8#キタキツネのチャンタの夢が叶ったこと

 やがて、キタキツネのチャンタが(半ばオジロワシのクナシに捕まって)渡った流氷もやがて海岸から離れていった。 雪で覆われた大地も、段々雪解けで下の草原も見えてきた。


 「あーあ・・・やっぱり今年も僕は彼女が出来なかった・・・!彼女を求めてはるばるこっちにやって来たのになあ・・・」


 キタキツネのチャンタは、“恋の季節”をみすみす逃してしまったことを悔やんだ。


 「あ~あ!今年もどうしようかなあ~!あのアザラシのエーダ君とずっと遊んでようかなあ・・・。エーダ君もエーダ君で忙しいかもなあ。はあ~・・・。」


 キタキツネのチャンタは深い溜め息をついた。


 チャンタは暇だった。お腹は別にすいてないし、とにかく歩いてよう。


 チャンタは雪のまだ残る海辺の丘をとぼとぼ歩いた。


 向こうの巣穴では既に赤ん坊キツネが生まれているとこもある。・・・僕もなあ・・・


 「そうだ!あの森に行こう。」


 キタキツネのチャンタは、黄色い風船を取り合いしたあの広葉樹の森に行くことにした。




 静寂を取り戻した広葉樹の森。




 シマフクロウのエトロも今は木のうろで一休み。




 クマゲラのロフの木を突っつくドラミングの音が聞こえる。 


 「他の鳥の中でもあの時のゴム風船の取り合いに参加した鳥もいるかも知れないなあ。」


 広葉樹の森を抜けて、そろそろヒグマのボマイ君も冬眠から覚めたかなあ・・・と思ったら・・・


 いきなり、白い巨大な風船がぷわ~~っ!膨らんでいた。


 「わあーっ!!」


 膨らんだ白い巨大なゴム風船が持ち上がった。


 「よーっ!ひーさしーぶりー!!」


 下からヒグマのボマイの顔が覗いた。


 「どうしたの?このでっか~いゴム風船!」


 「冬眠からー起きーたらー何故かーあったんだー!!」


 この巨大風船は気象観測用のゴム風船で、遥か上空で破裂して落下傘で観測機器が降りて来る筈が、ゴム風船だけは吹き口がほぐれて、ぷしゅ~!とガスが抜けて、このヒグマのボマイの洞穴に丁度落ちてきたのだ。


 ヒグマのボマイは頬も大きな鼻の穴もパンパンに膨らませ、顔を赤らめて思いっきり




 ぷぅ~~~~~~っ!!

 ぷぅ~~~~~~っ!!

 ぷぅ~~~~~~っ!!

 ぷぅ~~~~~~っ!!




 と巨大風船を一生懸命膨らませていた。 


 「ちょっと・・・このゴム風船って膨らみすぎると、それなりにどでかい音で・・・」


 「うん!でぇーっかい音でばあ~ん!!と。」「ええっ!!」


 キタキツネのチャンタは耳をふさいだ。


 「な~んちゃってー!!」


 ヒグマのボマイは今さっきまで口で一生懸命膨らましていた巨大風船をぷしゅ~っ!と吹き口を放して萎ませた。


 「キターキツーネーのチャーンター君ー!今度はー君がー!」


 「ええっ!」


 キタキツネのチャンタは肺活量がヒグマより少ないし、大丈夫かな・・・と、吹き口のヒグマのボマイの唾を拭いて、息を思いっきり吸い込んで、




 ふ~~~~!

 ふ~~~~!

 ふ~~~~~~!

