004 使い魔召喚
勇者との接触から一週間が経った。
俺はあの時言われた言葉についてずっと考えていた。
自意識過剰――果たして本当にそうなのだろうか。
というのもこの一週間、やはりアリサから視線を向けられている気がするのだ。
初めこそ「駄目だ駄目だ。こういうのが自意識過剰って言うんだ」と何度も反省していたのだが、次第に「いや、やっぱりこれって見られてるんじゃないか? 見られてるよな?」という感じになっていた。
俺も鏡で何度も確認したが、寝ぐせが立っていなければ、鼻毛だって出ていない。
見られる理由なんてそれ以外に思い当たらなかった。
それに目が合えば毎回のように慌てて顔を逸らす。
どう考えても俺を見ているとしか思えない。
他に可能性があるとすれば、アリサがこの前のことについて怒っているということくらいか。
それまでは確かに俺の自意識過剰だったかもしれないが、最近は怒りの視線を向けてきているとか。
意外にありそうだが、もしそうだとしたら随分と器の小さい勇者様だ。
「……とはいえこの前みたいに話しかけるのは厳しいしな」
既に一回話しかけて勘違いだったという風に落ち着いたのに、二回目というのは何となく気が引ける。
向こうだって少しは警戒するだろう。
それにもし今回も俺の自意識過剰だったとしたら、それこそ一生の恥だ。
だが一日中見られている感じがするというのは、それだけで疲れる。
魔王軍幹部という正体を隠している俺であれば尚更だ。
正体がバレるような行動を慎まなければいけないと常に気を張っていなければならないのである。
どうしたものか、と頭を悩ませていた矢先。
「次の授業は教室ではなくグラウンドです。各自、時間になったら集合してください」
という担任の声が教室内に響く。
その言葉に俺は立ち上がる。
特に用事も無ければ、こういう時に一緒に向かう友人を待つ必要もない。
時間的には少し早いかもしれないが授業に遅れるよりかはよっぽど良いだろう。
「…………」
気付かれないようにちらっとアリサに視線を向ける。
すると俺と全く同じタイミングで席を立っていた。
これは俺が席を立ったからアリサも席を立ったのか、それともただの偶然なのか。
どちらにせよすぐに答えが分かるものでもない。とりあえず今はさっさとグラウンドに向かおう。
「む?」
そこで違和感を感じる。
いつもならこういう時、クラスの生徒たちは時間ギリギリに移動を始めることが多い。
しかし今は皆が我先にと移動を始めている。
何というか、全体的にちょっと浮き足立っている感じだ、見ればアリサも心なしわくわくしている気がする。
「……そういえば使い魔の召喚は今日だったか」
そこでようやくその理由を思い出した。
学園で授業が始まってから割とすぐに配られたスケジュール表で、皆が今日のことについて大きな声で話していたのを覚えている。
使い魔は、これから生きていく中でずっとお世話になり続ける大事な存在だ。場合によっては将来を約束されることさえある。
それを考えれば皆が浮き足立ってしまうのも当然なのかもしれない。
まあ俺の場合、結果は大体予想がつくのだが……。
「使い魔召喚は――」
担任が使い魔召喚についての説明をしていく。
まあ俺にとっては常識の範疇にあるような知識ばかりなのだが。
とはいえそれは何もこの授業に限った話ではない。
基本的に授業で習うことどれも既に俺の知識にあることばかりで、退屈なことこの上ない。
そのせいで基本的に授業中は寝て過ごしていたりする。
「それでは順番に始めましょうか」
担任に促され、まず一人の女子生徒が前に出る。
因みに使い魔召喚に必要な魔法陣は既に担任が幾つも用意してくれたようだ。
「……我が声に
女子生徒の魔力に反応し、魔法陣が光りだす。
そしてその光が一番強くなった時、使い魔が姿を現した。
『チュー?』
魔法陣の中心には、一匹のハムスターがいた。
すぐに自分のご主人様を認識したのか、小さい身体でシュタシュタッと女子生徒の足元に近付くと、肩まで登り詰める。
因みにだがハムスターの使い魔としての人気は意外と高い。もちろん可愛いとかそういう目的で女子の間で人気なのだ。
今も召喚されたハムスターを見るためにクラスの女子たちが集まっているし、召喚した女子生徒も満更ではなさそうだ。
「それじゃあ今の手順で皆も召喚していきなさい! 魔法陣はいくつかあるから、ちゃんとそれぞれ分かれるように!」
担任の言葉に従い、他の生徒たちも続いていく。
その表情は皆、期待に満ち溢れている。
それからしばらく暇つぶしにと思ってクラスメイトたちの召喚を見ていたが、基本的には皆、一般的に平凡と思われるような使い魔ばかり召喚している。
だが中には”白狼”を召喚する将来有望な者もいた。
そんなこんなで、クラスメイトたちがどんどん使い魔召喚を終えていく中で、遂に俺の番がやって来た。
「……まあ、とりあえずやってみるか」
これから起こることが予想できるだけに憂鬱で仕方がない。
