受理されるのは月曜日だ。

 その後、改めて大学から電話で連絡が来て、そこではじめて検査の日程を決めることになる。

 おそらくは年明け。

 炎症はおさえた方がよいとのことで抗生物質が引き続き処方される。それ以上、できることは無い。

 この時点で人間の予定は全てキャンセルした。具体的に言うと、年末年始の帰省をとりやめた。実家の弟にメールで知らせる。電話で話したら、取り乱して事実を伝えられないから。こう言う時は、文字で正確に記すに限る。


 感情を排し、冷徹であることが必要とされる時もある。


 腫瘍は決して小さなものではなかった。体重10キロ弱の犬の体の中では、不気味なほどに大きい。

 ざんくろーは相変わらず元気で、うるさくてご機嫌だ。しかしあんな怪物を腹に抱えていたら、いつ容体が急変するかわからない。ペットホテルに預けるなど言語道断。たとえそこが、彼の生まれた場所だとしても。(ブリーダーさんがペットホテルも経営していた)私も夫もいない場所で、迎えを待ちながら死なせるなんて……

 いけない。

 それだけは、避けねばならない。

 最良の結果を願いながら最悪に備える。動かなくなった犬にすがりつく自分を思い描き、いても立ってもいられなくなる。それでも日常は穏やかに流れた。クリスマスプレゼントにと通販で取り寄せた青い首輪が、いざ装着しようとしたらうっかりサイズをまちがえていて、近所のショップで新しいのを買い直した。

 白茶の体に、茶色いチェックの模様がよく似合う。

 散歩に行く公園で、冬季休暇で帰省していた近所の子らに「かわいい」と言われて上機嫌でしっぽを振った。

 ソファの上のお気に入りの場所に飛び乗るのに苦労しているので、犬用の踏み台を購入する。しかし彼は見慣れぬ物体を警戒し……

 踏み台を飛び越え、ソファに乗っかった。

「ちがう、そうじゃない」

 使用法が根本的にちがっている。だが目的は果たせてるのでOK、か?


 食欲はある。バクバク食う。元気は一向に衰える気配もなく、はしゃいで、走り回って、うるさい。

「ざんくろーさん、何やってるの?」

 声をかけるとうっすら口を開けてほほ笑む。こたつの中で猫とじゃれあい、追い出されてしおしおと出てくる。

 二匹はいつも一緒。七年前に手のひらサイズのガリガリにやせた子猫が家に来てから、ずっと一緒。

 すきを見て猫がしっぽに前足パンチ。ぴこぴこ動くから、つい手が出るらしい。それでも決して怒らない。どこまでもどこまでも後をついて行く。

 いつもと変わらぬ姿を見守りながら、検索で見た情報が心臓をつかむ。

(本当に、あんなに怖い病気なんだろうか)

 打てる手は全て打った。今はただ、じっと時が過ぎるのを待つしかない。 

「あ、ちょっと、ざんくろーさん、やめてー、やーめーてー!」

 年賀状を印刷していたら、プリンターの横を通りすぎた瞬間にさっと一枚かすめっていた。重なった中からハガキ一枚くわえとる。やたらと器用だ。

 来年は戌年だからと、年賀状はざんくろーの写真を使った。作った時は、こんな事になるなんて夢にも思わなかった。

 

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