006 地竜
「……さて、これをどうするか」
本来、”地竜”というは防御力が馬鹿みたいに高いことで有名だ。
物理攻撃では傷一つ付けられないし、魔法攻撃でもろくにダメージを与えられない。
そのため鈍足ではあるものの、竜の中でもなかなか手強い部類に入る。
その討伐には優秀な魔法使いが最低でも5人は必要とされているし、個体によっては10人でも止められなかったという話があるくらいだ。
そんな地竜が今、俺の目の前で死体となって転がっていた。
そしてその無駄にでかい図体の中心には、ぽっかりと空洞になっている。
もちろん俺がやった。
長引かせるのは面倒だと、ちょっと強めの魔法を一撃を放ってやったらこのざまだ。
とはいえ元々その予定だったので、少し周りの森に被害が出てしまったとかそういうのは些細な問題だろう。
そもそもどうして俺がこんなことをしているのかというと、それは今日あった実習の授業が原因だ。
俺はあの時既に、この森に棲まう地竜の存在に気付いていた。
とはいえその時はアリサと一緒で、正体がバレるわけにもいかなかった俺は見て見ぬふりをして学園まで戻った。
――のだが、途中で俺は気付いてしまった。
あの地竜が討伐されるのはしばらく先のことだろうということに。
つまり何が言いたいかというと、地竜が森からいなくなるまでの間、実習の度に地竜と間違っても遭遇しないように気を張っていなければいけなくなるということだ。
そんな面倒なことになるのであれば、さっさと自分で倒してしまった方が手っ取り早い。
そう思った俺は学園が終わった放課後に、こうして一人で地竜退治にやって来たわけだ。
そして現在に至る。
地竜を倒した今、目下の問題はこの死体をどうするかということだ。
恐らくこのまま放置して帰れば、森に棲むモンスターたちが勝手に処理してくれるだろう。
だがこれだけの大きさの死体が、二、三日で綺麗になくなるわけではない。
そしてその間に運悪くも誰かに発見された時なんかは最悪だ。
常識的に考えて、地竜に風穴をあけるなんていう発想は出てこないし出来ない。
それなのにこの死体が発見されたとしたら、一体誰がこんなことを、と大騒ぎになるのは目に見えている。
そうなる前にこの死体をどうにか処理したいのだが、なかなか良い案が思い浮かばない。
燃やすにしても森に広がってしまうし、地中に埋めるといってもモンスターたちに掘り起こされてしまう。
「…………仕方ない。あまり気乗りしないが、今回はあいつに頼るか」
しばらく悩んだ結果、良さげな案も思い浮かばなかった俺は観念して
「来い、ミコト」
『ご主人様ああああああああああああああああああああああああ』
「…………」
思わず頭を抱えたくなるような騒々しい登場をしてみせたのは、一匹の黒い幼竜。
何を隠そう。俺の使い魔、ミコトだ。
そんなミコトが今、俺の目の前でぷくーっと可愛く頬を膨らませている。
『ご主人様! ワタシ怒ってるんだからねっ!』
ミコトなりの一生懸命の怒ってますアピールなのか、小さい翼をぱたぱたさせている。
とはいえミコトが怒っている理由も大体は予想がつく。
『ワタシという存在がありながら別の使い魔を召還しようとしたでしょ! 浮気!? 浮気なんでしょ!!』
やはりというべきか、ミコトはその件について怒っているらしい。
「やっぱり魔法陣を弾け飛ばしたのもお前の仕業だったのか。あれ誤魔化すの大変だったんだぞ? それに浮気って、別にそういう関係じゃあるまいし」
『あー!! そんなこと言っちゃうんだぁー!! ふん、だ! もうご主人様のことなんか知らないからっ!』
「……はいはい。俺が悪かったからそんなに怒るなって。それにミコトに頼みたいことがあってわざわざ呼んだんだし」
『ワタシに頼みたいことっ? なになにっ!』
俺の言葉に、今の今まで怒っていたことも忘れた様子で、うずうずしているミコト。
こういうのをちょろいと言うのだろうな、などと思いつつ早速頼みごとをする。
「この地竜を片付けてほしいんだ、出来るだけ穏便に。お前なら出来るだろ?」
『そんなのお茶の子さいさいだよっ!』
得意そうな顔でそう言うミコトだが、これは冗談でも何でもない。
ミコトには本当にそういうことが出来るのだ。
そもそもミコトは見た目通りの幼竜ではない。
これはあくまで俺が頼んで、小さい姿になってもらっているだけだ。
本物はこんなもんじゃない。
まあ俺の使い魔なのだから当然といえば当然なのだが。
とはいえ本人も今の姿を気に入っているらしく、よほどの緊急事態でもない限り元の姿には戻らない。
そんなミコトの能力に「空間圧縮」というものがある。
その言葉通りの能力なのだが、今みたいな場面ではとても役に立つ能力だ。
『ちいさくなぁ~れっ!』
能力を使うのにそんな掛け声は必要ないはずなのだが、それでやる気が出るなら止めはしない。
ただせめて周りに俺しかいない時だけで頼みたいところだ。
それは置いといて、無駄にでかかった地竜が見る見るうちに小さくなっていく。
『ん、いただきまーす! そしてごちそうさま!』
最終的に小石程度まで小さくなってしまった地竜を、ミコトがぱくっと口に放り込む。
何度見ても本当に便利な能力だ。
しかし「空間圧縮」はミコト固有の能力みたいなものなので、俺がいくら頑張っても真似できるものではない。
『ふっふーん! やっぱりご主人様にはワタシがいないとダメね!』
得意げな顔のミコトだが、実際にかなり助かったので今度何か高級肉でもプレゼントしてやろう。
喜ぶ顔が今からでも簡単に想像できてしまうあたり、やっぱり単純だ。
「それにしても、一体何でこんなところに地竜が……」
この森の主、というのはさすがにないだろう。
だとしたらもっと早い段階で討伐対が組まれていたはずだ。
それなのに今日まで放置されていたということは、恐らく最近になってこの森にやって来たのだろう。
そして偶然にもこれまで地竜の情報が広まらなかったのだ。
だが何の理由もなく地竜がこんなところまで来るだろうか。
偶然という言葉で押し切ることは出来るかもしれないが、俺の正体がバレるような要因になるのであれば話は別だ。
念のために少し広めに索敵してみるか、と意識を集中してみる。
「…………まじかよ」
そして二つの強い反応に思わず驚く。
しかも何とその二つの反応が同じ場所に固まっているのだ。
そんなことが果たしてあり得るのだろうか。
少なくとも俺の知識の中ではそういったことは含まれていない。
「まあこの際だから全部片付けるか。ミコト、行くぞ」
『りょーかいっ!』
何はともあれ現場に行ってみなければ分からない。
俺は強い反応がある方へと駆け出した。
「……なんでこんなところにいるんだ」
俺は呆れの声で目の前の人物に声をかける。
二つの強い反応を辿って来てみれば、そこにいたのは地竜でもなければモンスターでもなかった。
俺のクラスメイト、そして現在最も警戒すべき相手であるアリサがそこにいた。
「グ、グラン……」
俺の姿を見つけたアリサにあまり驚いた様子はなく、むしろどこかほっとした様子だ。
どうやら俺の索敵に反応したのは勇者であるアリサとその頭の上ですやすや眠る幼竜だったらしい。
距離が距離だっただけに索敵の精度が落ちていたのだろう。
近づくにつれて反応がおかしいことに気付いた時点でミコトには帰ってもらったが、危うく使い魔のことを知られるところだった。
「あ、あんたが一人で森のほうに向かっていくのが見えたから……」
「何だ、後を尾けてきたのか」
「っ! そ、そういうわけじゃ……っ」
地竜のことを気にしていたからか、アリサがついてきていることに全然気付かなかった。
だが大方、俺の後を追いかけて森に入ったまではいいが、その後、道に迷ってしまったのだろう。
何ともお粗末な勇者様だ。
しかしこうして姿を見せてしまった以上、それぞれ分かれて帰るのは不自然だろう。
それにまた道に迷われたりするのも見ていて罪悪感が生まれてくる。
「ほら、帰るぞ。街はこっちだ」
「そ、それくらい知ってるわよ!」
「……まあ実は嘘で、本当は反対方向なんだがな」
「っ――!」
などと適当にからかいつつ、俺たちは街の方へと歩いていく。
意外にもアリサも素直についてきてくれるので正直助かる。
ちょうど授業の時とは正反対というべきか、しおらしい姿は何と言うか珍しい。
そんなことを考えながらたまに振り返ると、アリサの頭の上で幼竜が
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