 ぜえぜえ・・・




 キタキツネのチャンタの息では巨大風船に空気が行き渡るのがせいぜいだった。


 キタキツネのチャンタは体中の空気を全部使い切った感じがして、その場にへたりと倒れた。


 「じゃあー、これーはー?」


 「何で持ってるの?」


 「だーいぶ前にー拾ったー。」


 キタキツネのチャンタは普通のサイズのゴム風船を口でぷぅ~~っ!!と膨らませた。


 「どうだっ!」


 キタキツネのチャンタはパンパンに膨らませたゴム風船をヒグマのボマイに見せた。


 「おー!すごーいすごーい!!」


 ヒグマのボマイは拍手をした。


 「つーぎはー、このー膨らましたーゴムーふうーせんのー吹き口をー放してみてー・・・」


 そんなヒグマのボマイとキタキツネのチャンタのやりとりを影で見つめる1頭の雌のキタキツネがいた。


 「う~ん・・・『でぇーっかいゴム風船を膨らませたい』という“夢”をボマイ君は叶ったんだ・・・。でも、久しぶりにゴム風船を膨らませたら、頬がじんじんするなあ~。」


 「あの~!」


 キタキツネのチャンタは広葉樹の道端で一頭の雌ギツネに出会った

 「私、ツモという雌ギツネです。


 今・・・チャンタさんがクマのボマイさんとゴム風船を一生懸命膨らましているのを見てました~。私、頑張るやつって大好きです~!」


 ・・・うわっ!恥ずかしいとこ見られたなあ・・・


 「特に大きなゴム風船を膨らますことに挑戦してる時が・・・(にこっ)私は普通のゴム風船でぜえぜえしちゃうわ~!」


 「あ・・・ありがとう。」キタキツネのチャンタは照れてしまった。

  「それに・・・チャンタさんってエゾオオカミさんと知り合いなんですってねえ~凄いわ~!」


 「エゾオオカミのカムさんはたまたまそういう付き合いで・・・」


 「チャンタさん・・・」


 「はい?」


 「私と・・・けっ・・・結婚してくれませんか?」

 



 その瞬間、キタキツネのチャンタは体中に無数のゴム風船が結ばれた状態で大空に飛んでいくような、ほわ~んとした気持ちになった。


 「は・・・はい!ぜひ僕もお願いします!!」




 「結婚おめでとう~!!」


 「結婚おめでとう!!」


 「おめでとう!!」


 森中の動物達がキタキツネのチャンタとツモの結婚を喜んだ。



 オジロワシのクナシも、シマフクロウのエトロも、エゾシカのシコタも、エゾリスのシリーも、クマゲラのロフも、その他大勢が2頭のカップルの誕生を喜んだ。



 

 ぷしゅ~~っ




 キタキツネのチャンタとツモに向かって口を結ばない青いゴム風船がしゅるしゅると飛んできた。


 ヒグマのボマイだ。


 「チャンタさーん!結婚おーめーでとう~!!君のふーくらませーたーこのゴムふうーせんがー縁結びになったねー!その普通のゴムふうーせんはふーくらますのおーれ難しいねえー!!すーぐパン!なっちゃいそうだもーん!」


 キタキツネのチャンタが目を移すと、義理の父でもあるエゾオオカミのカムがいた。


 「結婚おめでとう。遂にやったな。いっちょ前のキタキツネになるという“夢”が叶ったんだよ。」


 ・・・“夢”・・・そうだ!今僕の“夢”が叶ったんだ!『信じれば“夢”は叶う』・・・そうなんだ!・・・


 「カムさん!僕からもありがとう!」


 「あれ?」


 エゾオオカミのカムは青い萎んだゴム風船が落ちているのを発見した。


 「このゴム風船誰の?膨らましていいかな?」


 「えっ?」


 「2匹のカップルを祝して・・・」


 とエゾオオカミのカムは息を思いっきり吸い込んで、前に森の仲間とカムに合った時と真逆の、勇壮なエゾオオカミのイメージを覆すような凄く頬をパンパンにした顔立ちで、思いっきり青いゴム風船に息を吹き込んだ。




 ぷう~~~~~~~~っ!!

 ぷう~~~~~~~~~!!

 ぷう~~~~~~~~~!!

 ぷう~~~~~~~~~!!



 青いゴム風船がエゾオオカミのカムの吐息でパンパンになりすぎて洋梨のようになっても、




 ぷう~~~~~っ!!  

 ぷう~~~~~っ!!

 ぷう~~~~~っ!!  

 

 


 「うわーっ!!もう膨らませないで~!!」森の中の動物達は全員耳を塞いだ。


 「えっ?」エゾオオカミのカムは振り返った。




 ばぁーん!!





 エゾオオカミのカムの膨らませすぎた青いゴム風船のドデカい破裂音は、まるでキタキツネのチャンタとツモの結婚の為の祝砲のように森中に轟いた。

 

 

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