002 勇者アリサ
「では、午前の授業はここまで」
担任の言葉と共に、授業の終わりを告げる鐘が響く。
これからは生徒たちにとって一日の楽しみとも呼べるだろう昼休みの時間だ。
各々が仲のいい友達と弁当を並べて談笑している。
学園生活が始まってから既に一カ月が経ち、クラス内での人間関係も徐々に固まりつつある。
そんな中で俺の周りには人がいない。むしろ避けられているまである。
俺としては何かしたつもりはないのだが、気付けばこんなことになっていた。
まあ元々俺は、自己紹介でも言ったように誰かと馴れ合うつもりはなかった。
とはいえここにいる目的のことを考えれば、今の状況はさすがによろしくない。
というのも俺がここにいるのは情報収集のため。それなのにこれでは情報源が皆無なのと同じだ。
そもそもの話、この諜報活動を一体いつまで続けるのか。
恐らくだが最長でも卒業までの三年間だろう。その期間さえ終われば、俺は自動的にここを去れるはずだ。
しかし何もせずに座して三年が過ぎるのを待つ、というのは俺としても気に入らない。
俺が殴った幹部や他の幹部たちのことを考えても、やはり出来るだけ早く諜報活動を終わらせるべきだ。
だとすれば方法はただ一つ。何か重要な情報を持ち帰り、その成果を認められることだ。
そして話は初めに戻る。
俺にはクラスメイトで関わりのある生徒はいない。
そして俺はどうやら周りから避けられている。
どう考えても詰んでいる。
情報収集に一番手っ取り早いのは人から教えてもらうことだ。
それが絶たれた今、俺は自分の力でどうにかしなければいけないということになる。
しかしこちらに来て間もない俺にはそもそもの基礎知識が圧倒的に不足している。
未だに学園内の構造を理解していないくらいだ。
そんな俺が一人で情報収集? 馬鹿も休み休み言ってほしいものだ。
「……む」
そういえば俺の他にもクラスの誰ともつるんでいない生徒が一人だけいた。そいつは……。
「っ……!」
やはり今日も見られている。
そして俺が視線を向けると同時に慌てて顔を逸らすのだ。
勇者アリサ。
俺はこの一カ月、ずっとこいつに監視されている。
授業中、休み時間、そして帰り道。どうやら俺が監視に気付いているということには気付いていないらしく、今もずっと凝視してきていた。
そしてそのアリサだが、俺と同じようにクラスの奴らと絡んでいる姿を一度として見たことがない。まあ正確に言えば俺とは少し違うのだが。
というのもクラスメイトに避けられている俺とは違い、アリサに対するクラスメイトの態度はどこか近寄りがたいというか、遠慮しているような感じなのだ。
それが一体どうしてなのか、魔王軍幹部である俺には知ったことではないが、俺にとっては好都合だ。
アリサと交友を深めて情報を集めるにしても、俺を監視する理由を知るためにしても、何はともあれ接触してみなければ始まらない。
そしてもし仮に俺の正体がバレていたとしたら、早々に後顧の憂いを絶たなくてはならない。
俺の正体がバレるということは諜報活動という任務の失敗を意味する。それだけは避けなければならなかった。
「さすがに教室で急に話しかけるのは不自然か」
もしもの時のことを考えると、やはり周りに誰もいない時を狙うべきだろう。
焦らずとも放課後にはその時間がやってくる。
俺は色々な可能性を考えながら、購買で買っておいた焼きそばパンを口に放り込んだ。
「……まあ今日も後を尾けて来てるよな」
背後に感じる気配に呟く。
今は帰り道。
アリサの家がどこかは知らないが、普段から俺の後を追ってきている気配はしていた。
そして今日、俺はいつもと違う道を帰っている。
万が一にも俺と帰り道が同じ可能性も考えていたのだが、どうやら考えすぎだったようだ。
「振り返って急に話しかけたりしたら逃げられるだろうし、どうするか……ん?」
出来るだけ
しかしそこで偶然、いい感じの袋道を見つけた。
俺はそこで曲がり角を曲がると見せかけて、大きく跳躍する。
