魔王軍幹部という身分を隠して人間どもの学園に入学した俺の正体が早くもバレそうなんだが

きなこ軍曹/半透めい

001 邂逅


「ま、待ってくれっ! ぼ、僕たちは仲間だろ……っ!?」


 薄暗い空間の中で、男の悲痛な叫び声だけが響く。

 そんな男の視線の先にはもう一人。影を身に纏い、もはやそれが何者なのかは分からない。


 男を守るために存在するはずの部下たちは既に息絶えた。もちろん影によって。

 その証拠に二人の周りにはピクリとも動かない幾つもの死体がこれでもかとばかりに転がっている。


 しかし男は知っている。ここにいる部下たちがそう簡単にやられるはずのない精鋭たちを集めていたことを。そして、見えないところには有象無象の幾千にも及ぶ部下たちがいたことを。


 けれど事実として今目の前に影がいる。


 つまりそれは影が幾千にも及ぶ大軍勢を片付けてきたということになる。


 そんなことが果たしてあり得るのか。信じたくない。信じたくはないが、自分が手塩に育てた精鋭たちを一瞬で葬ったのを見てしまった。

 一瞬、というのは何も比喩ではない。本当に”一瞬”だったのだ。


「……仲間か。生憎と、お前をそんな風に思ったことはないな。それにお前が仲間だろうがなかろうが、そんなことはどうでもいいことだ」


 影が言う。そしてその言葉に男は自分の最後の望みが絶たれたことを悟った。


「お前は俺の縄張りテリトリーを侵した」


「た、たったそれだけで――ッ!?」


 きっと自分は何かとんでもないことをしてしまったのだと、勝手に想像していた。

 しかし告げられた言葉はあまりにも男の予想斜め上を行っていた。


たったそれだけ・・・・・・・、か」


 男の驚きに対して、影は静かに呟く。その呟きには嘲笑か哀れみかが色濃く含まれていた。


 影は、そっと掌を男に向ける。その顔にはまるで表情という表情が浮かんでいない。

 あえて言葉にするならば、そこらを飛び交う羽虫を見るような、興味など一切ないような。


 そして影は最後に、男を見下ろしながら言った。




「その罪の重さが分からないから、お前は死ぬんだ」




 ◆◆◆   ◆◆◆


「俺はグラン。訳あって学園に席を置いているが、お前たちと馴れ合うつもりはない。ではよろしく頼む」


 そう言って席に着く。


 我ながら端的で完璧な自己紹介だったのではないだろうか。

 周りから何やら「よ、よろしくするつもりが微塵も感じられないんだけど」などと聞こえてくるが、きっと何か別のことを話しているのだろう。


 そんなことを考えている内に、俺の次の順番の生徒が自己紹介を始めている。

 まあ別にこれから勉学を共にするクラスメイトのことなどには微塵もないので、適当に聞き流すだけで十分だろう。


 唐突だが、俺は魔王軍の幹部だ。

 自分で言うのは何だが実力についてもかなりのものだと驕りではなく自負している。


 しかし今、俺がいるのは弱小種族と名高い人間どもの通う学園だ。


 どうして魔王軍屈指の実力者であるこの俺がこんなところにいるのかというと、先日の魔王軍の軍会議が原因だ。


 ◇   ◇


 その日の俺を一言で説明するのであれば、怒っていたというのが正しいだろう。とにかく苛々していた。

 というのも俺が統治している領地が何者かに襲撃されたのだ。


 だが仮にも魔王軍の領地に喧嘩を売るような馬鹿はそうそういない。ましてや魔王軍の関所の監視を掻い潜ることが出来るような猛者ならば、うちの領地はひとたまりもなかっただろう。