しかしやらないというわけにもいかないので、仕方なしに魔法陣の前までやって来る。
「……我が声に応え、召喚に応じよ」
他の生徒たちと同じように魔力に反応して魔法陣が光りだす。
そして光が一番強くなった時――――魔法陣が弾け散った。
比喩ではない。文字通り弾け散ったのだ。
地面に描かれた魔法陣が跡形もなく消え去っている。
もちろん召喚されるはずの使い魔の姿もない。
「な、何が起こったの?」
「し、失敗?」
クラスメイトたちも突然の異常事態に気付き始める。
皆の視線が集まる。正直居心地が良いとは言えない。
「どうしたんですか!?」
少し遅れて担任もやって来る。
「すみません。何か使い魔召喚に失敗したみたいで。魔法陣も消えちゃいました」
「魔法陣が消えた……?」
俺の言葉を繰り返す担任の顔には戸惑いの色が見える。
そりゃあそうだろう。
使い魔召喚に失敗するということ自体がそもそもおかしな話なのに、魔法陣が消えるなんてあり得ない話だ。
だが事実として目の前にある光景を否定することも出来ない、というのが担任の胸中だろう。
複雑そうな表情を浮かべている。
しかし、これ以上周りからの視線に晒されるのも面倒だ。
俺は担任に授業の再開を促す。
「先生、俺のことはとりあえずいいんで、他の生徒たちの使い魔召喚を進めてください」
「そ、それもそうね。グラン君は後で事情を説明してもらうかもしれないから、その時はよろしく頼むわね」
「分かりました」
それだけ言って、俺は出来るだけ端の方に向かう。
その間にも担任が中断している使い魔召喚の再開を促してくれているので、俺への視線はすぐになくなった。
一人を除いて、だが。
「…………」
向けられる視線の下を辿ると、やはりそこにはアリサがいた。
まだ使い魔召喚が終わっていないらしいアリサは、膝を抱えながら俺のことをジッと見てきている。
腕の間から見ていればバレないとでも思っているのか、俺が視線を向けてもいつものように慌てて逸らしたりする様子がない。
「……やっぱり見られてるよな、これ」
視線が合っているということは、もはや俺の自意識過剰でも勘違いでもないだろう。
やはりもう一度、アリサとは近い内に話をする必要がある。
俺はそう決意する。
俺のことをずっと見続ける
まあさすがにさっきのこともあるので、今は目立つような行動は控えるべきだろう。
どうせクラスメイトなのだから話しかけるタイミングなんてわざわざ探すまでもない。
「ん、ちょうど召喚するのか」
そんなことを考えていると、今まで座っていたアリサがおもむろに立ち上がる。
どうやらタイミングよくアリサの召喚する番が回ってきたらしい。
「っ……!」
何やらこちらを振り返ってきたアリサと目が合う。
そしていつもの如く、一瞬で顔を逸らされる。一体何がしたいのかさっぱりである。
しかしすぐに魔法陣に向かうと、集中するように目を閉じる。
ここからでは聞こえないが、恐らく今まさに召喚しようとしているのだろう。
予想通り、魔法陣が光りだす。そして光が一番強くなった時、一匹の使い魔が現れる。
白の鱗を纏い、力強さを感じさせる瞳。
それは紛れもなく一匹の竜だった。
とはいえその身体は腕に抱けるほどに小さい。つまり幼竜だ。
しかし竜であることには違いない。
「……ほう」
瞬く間にグラウンドにどよめきが広がる。
かく言う俺も、思わず感嘆の声をあげてしまった。
『キュ? キュー!』
アリサに気付いた幼竜は小さな翼をぱたぱたとはためかせると、アリサの頭に着地する。
どうやらそこを定位置と決めたらしい。すぐに大きな欠伸をすると瞼を閉じて眠りに入る。
さほど重くはないのかアリサも特に気にしている様子はない。
「……っ」
アリサは一瞬だけこちらの顔を見てきたかと思うと、どこか満足そうにさっきまでいた場所に戻っていった。
「おぉ……!」
ちょうどその時だった。
アリサが使い魔召喚した場所とは真逆の魔法陣の方で、アリサの時と同じくらいのどよめきの声が聞こえてきた。
俺も気になってそちらの方を見てみる。
そしてすぐにどよめきの理由に納得した。
そこには首の無い騎士がいた。
否、正確には首はある。
しかしそれを腕に抱えているのだ。
――――デュラハン。
それは強靭な身体を持ちながらも、膨大な魔力を保有し、その戦闘能力は並の実力者では太刀打ちできないと言われている。
使い魔としては相当上位の部類に入るだろう。
それこそ現段階での実力ならアリサが召喚した幼竜以上なのは間違いない。
そんな使い魔を一体誰が……と見てみると、そこには一人の男子生徒が立っていた。
俺がクラスメイトと関わることがないのが主な原因なのだろうが、正直ほとんど覚えがない。
辛うじて僅かに顔に見覚えがあるくらいだ。
クラスの実力者についてはある程度知っている、とかでは決してない。
しかしとても実力者であるような感じはしなかった。
まさかとは思うが……。
『…………』
そして、俺の悪い予感が的中した。
魔法陣の中心に佇むデュラハンが、背負っていた大剣を抜き、召喚した男子生徒に向けたのだ。
そういった忠誠の誓いのやり方もどこかにはあるのかもしれないが、今はとてもそんな雰囲気ではない。
デュラハンから濃密な殺気が放たれている。
「ひ……ッ!?」
男子生徒が腰を抜かしたように倒れ込む。そしてその掌から零れ落ちる物があった。
「……やっぱり魔石を使っていたのか」
魔石。
端的に言えば魔力を秘めた石のことだ。
その用途は単純だ。
魔石に秘められた魔力を使うだけである。
例えば大規模な魔法を発動する時の魔力源として使ったり、機械にはめ込むことで持続的な魔法効果を生み出したり。
しかしそんな便利な魔石にも、
それが使い魔召喚だ。
そもそも使い魔召喚とは、召喚主の魔力に反応して使い魔を召喚するという仕組みの上に成り立っている。
だから召喚される使い魔はいずれも召喚主の実力に見合ったものなのである。
だがそこで魔石を使うとする。
自分の魔力に加えて魔石の保有する魔力まで召喚の際に使われるので、当然召喚される使い魔は自分の実力よりも高い存在になる、というわけだ。
確かに一生のパートナーとなる存在なのだから弱いよりかは強い方がいい。
実際にそうやって使い魔を召喚し、成功した者もいる。
しかし今回に限って言えば、かなりまずい状況だと言わざるを得ないだろう。
デュラハンは騎士であるだけにプライドも高い。
一度、主と認めた存在には忠誠を誓うが、自分よりも格下の存在に使い魔として召喚されたなどということになれば、それはデュラハンの逆鱗に触れてしまったも同然だ。
『…………』
無言のまま、召喚主のもとへ歩み寄る。
濃密な殺気の気配に、担任を含む誰もが動けない。
召喚主でさえ目の前の圧倒的恐怖に逃げることも出来ずにいる。
デュラハンがその大剣を振り上げる。
そしてその大剣は一瞬の迷いも見せることなく、召喚主である男子生徒へと振り下ろされ――――ることはなかった。
突然、二人の間に割り込む者がいたのだ。
勇者アリサ。
彼女が、魔法で生み出したのだろう剣で振り下ろされる大剣を受け止めていた。
「先生ッ! みんなを!」
そう叫ぶアリサの表情は、これまでに見たことがないくらいに真剣だ。
アリサの声で我に返った担任がすぐに生徒たちの避難を開始する。
そしてさっきまでアリサの頭の上で眠っていた幼竜が、腰を抜かしてしまった召喚主である男子生徒を無理やり引っ張っていく。
「――ッ!」
どこに一体そんな力を秘めているのか。
アリサがその細腕でデュラハンの大剣を受け流す。
とはいえかなり無理をしたのだろう。
その額には汗が滲んでおり、肩で息をしている。
恐らくアリサは幼竜を召喚するだけあって結構な実力者なのだろう。
しかしデュラハン相手には分が悪すぎた。
このままでは数回の攻防の末に、決着がつくだろう。
もちろんアリサの敗北という結果で。
「…………」
アリサには聞かなければいけないことがある。
どうして俺のことを見ていたのか。
もし正体がバレているとしたら、何が原因でバレてしまったのか。
そんな風に少しずつ対策していかなければいけないのだ。
だから、アリサがここでデュラハンなんかにやられてしまったら困る。非常に困るのだ。
「…………はぁ」
面倒だ。面倒だが――仕方ない。
アリサは今、大剣を構えるデュラハンと対峙している。
どうやら俺のことには気付いていないらしい。
まあ余計な事を考えている暇など一切ないのだろう。
しかしそれならそれで好都合だ。
「っ!?」
アリサの襟元を強く引っ張り、後ろに放り投げる。
女に対してやることではないかもしれないが、状況が状況だ。許せ。
「あ、あんた何を……っ!?」
後ろで驚きの声が聞こえるが、それもすぐに聞こえなくなる。
俺が張った結界のせいだ。
こちら側の様子は向こうには一切伝わらなくなるという、何とも便利な魔法である。しかも強度までバッチリと来ている。
しかしこれでとりあえず心配する要素は全てなくなったわけだ。
『…………』
デュラハンは突然現れ結界を張った俺を警戒しているのか、静かに大剣を構えている。
どうやら向こうには止まるという選択肢はないらしい。
もしかしたら一度こうなってしまえば、もう自分でもどうしようもないのかもしれない。
だとしたら、俺がやることは一つだ。
俺は拳に魔力を纏わせながら、デュラハンに近付く。
普段は正体を隠すために抑えている”魔王軍幹部”の魔力だ。
その魔力を浴びたデュラハンは動かない。動けないのだ。
勇者である△を相手に優勢だったデュラハンでさえそうさせる。
それが、魔王軍の幹部の力。
「
きっとデュラハンにとって、この状況はあまりに理不尽極まりない状況だろう。
ただ、相手が悪かった。悪すぎたのだ。
だから、悪く思わないでくれよ。
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