するとすぐ後にアリサが現れ、誰もいない行き止まりの道に困惑している。
「あ、あれ、確かにこっちに来たはずなんだけど……」
「それは俺の話か?」
「そうそう、あんたの…………っ!?」
突然背後に現れた俺に、ハッと飛び退くアリサ。
うまく状況が飲みこめていないのか、戸惑いを隠せずに視線を彷徨わせている。
「な、何であんたがそこに……」
そんなの簡単だ。
高く飛んで△の後ろに着地しただけである。跳躍力さえあれば、こんなの誰だって出来る。
それさえも分からないほどにまだまだ勇者が若いということだろう。
ただ、今はそんなことはどうでもいい。さっさと本題に入ろう。
「とりあえずどうして俺の後を尾けてきてたのか聞こうか」
「そ、それは……ぅ」
「それだけじゃない。お前、この一か月間ずっと俺のことを見てきていただろう。何か言いたいことがあるなら聞くが?」
自分の視線が気付かれているとは思っていなかったのだろう。
アリサの息を呑む音がかすかに聞こえる。
しかしそんなことで追及の手を緩める程、俺は甘くはない。
是が非でもアリサが俺のことを監視する理由を聞きださなければ。
さもなくば、常に正体がバレている可能性を危惧しながら学園生活をしなくてはならないことになってしまう。
それは諜報活動を行う身からすれば最悪の状況と言って過言ではない。
行き止まりの道に、退路は俺が断った。
つまりアリサは俺の質問に答える他ないのである。
しかしアリサはなかなか口を割らない。
その間に俺はふと考える。
もし俺の正体がアリサにバレていたとして、俺はこいつをどうするべきなのか。
手っ取り早いのは殺してしまうことだ。
しかし急に人が消えたりしたら騒ぎになるのは避けられない。
しかもどうやらアリサは貴族の娘らしいし、アリサの視線の先にいた俺に疑いの目が向く可能性だって少なからずあるだろう。
だとしたら俺の正体について口外しないように口止め、もとい脅すか。
だが実際のところ脅しがどこまで通じるかは難しいところだ。
まあ結局のところ、全てはアリサの答え次第ということには変わりない。変わりないのだが……。
「は、はぁ!? べ、別にあんたのことなんか見てないしっ!」
ここに来て、アリサが叫んだ。
「そ、そもそもどうしてあたしが、あんたなんかのことを気にしないといけないわけ!?」
それはこっちが聞きたい。どうしていつも俺のことを凝視しているのか。そしてこんな風に帰り道を尾けてきているのか。
「す、好きとかじゃあるまいし! あ、あんた自意識過剰なんじゃないの!?」
肩は小刻みに震えていて、顔だけでなく耳まで真っ赤。目尻がキッと吊り上がり、こちらを強く睨んできている。
その姿はさながら般若のようだ。
「そ、そこどいて!」
「あ、あぁ……」
その勢いに負けて、思わず道を開ける。
途端、弾けたように駆け出していくアリサ。あっという間にその背中は見えなくなってしまった。
「…………自意識過剰」
これまで生きてきた中でそんなこと初めて言われた。
意味は知っている。
確か、他者から見た自分のことについて必要以上に注意を払ってしまうこと、とかだったような気がする。
「つまり俺の意識しすぎ、ってことか……?」
授業中や休み時間、そして帰り道のことを考えるととてもそうは思えない。
だが顔を真っ赤にして怒りに震えていた姿を見てしまった。
あれは自分の行動が勘違いされていたことに腹を立てていた、ということなのだろうか。
「……だとしたら何か悪いことをしてしまったか?」
とはいえ今更追いかけるのはさすがに厳しいし、何より面倒だ。
今回は勘違いさせたあちらにも責があったということで、これ以上は変に関わるべきではないのかもしれない。
「とりあえず俺の正体がバレているわけじゃなくて良かったってことで、家に帰るか」
納得できていない部分はあるが、それもまたきっと俺の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます