003 グラン
あたしはアリサ。由緒正しきローシュベル家の一人娘。
そして――”勇者”だ。
これまであたしは一人でいることが多かった。
物心ついたころから友達と呼べるような存在はいなかったし、唯一友達と呼べるような存在は今は亡きお母様から頂いたぬいぐるみくらいだった。
自分で言うのも変な話だが、嫌われていたわけではないと思う。
あたしが貴族の一人娘であること、そして勇者であること。
その二つが原因で近寄りがたかったのだろう。
でも、そんなことあたしにはどうすることも出来ない。
二つとも自分でなりたくてなったわけではないのだ。
その二つの内、片方でも無かったら……と
そんな世界があったとしたら、あたしにも人並みに友達が出来ただろうか、と。
そんなことを考えてもきっと無駄だと馬鹿にされるのだろう。
別にいい。事実、無駄なことなのだから。
どうせあたしはこれからも一人。
皆が楽しく談笑している中で、あたしだけが一人ぼっち。
ずっと惨めだった。
そしてこれからもやっぱり惨めに生きていくんだろうなと思っていた。
あの人の自己紹介を聞くまでは。
「俺はグラン。訳あって学園に席を置いているが、お前たちと馴れ合うつもりはない。ではよろしく頼む」
十数年生きてきた中で、そんな考えをする人に初めて出会った。
そもそもそんな考え方があることすら知らなかった。
少なくともあたしは、一人でいることが恥ずかしいことだと思っていた。
でもその人はそんなことは微塵も思っていないらしかった。
クラスメイトたちが「え、馴れ合うつもりはないってどういうこと……?」「もしかしてちょっと頭が可哀想な人なのかな?」などと陰で話しているのにも、我関せずといった姿勢でどこか窓の外を眺めている。
あの様子では他の人の自己紹介を聞いているかさえ怪しい。
だけど私にとってはグランの言葉は衝撃的で、印象的だった。
あたし自身がこれまでずっと一人で生きてきたからかもしれない。
だから私には同じようで同じでない、彼の堂々とした姿勢に自然と視線が引き寄せられていた。
ふと、グランがこちらを振り向く。
慌てて顔を背けるが、もしかしたらじっと見つめていたことがバレてしまったかもしれない。
恥ずかしくて顔が熱くなる。
でもちょうどそこであたしの自己紹介の番が回ってきた。
いつもなら出来るだけ静かに、あまり目立たぬように済ませていただろう。
でも今は彼が見ている。
だから私は彼に負けじと、胸を張り、堂々と言ってやった。
「あ、あたしはアリサ! 由緒正しきローシュベル家の一人娘で、そして――――――――勇者よ!」
それから一カ月が過ぎ、相変わらずあたしの周りには人はいない。
これまでのように遠巻きにあたしのことを見てくるだけだ。
でもあたしはもう、そのことを惨めだとは思わない。
もちろん出来るなら友達と呼べる存在は欲しいし作りたい。
でもそれはあたしが貴族の一人娘で、勇者である以上、仕方のないことなのだ。
「…………」
今日も今日とて、彼――グランは一人だった。
この一か月間、グランが誰かと話している姿を一度として見たことがない。
どうやら自己紹介で言っていたことは本当だったらしい。
最近、そんなグランのことを気付けば目で追っている自分がいる。
そして今も帰宅途中のグランの後を隠れながら追っている。
自分のやっていることがおかしいことなのは分かっている。これまでも何度もやめようと思った。
でも、やめられなかった。
話しかけたい、友達になりたいなどと思っているわけではない。
ただグランのことが気になって仕方がないだけだ。気付けば目で追ってしまうほどに。
「あれ、でも今日の帰り道っていつもと違うような……?」
普段はもっと人通りの多い商店街を歩いて帰っているはずなのだが、今日に限ってやけに人気のない道を帰っている。
もしかしたら今日は真っすぐ家に帰らず、どこかで何か用事でもあるのかもしれない。
「人気のない道で用事……。み、密会!?」
人目を避けなければならない用事とすれば、つまりはそういうことじゃないだろうか。
例えばどこかの人妻と、人気のない裏通りで……。
「っ! ……あれ?」
そんなことを考えていたら、グランが曲がり角を曲がって姿が見えなくなってしまった。
慌ててあたしもその後を追う。
しかしどういうわけか角を曲がった先にあったのは壁だけ。つまり行き止まりなのだ。
「確かにこっちに来たはずなんだけど……」
「それは俺の話か?」
「そうそう、あんたの…………っ!?」
さすがに途中で違和感に気付いた。
ハッと振り返るとそこにはグランがいる。
一体どうして、いつの間に、などの疑問が頭の中を埋め尽くす。
「とりあえずどうして俺の後を尾けてきてたのか聞こうか」
「そ、それは……ぅ」
何てことだ。まさかバレているとは思わなかった。
「それだけじゃない。お前、この一か月間ずっと俺のことを見てきていただろう。何か言いたいことがあるなら聞くが?」
「っ!?」
それもバレていたのか。
偶に目が合うことがあると思ったが、今思えばあれは、あたしの視線に気付いていたからだったのかかもしれない。
恥ずかしくて顔が熱い。
きっと耳まで真っ赤だ。
でも悪いことをしていたのはこっちだし、素直に謝って許して貰うしかない。
そこまで考えて、ふと気づく。
一か月間もずっと見ていたり、帰り道を尾けてきたりしていたわけをどう説明するというのか。
あなたのことが気になっているんです! とでも言えばいいのか。
言えるわけがない。
そんなことが言えるのであれば、そもそも最初からこんなことはしていない。
しかし退路はグランによって断たれているし、今もあたしの言葉を待っている。
このまま何も言わずに通らせてもらうということは出来ないだろう。
「う、うぅ……」
どうするか。どうすればいいか。
恥ずかしさだって徐々に膨らんでいく状況で、自分の処理能力の限界が訪れた。
「は、はぁ!? べ、別にあんたのことなんか見てないしっ! そ、そもそもどうしてあたしが、あんたなんかのことを気にしないといけないわけ!? す、好きとかじゃあるまいし! あ、あんた自意識過剰なんじゃないの!?」
——――やってしまった。
気付けばあたしはそう叫んでいた。
これでは完璧に逆切れだ。
こんな路地裏まで尾けてきておいて、そんな言い訳が通じるわけがない。
彼だってきっと呆れている。
ちらっとグランの顔を見てみる。
もし呆れた表情をされていたらどうしよう。しばらく立ち直れる気がしない。
そう思っていたのだが……。
グランは私の言葉にどこか戸惑ったような表情を浮かべている。
まるで「お、俺の勘違いだったのか……?」というどこか申し訳なさそうな表情だ。
何という奇跡。
どうやらグランはあたしの言葉をすっかり信じてくれたらしい。
騙すことに罪悪感はある。
しかしそれ以上に、今は自分の身の方が大事だと思ってしまうのは当然だろう。
「そ、そこどいて!」
ともあれ、もうこれ以上この場所にはいられない。
また何を言ってしまうか自分でも分からないのだ。
「あ、あぁ」
こちらの勢いに押されたのかグランは特に何も言わず道を開けてくれる。
そしてあたしもこれでもかというくらいに全力でその場から走り去る。
あんな状況ではあったが初めてグランと話せた。
だからといって名残惜しさに振り返ったりはしない。
今はただ頬が熱い。鼓動がやけに早く脈打っていた。
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