 しかし俺の領地は外壁が僅かに壊れるという損害程度で済んでいた。

 つまり何が言いたいかというと、内部犯の可能性がかなり高い。


 それがいたずら目的だったのか、他に何か目的があったのかは分からない。

 ただ、襲撃があったのは昨日の夜。そして俺は徹夜でその事後作業に終われてた。


 それでも軍会議を休むという選択肢が魔王軍幹部に許されるはずもなく、俺は苛立ちを抱きながらもやって来たのである。


「随分と遅かったじゃないか。今日はもう来ないのかと思ったよ」


 会議室に入るや否や、幹部の一人が言ってくる。他の幹部たちも何やら笑いを堪えているようだ。


「別に遅刻はしていないはずだが?」


「……まあ、それはそうだね」


 正直相手にするのも面倒だが変に絡まれるのは良い気分はしない。

 俺の正論に対してばつの悪そうな表情を浮かべる幹部。しかしすぐに含みのある笑みを浮かべたかと思うと言ってくる。


「もしかして君の領地で何かあったりしたのかい? そうだな、例えば襲撃とか」


「…………」


 俺は無言で立ち上がり、そいつに近付く。そして無造作にその胸倉を掴んだ。


 襲撃があったのは昨日だ。もちろんそれ以上の騒ぎにならないように情報規制だってしてある。

 それなのにこいつはこのタイミングでそれを言い当てた。偶然と言い張るにはさすがに無理があるだろう。


「どうしたんですか、突然?」


 俺が昨日の襲撃の犯人に気付いたのは、さすがにこいつも分かっているだろう。

 それでもこいつは余裕のある笑みを絶やさない。見れば、周りの幹部たちも先ほどと同じように嫌な笑みを浮かべている。


 ……そうか。程度こそ分からないものの少なからずここにいる全員が何かを知っているということか。


「ッ……!」


 俺は遠慮なく目の前にある優男の顔面を殴りつけた。


 魔王軍幹部の俺がそれなりに力を入れて殴ったのだ。当然、そいつは会議室の壁を突き破って吹っ飛んでいく。


 しかし相手も魔王軍幹部の端くれ、これくらいでどうにかならないことくらいは俺だって理解している。

 それでも俺は自分の領地を襲撃した者に何の報いも受けさせずにはいられなかった。


 それから少々の騒ぎがあり、当然のようにその日の軍会議は中止となった。


 そして後日、俺の元に魔王様からの指令書が届いた。


 ◇   ◇


 指令書には『人間の学園に通い、情報収集を行うこと』という旨が長々と書かれてあった。

 しかし諜報活動は本来、下っ端の役割だ。間違っても魔王軍幹部に任せるような仕事ではない。


 つまり、だ。この状況を分かりやすく説明するのであれば、俺は左遷されたのだ。


 もちろん原因は軍会議での一件だ。

 俺自身、自分の行動が度を過ぎていたことくらい理解していたし、その結果がこれなら甘んじて罰を受けよう。


 しかしこれは一体どういうことだろう。

 クラスメイトの中で一人、ずっと俺のことを見てきている輩がいる。この感じからしても、どうやらかなり凝視されているらしい。


「っ!」


 向けられる視線を辿った先には、一人の女子生徒がいた。

 彼女は俺が視線を向けると、慌てた様子で視線を逸らす。その反応から見ても、やはり彼女が俺を見ていたのは間違いない。


 だが今の段階で俺にそんな視線を向けてくる理由が分からない。

 自己紹介が何かおかしかったのかもしれないが、それならば他のクラスメイトも俺を見てきているはずだ。


 しかし、実際に俺に視線を向けてきているのはその女子生徒ただ一人。


「…………まさか」


 まさかとは思うが、俺の正体がバレたという可能性はないだろうか。

 当然だが、俺は魔王軍の幹部という立場を隠してこの場所にいる。


 言わずもがな、魔王軍と人間は敵同士。

 敵の幹部がこんなところにいると分かれば大騒ぎになってしまうだろう。


 するとその女子生徒が立ちあがる。どうやら偶然にも自己紹介の番が回ってきたらしい。

 これまでの自己紹介のほとんど聞き流してきた俺だが、俺に視線を向けてくる輩の自己紹介くらいは聞いておいて損はないだろう。


「む?」


 その時、再びちらりとこちらを見てきた女子生徒と目が合う。

 こちらが見ていることに気付いて慌てて視線を戻したようだが、さすがに周りのクラスメイトにはどうしたのかと不審に思われている。


 ただ、どうにもクラスメイトの女子生徒を見る視線がどれも僅かに興奮しているように見えるのは気のせいだろうか。


 そう思っていた俺の耳に、女子生徒の自己紹介が聞こえてきた。


「あ、あたしはアリサ! 由緒正しきローシュベル家の一人娘で、そして――――――――勇者よ!」


 それが魔王軍幹部である俺と、勇者アリサとの出会いだった。

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