005 実習
使い魔事件から一週間。
魔石を使いデュラハンを召喚した生徒は謹慎処分になり、使い魔召喚が延期になった他の生徒たちも全員無事に自分の使い魔を召喚することが出来た。
まあ使い魔召喚に失敗した俺だけは相変わらず失敗したままなのだが。
そして俺はあれから色々と事情聴取を受けることになった。
まず使い魔召喚の失敗について。
担任はこれまでの教員歴は長くはないが、あんな使い魔召喚の失敗の仕方は初めて見たと言う。
そして色々と手を尽くして調べようとしてくれたらしいが結局分からなかったらしい。
それについては俺にもよく分からないと言って、とりあえず話は終わった。
そしてもう一つがデュラハンについてだ。
そもそもデュラハンはメジャーな使い魔ではない。
しかしその風格や佇まいは騎士として何一つ恥じるところがなく、初めて見た者でもその実力を察するのは難しくない。
だがどうやら担任はデュラハンのことについて元々知っていたらしい。
そしてその強さも十分に理解していた。
だからこそ、俺が一人でデュラハンと対峙して無事だったことが驚きだったようだ。
勇者であるアリサでこそようやく太刀打ちできそうな相手を、俺なんかが……と思いうことらしい。
とはいえ魔王軍幹部ということを知らない者からすればその反応が妥当だろう。
そちらの方についても、嘘に嘘を重ねて誤魔化しておいた。
デュラハンは怒りが収まったのか突然消えて居なくなったと言うと、納得のいっていなさそうな表情を浮かべながらも俺を解放してくれた。
とまあこんな感じで担任を誤魔化すことは出来たのだが、唯一問題なのが……。
「…………」
「っ!」
今日も今日とてアリサからの視線はいつも通りだ。
いや、前よりも強い視線を向けられるようになったと言うべきか。
だがそれも当然と言えば当然だ。
何せ勇者はあの時あの場にいた。
つまり当事者だ。
そして数秒と言えどデュラハンと対峙している。
いくら結界で中の様子が見えていなかったとはいえ、あのデュラハンが怒りを収めて姿を消すなんてことがあり得ない、ということくらい理解しているのだろう。
だが自分で見ているわけでもない以上、安易に言いふらせない……といったところか。
「……まあ俺に実力があると思われる程度なら構わないんだが」
逆に雑魚だと思われて舐められるよりかは、そっちの方がよっぽどいい。
だが正体がバレるのは駄目だ。
ただでさえアリサからはどういうわけかやけに視線を向けられている。
あまり正体がバレるかもしれないような行動は慎むべきだろう。
そして周りで起こった問題に無闇に首を突っ込んだりするのも止めよう。
まず間違いなく今回のことで担任の記憶には残ってしまった。
これから何かあるごとに、今回のことを思い出されたら俺の存在自体に疑問を持たれるのもそう遠くない。
それを避けるためにも、今後は出来るだけ大人しく学園生活を送ろう。
そんな矢先のこと。
「今日からは実習の訓練がある! 二人一組になって学園側が用意した依頼を行ってもらう! といっても依頼自体はギルドの常時依頼なので油断はしないように!」
そう言って担任は依頼の紙が貼られたボードを持ってくる。
どうやら幾つかある依頼の内から好きなものを一つ選び、それを行うというものらしい。
それ自体は別にいい。俺からすればどれも大差はない。
しかし二人一組、ということになれば話は別だ。
ずっともう一人のことを気遣いながら、尚且つ正体もバレないように気をつけるとなれば、面倒なことこの上ない。
だがそれについては俺にも考えがある。
今日の二人一組の授業があるということを知ってから、事前にクラスメイトの数を数えていたのだ。
その結果、このクラスの俺を含めた全体数が奇数であることが分かった。
つまり何が言いたいかというと、二人一組を作った時に誰か一人が余るということだ。
そうなれば担任にでも「先生、余ったので俺は一人でいいですよね」とか言えば完璧である。
基本的に誰とも関わらない俺のことだ。
特に立ち回ったりすることなく、気付けば最後の余りの一人になっているのは間違いない。
俺は余裕の笑みで二人一組を作っていくクラスメイトたちを見つめている。
そして最後に――俺とアリサの二人が残った。
「何でだっ!?」
思わず叫ぶ。
確かに前数えた時はクラスの生徒は奇数だったはずで、二人が残るということはあり得ない。
どこかの仲良しグループが三人一組とかを作ったりしたのかと思って見回してみるが、どこもちゃんと二人一組というルールを守っている。
じゃあどうして……と考えて気付いた。
「謹慎中のあいつのせいだ……!」
そういえばこのクラスには今一人の生徒がいないということを、すっかり見落としていた。
奇数の生徒数から一人減らしたら、そりゃあ偶数になって綺麗に二人一組のグループに分けられる。
そして最後に残ったのが俺とアリサということは当然……。
「よし、じゃあ最後の組はあなたたちね」
担任が余った俺たちを見てメモを取る。
恐らく組み合わせを把握するためのものだろう。
そしてそのメモには俺とアリサが一組として記されてしまったわけである。
最悪だ。
まさか今現在最も警戒しているアリサと組まされてしまうとは。
こんなことなら半ば強引にでも適当にそこあたりの生徒に声をかけて、二人一組を作っていたほうがまだマシだっただろう。
しかし奇数だと思って完璧に油断していた。
「……はぁ、とりあえず俺たちも依頼を受けるか」
とはいえ組まされてしまったものは仕方がない。
時間は限られているし、出来れば早々に依頼も片付けてしまいたい。
路地裏でのあの日ぶりに話すアリサに声をかけながら、依頼が貼られたボードに向かう。
「まあ最初だから難易度自体はそう高くないだろうが、面倒だしやっぱり一番簡単なやつを――」
と、ボードを睨んでいた俺の横から、急に伸びてきたアリサの手が一枚の依頼を選んでいく。
どうやら
一体どんな依頼を選んだのだろうと見てみると、そこには『ベオウルフ5体の討伐』と書かれてあった。
「……ってそれ、ある中で一番難しいやつじゃねえか!」
他に簡単なものが一杯あったはずなのに、どうしてそれを選んだのか。
もっと普通に薬草採取の依頼とかを受けようと思っていた俺は思わず叫ぶ。
しかしそんな俺を完全に無視して、アリサはそのまま勝手に依頼を受注してしまった。
「まじか……」
受注してしまった以上、取り消しは授業の評価に繋がるかもしれない。
さすがに一回目からそんなことになれば後が心配である。
もしかしたら難しい依頼を受けることで、俺の化けの皮を剥いでやろうという魂胆なのかもしれない。
俺は依頼を選らんだ張本人を睨む。
しかしアリサは全く意に介した様子もなく、既に依頼を受けに行く準備を始めているではないか。
どれだけやる気満々なんだ、と思わずため息を吐きたくなるのをぐっと堪えて、俺はとりあえず最低限の準備だけするのだった。
「はぁ……ッ!」
そんなこんなで準備を終わらせ、街の近くの森までやって来たわけだが、やけにモンスターの数が多い。
俺が以前暇つぶしに森にやって来たときはこんなに多くのモンスターはいなかったはずだが、この短期間の間に何かがあったのだろうか。
今も、襲ってくるベオウルフの群れをアリサが退治している。
他の生徒たちは薬草採取などの簡単な依頼を選んでいたはずなので心配は要らないと思うが、もしこんな感じで生徒たちが襲われたらひとたまりもないだろう。
そこら辺、学園はちゃんと認識しているのだろうか。
因みにだが依頼内容の『ベオウルフ5体の討伐』に関してはとっくに終わっている。
しかしあまりにあっさり終わってしまったので、アリサには少々物足りなかったらしい。
どんどん森の奥へと進んでいく。
「おい、そろそろ終わりにしてもいいんじゃないか? もう20匹は倒しただろ」
ちょうどベオウルフの群れを倒し終えたアリサに声をかける。
その手にはデュラハンの時にも見た魔法で作った剣が握られている。
転がっているベオウルフの死体を見る限り、随分と切れ味はよさそうだ。
「そ、そうかしら。あたしはまだまだ全然いけるんだけど」
嘘を吐け。
さっきから無駄に派手な動きばっかり繰り返しているせいで、息が上がっている。
一体誰に見せるつもりで戦っているんだ、と戦いの途中で何度も聞きたくなったくらいだ。
まあアリサのお陰で俺は特に何もすることなく終わったので文句は言わないが、さすがにこれ以上ここにいる必要はないだろう。
『キューゥ」
戦いが終わったのを見計らって、これまで空中を飛んでいた幼竜がアリサの頭の上に戻ってくる。
飛ぶのに疲れてしまったのか、そのまますぐに眠ってしまう。
「ほら、お前の使い魔だって今日はもう切り上げようってさ」
「うっ、わ、分かったわよ。今日はこれくらいで勘弁してあげるわっ」
「はいはい。ほら早く帰るぞ。たくさん倒しても時間過ぎたら元も子もないしな」
使い魔にそんなに気持ちよさそうに眠られては、さすがのアリサもこれ以上暴れることは出来なかったらしい。
俺はアリサの頭の上でぐっすり眠る幼竜に内心お礼を言いながら、アリサと共に今きた道を引き返す。
因みに来た時と同じようにアリサが俺を先導しているような感じだ。
「……それにしても授業にしては、やっぱり難易度がおかしいよな」
ふと後ろを振り返ると、そこにはアリサが倒したベオウルフが転がっている。
だが、俺が見ているのはもっと先、いくつも茂みを越えた更にその奥。
そこに感じる気配は、とても学生が太刀打ちできる相手ではない。
もちろん勇者であるアリサでも、だ。
それどころか凄腕の冒険者たちでさえ相当に手こずる相手なのは間違いない。
もしこれを学園側が把握していないんだとしたら、恐らく近い内に生徒の誰かが犠牲になるだろう。
……しかしそんなこと俺には関係ない。
とりあえず今、アリサといる状況でそいつと遭遇しさえしなければそれでいい。
「ん、何か言った?」
「……いや、何でもない」
だから俺は、アリサのその問いに首を振った。
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